第32話 ファヴリツィアを鍛える。

 ――翌日。金曜日の放課後。

 日曜日のイベントに備えて修行できる最後の日だ。

 ナタリアーナは大丈夫だ。

 今朝の会話で吹っ切れた。

 アルダとダンジョンに向かう彼女の顔から覚悟が伝わってきた。


 問題は――。


「ちょっと、待ってろ」


 ファヴリツィアを待たせ、俺はカトブレパス狩りに。

 チクチク300発削って、転移室に戻ってくる。


「殿下、約束のプレゼントを取ってきました」

「それはご苦労です」

(オルソン様からの初プレゼントですぅ。一生大切にしますぅ)


 衆目があるので王女さまモードを演じているけど、心の声がダダ漏れだ。

 オルソンも彼女を王女として扱う。


「みんな観てますので、渡すのはダンジョンに入ってからにしましょう」


 スゼモリホダンジョンはインスタンスダンジョンなので、人目を気にせず行動できる。

 ファヴリツィアを伴い、スゼモリホダンジョンの第一階層に入り、


『――【死へようこそウェルカム・トゥ・ダイイング】』


 ヤマウサギが現れた瞬間、闇魔力弾で倒す。

 レベル1スキルで、そもそもは牽制用スキル。

 たいした威力はないが、レベル差のおかで一撃だ。


「さて、ここは誰もいない。お前の本当の姿を晒していいぞ」

「オルソン様と二人きりになれて嬉しいですぅ」


 俺はテスタメンティア・ローブをファヴリツィアに見せる。


「ナタリアーナが羨ましかっただろ?」

「はいぃ。私より先にもらえるなんてズルいと思いましたぁ」

「なら、俺の期待に応えてみせろ。これを渡す意味は理解しているか?」

「頑張りますぅ!」


 ナタリアーナが大切そうにローブをまとう。

 テスタメンティアの遺物であることよりも、俺からもらったことの方が、彼女にとって価値があるようだ。


「これがないと、この後の修行が出来ないからな。よし、修行開始だ」

「えっ!? 敵が出ないんですか? どうやって修行するんですか?」


 二日間の特訓のせいで、完全に思考がねじ曲がってしまってる。


「本来、回復魔法は味方に使うものだろ? 忘れちゃったのか?」

「あっ、そうでしたぁ。じゃあ――」

「そう。俺を回復する。今日の修行はそれだけだ」

「でも――」


 ファヴリツィアの疑問には答えず、実際にやってみせる。

 俺はダガーで腕を斬り裂く。


「ええっ!」

「ほら、回復してみろ」

「はっ、はいぃ」


『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』


 癒やしの光が俺の腕を包むが、俺の怪我は完治はしない。

 それを見て、ファヴリツィアは――。


『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』


 二発目でようやく、完全に治った。

 やっぱり、育成が遅れてるな。

 一発で治しきって欲しかったところだが。


「テスタメンティア・ローブを装備してもこの程度か」


 呆れたという表情を作る。


「打てるのは十発ってところか。貴様の能力は把握した。本格的に修行を始めるぞ」


 俺はダガーを自分の腹に突き立て、横にかっさばく。

 ジャパニーズ・ジガイ・スタイル――切腹だ。


「どっ、どうしたんですか!?」

「腹を切った。このままだと俺は1分で死ぬ。どうすればいいか分かるな?」


『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』


 ファヴリツィアは慌てて回復魔法を発動させるが、傷はほんの少し治っただけ。


「10秒ごとに一発。そのペースを保てば、俺は死なない。できるか?」


 これで昨日までの甘えは通じない。

 アルダに叱られる程度ではない。

 死ぬ気で耐えないと、俺が死ぬのだ。


 本当は奥歯にHP全快するタブレットを仕込んであるので、俺が死ぬことはないのだが、それは教えない。


『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』


「そう。その調子、それを3時間続けるだけだ。できなくても構わないぞ。俺が死ぬだけだ」


 俺の言葉にファヴリツィアの表情が変わる。

 今までのメス顔が消える。

 ようやく本気になったようだ。


『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』

『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』

『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』


 繰り返し魔法を放ち、MPが尽きるとポーションで回復する。

 そんなことを二度、三度繰り返し――。

 ファヴリツィアの顔が苦痛に歪む。


「ポーションを連続で飲むのはツラいな」

「大丈夫です!」


