第09話 魔王と元勇者と聖女と勇者(前編)
あー、エール飲みたい。
唐揚げ食べたい。
ヤキトリ、ハムカツ、テンプラ、などなど。
魔王城の食事が不味いというわけではないが、戦時中ともあってやや味気ない。
それでも魔王らしくいいものを食べさせてもらってるから贅沢は言えないけど、シンの料理に比べるとな……
「――陛下」
早く戦争終わんないかな。そしたら気兼ねなく飲みに行けるのに。
「――陛下!」
シン、元気かなぁ……この前は途中から記憶なくなってたけど。
「姉上っ!」
「えっ、あ、なにっ?」
「また聞いてませんでしたね。またぼーっとして。示しがつきませんよ」
「また小言か。弟のくせに生意気な……」
目の前で額に青筋を立てているのは腹違いの弟、ヴィオーヴィ・アルカラズ・ニグラス。
私たちの仲は劇的に悪いわけではないが、あまりよくはない。
穏健派と呼ばれる私と、抗戦派と呼ばれるヴィオ。お互い陣営が真反対なので言い合い……というか、殴り合い一歩前の喧嘩になることも多い。
「それで、なんの話?」
「はぁ……今日この後に予定していた会議ですが、本日見せている人類連合側の大きな動きに対応するため中止に。城の警備も若干手薄になっていますので近衛を動員しようと思いますが、生憎外に出ているようですので少しお待ちください」
「かまわん。前のように勇者が突然攻め入ってくるなどあるまい」
シンの時の反省を活かして、転移妨害の術式を王都内にはりめぐらし、監視体制も強化した。
それに正直そこいらの警備兵はおろか、近衛兵よりも私の方が強い。
「この後で一件だけ
「はいはい、しっしっ」
いつものように手を払って
普段ならイラつきながらすぐに私の前を去るのだが、珍しく途中で立ち止まると、こちらに振り返った。
「姉さんとはこれまで全く意見が合いませんでしたが、あなたのことは嫌いではありませんでした。陣営は違いますが、目指すところは同じ。いずれ理解し合えるといいですね」
「なにいってんのばかばかしい。今だって理解し合ってるよ」
息を飲むヴィオ。
そして悲しげな笑顔を残して、謁見の間を去った。
◇ ◇ ◇
彼が何を言わんとしていたのか。
玉座に座った私は、
でも彼が何を考えているのか分からないままで、もやもやし始めてきたので思考を放棄しため息をついた、その時だ。
どこからか爆発音が聞こえてきて、城がビリビリと揺れた。
さほど遠くない……
続いて二度、三度と音が響いてくるが、それはこちらに近づいて来ているようだ。
「まさか……よね?」
思わず独りごちた直後、部屋に兵士が駆け込んでくる。
「なにごとだ!」
「て、敵襲です! 勇者、聖女を筆頭に人類連合が……うわっ!」
衝撃波に巻き込まれ、謁見の間の扉諸共吹き飛ばされる兵士。その代わりに現れたのは、赤茶色の髪を逆立てた男。
長剣を手に軽鎧を纏い、不遜な目をこちらに向ける。
「あんたが魔王だな」
「いかにも。そちらは確か……教会の猟犬だったか?」
「ケッ。魔族風情に言われるってな。だが、勇者とか言われるより猟犬のほうが余程しっくり来るぜ」
牙を剥き唸りをあげる男。その様はまさに獣のようだ。
すると遅れて法衣を纏った飼い主、聖女が現れる。
「人類が怨敵、魔王。聖神様の慈悲はもはや無いと思いなさい!」
「どの口が神を語るんだか。あんた、サキュバスかなんかでしょ」
「なっ! 勇者様、せいぜい痛めつけてやってください。できるだけ悲鳴が上がるように」
「俺にはあんたの方が余程魔王に見えるが……まぁ、俺は猟犬だからな。可能な限りだが従ってやるぜ」
この勇者、報告では最近かなり力をつけたらしい。聖剣も相手の魔力を吸い取り相手に返すとかで、厄介だとか。
私の味方は……あいつらが引き連れてきた部隊、恐らく狂信者たる神殿騎士団だろうが、それに手一杯といったところか。
はぁ……二度も勇者の奇襲を許すなんて、明らかに誰かの裏切りじゃない。
となるとこの二人も準備万端で、なにか切り札を持ってる可能性があるわね。話し合いもはなから無理そうだし。
