第08話 おっさんとちゃんこ鍋(後編)
「ところでオウカ嬢。人間族に限らず、魔族も大変らしいな」
先程までの朗らかな印象から一転、おっさんが鋭い視線をこちらに向けてくる。
私は飲みかけのエールを口から離し、薄く笑いながら誤魔化すように答えた。
「大変って、どうかしたんですか?」
「魔族側もどうやら一枚岩ではないようだな。穏健派である現魔王派と、抗戦派である王弟派に分かれ、かなり揉めているようではないか。反乱の機運すらあると聞く」
隣でシンが息を飲む。
「へー、そうなんだ。よく知ってるね」
「ネズミがうろちょろするのは、人間の城も魔族の城もかわらんようだ」
「さすが、お偉いさんは言うこと違うね」
そ知らぬ顔でジョッキを傾けていると、今度は隣のシンが心配げに口を開いた。
「なぜ……反乱なんて」
「長年ニグラス魔帝国をまとめあげてきた魔王だが、前回勇者の侵入を許した上に生きて返したことで人類連合との内通が疑われたようだ。そして不自然なまでに長年膠着している戦争について、なんらかの密約があったのではと一部から勘繰られている」
あいつら勝手な想像してくれて、迷惑なんだよね。まぁ密約はともかく、長年膠着させてるってのだけは正しいけどさ。
「魔王が毎夜人払いをすることについても疑われていて、どうやらその間城の外に出ているらしく、行動が不可解と」
なんか隣の
「そしてこれは噂程度のことだが……現魔王キルシュ・ヴィシーニャ・ニグラスは、母親が人間族だとか。そのため肌が青色ではなく
そこまで知ってるか……おっさんは噂と付け加えたが、それは事実だ。魔王として城にいる間は肌の色を魔術で変え、頭に角飾りをつけている。
以前外してみせた時、シンには随分驚かれたっけ。
「実は儂は……すまん、シンよ。もうひとつ熱いのをつけてくれ」
「え、ええ」
立ち上がったシンがカウンターに立ち、ニホン酒を湯に漬けて温めはじめる。
「儂は最初この話を知った時、なれば魔族と和解し戦争を終わらせることもできるのではと考えた。だが、魔族を悪と断じる教会が力を持ちすぎた」
勇者召喚、同調する貴族、信者……魔族と人間族が和解するには、教会の存在が大きく邪魔をするのは目に見えている。
「オウカ嬢は、この件どう考える」
「私は……」
戦争はばかばかしい。しかし、武力を重んじる魔族が、それなしでまとまるには成熟が足りない。だからこそ私は魔王として、現状の仮初の平和を維持し続けてきた。
結果としてお互い国はまとまり、散発的な戦闘もガス抜き的な運用として、むしろ管理された戦いとして死傷者は少ない。
仮に和平を結ぶとして、いずれは戦争が生じる。それは歴史の語るところだ。
そのいつ崩れるともしれない一時的な平穏に意味はあるのか? ならば管理された今の方がよほど……でも。
「できることなら、人の可能性を信じてみたい。人間族と魔族が手を結び生み出す新たな世界。たとえ軋轢が残ろうとも混沌こそが命の本質だ。そして生み出される未来こそ求めるべきものであり、
停滞した戦争。
それによって歩みの止まった人類。
魔王になってから様々なものに追われ忘れかけていたが、私は王の一人として世界を動かし、その未来へと歩みを進めたいと思っている。
「儂ら、想いはそう変わらんようだな」
おっさんが、シンが、暖かな目をこちらに向ける。
なんだか恥ずかしくなり、私は目の前のエールを飲み干した。
「出来ました」
なにやら作っていたシンが、カウンターから蓋がされた陶器の鍋を持ってきて、私とおっさんの間に置く。
蓋を開ければ湯気が立ち上り、出汁と野菜の煮えた良い香りが広がった。
「ちゃんこ鍋です。これは鍋料理と言って、家族や仲の良い友人たちで鍋から料理を取り分けながら食ベます」
「へー、色んな具が入ってるね。お肉に野菜、きのこ、豆腐も」
「はい、オウカさんの分。それとこちらどうぞ」
シンが器に取り分け、手渡してくれる。
「ありがと」
「どれ、では頂くとしよう。おおっ、肉や野菜の旨味が混じり合い、深い味わいを出ておる」
「優しい味わい……思わず心まで暖かくなるような」
「まさに、混沌が作り出す料理だな」
こちらにウィンクをしてみせるおっさん。
上手いこと言ったぞって顔をしてる。
「酒もすすむな。オウカ嬢も
「じゃ、せっかくだし」
受け取った小さな器に口をつける。
ニホン酒の芳醇な味わいが、“ちゃんこ鍋” の味を受けて、さらに旨さが増すようだ。
「オウカ嬢、儂はそなたが好きだ。いや、睨むなシンよ。男女ではなく友人としてに決まってるだろ。
差し出された皺のよった右手。