 気丈に振る舞うが、それがいつまで続くかな――。





 ――30分ほど経過し、ポーションを飲むのがツラそうになっている。


 昨日までよりも厳しい修行だ。

 でも、俺はまだまだ追い込む。


「今の俺より苦しいか、それなら、代わってやるぞ」

「いえ、大丈夫です。オルソン様の苦痛に比べれば、どうということありません」

「なら、お前の本気を見せてみろ」

「はいっ!」


 言葉とともに、ファヴリツィアはポーションを一気に飲み干す。





 ――1時間経過。


 だいぶファヴリツィアの顔色が悪くなってきた。

 自分も通ってきたから分かるが、死ぬほどツラい段階だ。

 特別な、強い意志がなければ、乗り越えられない。


「慣れてきたか、じゃあ、動くぞ」


 今までは止まった的。

 外すことはない。

 だが、実戦では、味方は動き回る味方にあてなければならない。


『――【聖癒ホーリー・ダイバー】』


 焦って打っても当たらない。


「外してたら、死ぬぞ」

「くっ!」

「ヒーラーには味方の命がかかってるんだ。『あてられません』、『苦しいからポーションを飲めません』――それが通じると思ってるのか?」

「やりますっ!」





 ――3時間経過。


「よし、終わりだ」


 へたり込むファヴリツィアに声をかける。

 彼女は乗り切った。

 今までの人生で一番、苦しい壁を乗り越えた。


 当初の予定通り、目標としていた熟練度に到達した。

 これなら明後日も、彼女はなんとかなるだろう。


「オルソン様は死ぬのが怖くないんですか?」

「怖いに決まってるだろ。怖くないという奴は、死から目をらしているだけだ」

「では、どうして」

「さっきの貴様と同じだ」

「同じですか……」

「なぜ、頑張れた?」

「それは、オルソン様の命がかかっていたから……はっ!」

「その通り。大切な人の命を守りたいからだ」

「さすがは、オルソン様です」

「もちろん、貴様もそのうちの一人だ」

「私も……」


 途端、ファヴリツィアがメスの顔になる。


「ああ、貴様は俺のものだ」

「はふぅ」


 はあはあと息を荒げ、陶酔した顔。

 ゲームでは、ここまでの姿は見せなかった。

 俺オリジナルの「俺様ムーブ」が予想以上に突き刺さったのだろう。

 うーん、ゲームのときより、ヤバくないか?

 暴走したファヴリツィアがやらかしそうで、ちょっと心配になる。


 だが、まあ、今日は――。


「よく頑張った」

「オルソン様のおかげですぅ」

「約束通り、褒美をやろう」


 今、ファヴリツィアが一番望んでいるものは――放置プレイ。

 散々褒めて――からの落とし。


 ――数日間、貴様はいないものとする。


 これは彼女の性癖にぶっ刺さり、ぶっ壊れる。

 彼女としては大喜びだろう。


 が。


 ファヴリツィアのドM属性がカンストしそうなので止めておこう。

 歯止めが利かなくなって、ド変態王女さまだと知れ渡ってしまいそうだ。


 それに俺は彼女の好みに合わせて行動しているだけで、ドSなわけではない。

 俺はいたってノーマルだ。


 まあ、この話はこれくらいにしておいて。

 最初からちゃんと褒美は決めてある。


 彼女のためでもあり、俺のためでもある――褒美だ。


「明日、正午。中央広場の噴水前だ」

「そっ、それは、つまり……」

「デートしてやる。遅れるなよ」

「はふぅぅう」


 ちゃんと、どストレートな褒美でも喜んでもらえたようだ。


「目立たないようにローブで顔を隠して、一人で来い」

「はいぃ、ありがとうございますぅぅ」


 とろんとした目で、明日のことに思いを馳せている。

 だが、ファヴリツィアが想像しているのとは、だいぶ違った展開になる。

 それはそれで楽しんでもらえるだろうと思うが。


「帰るぞ。表情を戻しておけ」

「はっ、はいぃ」


 この姿をリオンたちに見せるわけにはいかない。

 ファヴリツィアが王女の仮面を被り直したのを確認して、ダンジョンから帰還する――。


「どうだった」

「ええ、目標クリアです」


 アルダにナタリアーナの修行成果を尋ねる。

 そうか。彼女も頑張ったんだな。

 朝の会話が良い方に作用したと、ひと安心。

 疲れ切って座っているが、その瞳は達成感に輝いていた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ファヴリツィアとデートの待ち合わせをする』


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主人公? 悪役? かませ犬? 俺が転生したのは主人公の友人キャラだっ! ~鬼畜難易度の死にゲー世界に転生。知識とプレイヤースキルを駆使してバッドエンド全回避。俺がヒロイン全員救ってみせる~ まさキチ @maskichi13

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