「あーばかばかしい。でもま、特にあんた達のことは気に入らなかったから、いい機会よね」
前方に手を掲げれば地面に黒い影が生じ、そこからズズッと赤黒くガラス質の剣が出てきて手に収まる。
「魔王たる由縁にして支配者の証、神剣ヘスペレトゥーサ。来なさい、遊んであげる」
「その余裕すぐに無くしてやる!」
獣が奔る。
神速の踏み込みから振り下ろされる聖剣の上段一閃。
私は半歩横にずれ、握りを軽く、切先を地面に向けつつ肩に添えるように構えて受け流し、その反動を活かして剣を回転させて首元を狙う。
吸い込まれる刃。だがそれは光のヴェールによって防がれた。
瞬間、切り返される勇者の聖剣。
横腹を狙ったそれを引き寄せた剣の柄で弾き、距離をとる。
「勇者様、油断しないで!」
「チッ、女だてら剣を使いこなすか」
「相手は魔王です!」
「ああ。だがこいつ、どこかで……」
訝しむ勇者。
それを放っておく手もなく、魔力で作り上げた火球を投げつけた。
「へっ、馬鹿な女だ。この聖剣はな!」
「魔力を吸い取るんでしょ! 爆ぜろッ!」
勇者に到達する前に火球を爆発させる。
指向性を与えた熱と衝撃波は勇者をミディアムに焼き上げる……とはいかず。
「聖女の魔術か。面倒な」
「ふふふっ、たとえ炎帝と呼ばれようとも、あなたの考えることなんてお見通しですから。それにこういうことも!」
聖女がやたら豪奢な
「勇者様!」
「任せろ!」
突貫してくる勇者。あれは援護魔術か! 強化? 攻撃? 嫌な感じだ、先にあれを!
勇者をいなした隙に炎の矢を生み出した瞬間、光球のひとつが爆ぜる。
視界が白に塗りつぶされた。
「くっ、子供じみた手を!」
「あははは! 効果あるのよ、この目くらまし!」
背後から殺気。
私はなりふり構わず前方に身を投げ出す。
瞬間、衝撃波が身を襲う。
吹き飛ばされた私は視界の効かないまま、身を丸めて頭部を守った。
「んくっ!」
背中に衝撃。壁にぶつかったか。
しかし直ぐに体勢を整え、再び飛び退いた。
「チッ、勘がいいな!」
凶刃を躱した私に勇者が吐き捨てる。
「なかなかやるじゃない。私もそろそ本気を……」
「てめぇ、どういうことだ!」
突然吼える勇者。
「ふふっ、あはははは、そういうことだったんですね! はーーー、ほんと馬鹿な女」
聖女が嘲りに満ちた顔をこちらに向け、くつくつと笑っている。
「シンさん、まさか本当に魔族と繋がっていたとはね。これは鞭打ちでは済みませんわ。生を後悔するような地獄の苦しみを味わわせねば」
「は? なんでシンの話が」
「あなたの想い人といったところでしょうか。魔王キルシュ……いえ、確か
解けた真紅の髪が肩にかかる。頭に乗せていた角飾りの重さがない。
「よもや魔王が人間族だったとは
「違う! 我はオウカでは……」
「恥を知りなさい!」
「くっ……」
よりにもよってこいつらにバレるなんて、とんだ失態だ。肌色を変える魔術は聖剣に払われたか。あの時顔を合わせたのも不味かった。
ここに部下たちがいないのが幸いだが、こやつらをこの場で殺さねばシンが危ない。
しかし、勝てるのか私ひとりで……
「あんたがあの時の女だったからといって、魔王には変わらねぇんだろ。悪ぃがてめぇを殺して元の世界に帰らせてもらうぜ」
「
家族? ってまさかあいつ!
光球を浮かべる聖女と、武威を高める勇者。
勇者の力もだけど、あの光球はやっかいね。まずは煙幕でも……
その時、視界が一瞬ふわっと揺れる。
「あれっ、こんな時に目眩?」
「ようやく効いてきましたか」
「まさか、毒?」
「ええ、そうです。ふふっ、この光、目くらましだけじゃなくて、こういう使い方もできまして」
宙に浮かべた光球を動かすと、その後ろで魔術陣が光を放ち、毒々しい色の気体を吐いていた。
「大型種の魔物すら絶命するほどの毒ですが、さすが魔王と呼ばれるだけはありますわね。でも、今は十分ですわ」
私の加護を突き抜けるほどの毒なんて、もはや呪いじゃない!