インクの染みと、剣を握る者特有の厚さ。
私は躊躇うことなく、その手を握った。
◇ ◇ ◇
「飲ませ過ぎたかのぅ。すまんなシン」
「いえ、彼女とても楽しそうでしたし、あとは任せてください」
珍しく
立ち並ぶその人と共に夜空を見上げれば、濃紺の夜空で星が煌めいていた。
「王とは孤独なものだ。共に立つもとはおれども隣に人はおらず、目の前は荒野。オウカ嬢とは理解し合えたと思うが、それでも陣営は違い、むしろ真っ向におる。それは勇者として孤独に戦ったそなたなら、分かるであろう」
「ええ。当時の俺は仲間に恵まれず、でも敵対はしていましたが、彼女の存在によって俺は支えられてた。今はそう思います」
「ふむ。シンよ、彼女をよく支えてやれ。恐らく今や彼女のいる場所も誰が敵か味方か分からず、心労激しかろう」
「……いいので?」
「なに、儂が知るのは男爵令嬢のオウカ嬢だけだ。それに彼女と想いは同じ故な」
店の中、カウンターに突っ伏して寝るオウカさん。その横顔はとても魔族を率いる王には見えない。
「ではな」
「はい。しかしこんな夜更けにおひとりというのは……」
「大丈夫だ、護衛ならおる。また美味い酒と飯を頼む」
暗がりから現れたのは、王国最強と言われる騎士団長。普段店に来る時のような軽装ではなく、アーティファクトの全身鎧に魔剣を帯びている。そして気配を消していた暗部の者たち。
俺にも存在を気取らせないないとは。彼らと戦うとなると、仮に聖剣があったとしても無傷とはいかなかっただろう。
しかしなぜ今日に限ってこんな形で……そうか、オウカさんの来訪に気づいて!
肝を冷やした俺は店に戻り、静かに眠るオウカさんの肩に布をかけて隣に座る。
その横顔は綺麗で、幸せそうで……でも陛下の話ではかなり苦しい立場にあるらしい。
俺は恐る恐る手を伸ばし、深紅の髪がかかったその柔らかな頬に触れた。
ひやっとしているけど、不思議な温かみ。
俺はその横顔を眺めながら、焼酎を注いだグラスを傾けていた。
――不意に、表の引戸がコンコンと鳴る。
殺気は無い。
しかし妙な気配だ。
俺は警戒したまま「どうぞ」と声をかけた。
「すまない、邪魔する」
そう言い現れたのは一人の青年。
その肌は青く、頭にも雄々しい角が生えている。
「このとおり丸腰です。話を聞いていただけませんか?」
「ここに来た理由次第だ」
「信じていただけるなら」
「……似ているな」
「わかりますか。迎えに来たんですよ、姉さんを」
「敵対しているんだろ?」
「表面上は……です」
オウカさんを見ながら答えるその目は優しげで、俺は少しだけ警戒を解く。
「そっちの席に座れ。話は聞く」
言いながら俺はカウンターに入る。
「ありがとうございます。あの、これは?」
「オウカさんの弟なんだろ。少しはもてなすさ」
「そうですか……では、いただきます」
恐る恐るジョッキを持ち上げ、エールに口をつける。
「これは……なんと心地よいのどごし。美味です」
「大したものは無いが、作り置きだ」
さっきオウカさんにも出した、砂肝とピーマンの塩ダレ和えだ。箸ではなくフォークを手渡す。
「美味い……なるほど、姉さんが通うわけです」
「知っていたのか」
「ええ。先程のやりとりも一部始終、魔術で覗いてました」
「悪趣味だな」
寝ているオウカさんの隣、彼女を庇うように男のいる側に座る。
「で、話とはなんだ」
「ええ。ひとつ相談というか、お願いがありまして」
「お願いだと?」
「はい。実は……」
語られる内容はなんとも都合がよく、素直に信じることは出来ない。
でも、それはオウカさんを……
俺は返事が出来ぬままで、彼がオウカさんを抱え転移の光に包まれるのを、ただ見送った。
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《作者より》
ちゃんこ鍋の『ちゃんこ』とは、力士たちが食べる料理のこと全般を指す言葉だそうですね。僕も冬になるとよくちゃんこ鍋を作ります。
例によって近況ノートにて、AIイラストによるイメージをアップしています。今回は私服のオウカです。ご興味ありましたらぜひご覧ください!
https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330655969891168
次回『第09話 魔王と元勇者と聖女と勇者(前編)』。
オウカ、本気で戦います。
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