第31話 ナタリアーナから呼び出された。


 ――金曜日。午前6時。


 ナタリアーナに呼び出された教室に向かう。

 俺がついたとき、彼女はすでに待っていた。

 彼女に近づく。

 2メートルほど近づいたところで、彼女の肩がびくりと揺れた。

 俺は足を止める。

 これが今の、俺と彼女の距離だ。


「怒らないの?」


 俺に対する彼女の第一声だ。

 視線は窓の向こう。

 やっぱり彼女はナタリアーナだと強く思う。


「なにか、怒る理由あった?」

「だって、私の修行は上手くいってないんでしょ?」


 自分が迷惑をかけていると思っているのだろう。

 ナタリアーナは意外と生真面目なのだ。


「ああ。でも、それは俺の想定が間違っていただけだよ」

「それでも、遅れてるのは事実よね。私が足を引っ張っている。怒られると思っていたのに」


 彼女には一切の非はない。

 ゲームが現実となったとき、そのギャップを俺が見誤っただけ。

 もしくは――俺の甘えだ。


「怒って良くなるなら、いくらでも怒るけど。ナタリアーナはそうじゃないでしょ? というか、怒るのは逆効果だと思うけど」


 ナタリアーナは黙り込む。

 彼女の家庭環境には問題がある。

 それが彼女の幼少期の人格形成に大きな影響を与えた。


 だから、上からの物言いは彼女にとっての最悪手。

 フラットに接するのが一番良い。

 それに、彼女とこうやって話すのは俺も楽しい。


「もし、そうしていたら、こうやってナタリアーナに呼び出されることもなかった。そうでしょ?」


 ナタリアーナは肩を振るわせる。


「オルソンはなんで私を選んだの? 他にも私より優秀な生徒はいっぱいいるのに」


 ぶっちゃけ、メインヒロインだからだ。

 彼女と仲良くして好感度を上げるためだ。

 なにせ、デレたときのナタリアーナの破壊力は凄いからな。


 それが最初の動機だった。

 でも、今は、違う。


 彼女を一人の女の子として見ている。

 彼女はゲームキャラではないんだ。


 だから、俺は誠実になる。

 今の気持ちをストレートに告げる。


「ナタリアーナはリオンの友だち。友だちの友だちは友だち。だから、ナタリアーナは友だちだ」


 俺の言葉に、ようやくナタリアーナが振り向いた。

 気まずそうにしているが、耳が赤くなっている。


 でも、これだけでは不十分。

 俺は言葉を重ねる。

 ひとつずつ、石を積み上げていくように。


「少なくとも、俺はそう思っているけど?」


 ナタリアーナはまた、窓の方を向いてしまう。

 俺は彼女の反応を待つ。


 二人だけの教室。

 口を閉ざしてしまえば、静寂が流れる。

 不快でない、ゆるりとした静寂だ。


「ねえ……」

「ん?」


 ひと言だけ発して、ナタリアーナは止まる。

 彼女が深呼吸する音が聞こえてきた。


「リオンとあなたの間になにがあったの?」

「リオンからなにか聞いた?」

「ううん。なんにも。『オルソンは凄い』『オルソンは強い』そればっかりよ」

「あはは。リオンらしいね」


 少しずつ、彼女の声が柔らかくなっていく。


「本人が語らないなら、俺から言うことはなにもない」

「そっか……そうだね」


 見えないけれど、きっと彼女の頬も緩み始めただろう。

 それを確信し、俺は一歩踏み込む。

 危険な一歩だ。

 下手をすれば、彼女は心を閉ざしてしまう。

 でも、俺は信じる。

 ナタリアーナなら、俺の言葉が届くと。


「男は嫌い? 貴族は嫌い?」

「…………」


 彼女の背中からこわばりが伝わってくる。


「俺は男で、貴族だよ。俺のこと、嫌い?」

「…………」


 俺は彼女の過去を知っている。

 この世界で、俺以上に彼女を知っている人間はいない。


 でも、それは過去のナタリアーナだ。

 アトランティックが作り出した設定だ。


 が。


 今の彼女のことはほとんど知らない。

 この世に生を受け、設定に従って育ってきたナタリアーナだが。

 学園に入学し。

 ゲームとは変わってしまったリオンと出会い。

 リオン以上に変わり、別人になってしまったオルソンと出会い。

 ダンジョンで過酷な修行を行い。


 ――ナタリアーナは自分から俺を呼び出した。


 ナタリアーナはナタリアーナ。

 だから、俺の気持ちを告げる。

 正直な気持ちを。


「俺はナタリアーナのこと嫌いじゃないよ」


 ゲームのヒロインとしてではなく。

 今のナタリアーナに対する俺の気持ちだ。


「リオンは好きだけど、私は嫌いじゃない、か」


 不思議な気持ちだ。

 ナタリアーナらしくもあり、ナタリアーナらしくもない。


「だって、まだ好きになるほどナタリアーナのこと知らないからね」

「それは……」

「お互い、好きになるには、もう少し時間が必要なんじゃない?」


 俺の言葉をナタリアーナはギュッと噛みしめ、咀嚼する。

 しばらく躊躇った後、彼女は口を開いた。


「そうね。だったら、私も仲良くしてあげてもいいわよ」


 プイッとそっぽを向くが、頬が真っ赤になっている。


 一歩。二歩。三歩――。


 彼女に近づき。

 隣を通り過ぎ。


 正面から彼女の顔を見る。

 目が合った。

 目線をそらされた。

 俺は目線の先に移動する。


 二度、三度――それを繰り返し。


「やっぱり、オルソンは意地悪」

「諦めが悪いことは自分でも把握している」

「ぷっ」


 ナタリアーナが吹き出す。


「色々考えてた自分がバカみたい」

「そこがナタリアーナの良いところじゃない?」


 ナタリアーナはハッと目を見開く。

 褒められ慣れていない彼女には、効果てきめんだったようだ。


「アンタに褒められるとは思わなかったわよ」

「僕は思ってることしか言わないよ」

「そう……私もアンタが嫌いじゃないわ」


 そう言い残して、ナタリアーナは早足で教室を去っていった。


 ツンとデレ。

 ふたつの感情が葛藤している。

 それがナタリアーナの魅力だ。

 さっきはああ言ったけど、俺はナタリアーナが大好きだ。


 それにナタリアーナも――


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


ナタリアーナ


好感度:38→50


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 とんでもない上昇率だ。

 一気にこれだけ増えるのは、原作ではほとんどなかった。

 それだけ今回のやり取りが重要だったってこと。


 とはいえ、好感度50はゲーム初期値の値。

 ようやく、スタート地点に立てたんだ。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ファヴリツィアを鍛える。』


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