相当強力な怨念……触媒にされたのはひとりやふたりじゃないわね。聖女とかいいながらどれだけのことを。
「勇者様、この女、まずは動けなくなるまで痛めつけてくださいませ。その上で拷問し、尊厳の欠片も無くなるくらい犯し尽くして、その顔を絶望に染めてみせますわ」
恍惚とした表情で悪魔のようなことを言う。いや、もうほぼ悪魔ね。
「おい、そこまですることは……」
「なにを仰いますか勇者様。送還の儀の触媒とするには、この者には心からの改心と懺悔が必要なのです。そうして清めてこそ聖神様への捧げ物となるのですから」
「聖神様とやらのことはわからねーけどな、そうしなければ帰れないならそうするさ。悪いな魔王」
「私を倒したところで帰れやしないわよ」
「それでもな、俺は帰らなきゃなんねーんだ。だから、やれることならなんでもやるぜ」
そう言って剣を構える勇者の顔は、強い意志というより悲壮さを漂わせていた。
「ま、負けられないのはこっちも同じ……というかそっち以上よ。ふぅ……本気出すわよ!」
神剣ヘスペレトゥーサの複製刃を、一気に百本単位で顕現させる。
「刺し貫けッ!」
「ちぃっ! 力を貸せ、聖剣アロンダイト!」
勇者が懐から魔晶石をいくつか取り出し剣で切り裂く。
するとそこに内包されていたと思しき魔術や魔力が剣に吸われ、刃が強い光を帯びる。
「纏え、竜の咆哮ッ!はああああッ!!」
竜種のリザードによるブレスを思い起こさせる強烈な衝撃波が、聖剣アロンダイトのひと振りとともに放たれる。
それは神剣ヘスペレトゥーサを吹き飛ばし、破壊の奔流が私の身を襲う。
「ッ! くっ、これしき……きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
毒で不調をきたす状態で耐えられる道理もなく、身体のあちらこちらをズタズタに裂かれながら、吹き飛ばされる。
そして一瞬意識が遠のき、気づけば仰向けに倒れていた。
「んっ……痛っ……私、今……」
薄目を開ければ背後にあった壁には大穴が開けられ、空を望んでいた。
続いてザッと足音が聞こえ、目を向けると抜身の剣を手にした猟犬のような男が立っていて、続いて法衣を纏った女が私の顔を覗き込んできた。
「勇者様、まずは腕を切り落としてください。その後足を……あ、あと喉を潰してもらえますか」
「おいおい、そこまでやったら死んじまうだろ」
「いえ、魔族は丈夫なのでそれくらいでは死にませんわ」
なんなのこの女。実験済みだとでも言うの?
「……まったく、反吐が出る」
「あら、まだ喋れるんですね。ええと、あ、これ手頃ですね。ほら、食べてくださーい」
そう言って、狂気じみた表情で私の口に石を押し込む。
抵抗しようとするけど、毒かそれとも聖剣の力か、体が動かず魔力も上手く練れない。
「では勇者様、やっちゃってください」
勇者が剣を振り上げ、私の腕を狙う。
「やっちゃってって、笑顔で言うなよ。悪ぃな魔王さんよ。同情はするが容赦はしねーぜ」
まったく、こんな目にあうんだったらもっと素直に言っておけば良かった。
魔王なんてばかばかしい、早く辞めたいって。
でも、やっぱりシンは困るんだろうなぁ。
そういうやつだもん。
だから、私はシンを……
ごめんね、シン。
世界の半分は、やっぱりあげられないや。
身を固くし目を閉じる。
刹那、金属同士がぶつかり甲高い音が響く。
それと共に疾風が通り過ぎた。
そして残ったのは覚えのある匂い。
「ごめん、遅くなった」
薄目をあければ、頭まですっぽりと覆う黒い全身甲冑の男。
「誰だてめぇ。どこのどいつだ!」
「俺か。俺の名は……ネビュラ・ナイト。魔王軍所属の勇者、ネビュラ・ナイトだ!」
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