最終話
春が終わって、季節が変わろうとする頃、ボクは近所にある神社を訪れていた。
小さいの頃、よくハルと一緒に遊んだ神社。ボクは社の側にある一本の大きな桜の木に手を触れた。
今は桜は散ってしまっているけど、昔は春になると毎年のように、ここで背比べをしていたっけ。
ペンで付けた印の跡は、今でも残っている。案外消えないものだなあ。
だけどあの事故の次の年から、この木に刻まれる身長は一つだけになっていた。
あんな事があった後も、ボクは毎年のようにここで、ハルの身長を刻んでいたんだけど。
ハル、君は毎年のように、来年こそはボクを追い抜くんだって言ってたよね。
だけどもう、追い抜いているよ。
栗原夏の訃報を聞いた後、ボクはボクの葬儀に行った。
久しぶりに見るボクの本当のお父さんとお母さんは記憶の中よりも歳を取っていて、最初は追い返させるかと思ったけど静かに、「線香をあげてちょうだい」と言われた。それに、「あの時はごめんなさい」とも。
あの日病院で、ボクはお母さんから冷たい言葉を浴びせられたけど、お母さんはその時の事をずっと悔やんでいたみたい。
そうして挨拶を済ませた後、ボクは数年ぶりにボクと対面を果たす。
棺に納められたボクの体はとても小さくて、いつの間にかハルの方が背が高くなっていた。
だけどこの体に、ハルの心はない。未だに行方不明のままだ。
もしかしたら棺に眠るボクの体の中にハルの心があるのかもしれないけど、それを確かめる術は無い。もしかしたらあの事故の日に、ハルの心はもう消えてしまっているのかもしれないんだ。
真相なんて分からないけど、ボクの体が死んだことで、ハルが戻ってくる可能性が一つ、潰えたように思えて。ボクは呆然としたまま、自分の亡骸に手を合わせた。
……桜の木に触れながら、自分を見送った時の事を思い出す。
これでハルが戻ってきたとしても、ボクは帰る場所を失ったわけだけど、そんな事はどうでもいい。ハルさえ戻ってきてくれれば、ボクは消えたって構わない。
それがハルの体を、人生を奪ってしまったボクに対する罰だと言うのなら、甘んじて受け入れよう。
ねえハル、君は今どこで何をしているの?
そもそもどうしてボクの意識は、ハルの体に入ってしまったのだろう。
もしかしたらボクを助けるために、ハルが神様に祈ったのかもしれない。いや、神様じゃなくて、悪魔か。
そのせいでハルの心は行方不明になって、ボクは毎日自分を責め続けているのだから。
ボクは勝手に死ぬことも許されないまま、今日もハルの大切なものを奪っていく。
そして明日は留学に旅立つ日。
ハルならこうすると思って選んだ道だけど、これはハルから夢を奪うことにならないだろうか?
画家になるのはハルの夢なのに、ボクなんかが叶えてしまったら、ハルは怒るかもしれない。
だけど、怒ってもいい。
恨んでもいい。
呪ってもいい。
それだけの事を、ボクはしているのだから。
強い日差しが照りつけて、背中に汗が流れる。
夏の足音はもうすぐそこまで来ているけど、ボクは過ぎ去る季節と同じ名前の女の子の事を、決して忘れはしない。
ハル、季節がめぐるように君もいつか帰ってきて、そしてボクを消してほしい。
大切なものを奪った悪者は倒され、君は元の体に戻る。それがハッピーエンドなんだから。
その時は笑って、君にさよならを言うよ。
ボクは明日旅立つけど、次にこの町に戻ってきた時は、そんな奇跡が起こりますように。
桜の木に願いを掛けて、ボクは神社を後にした。
了
春にさよなら 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます