第25話 アイリスに影

「アイリ? 何か探しもの? そんなにきょろきょろして」

 鉢を探すアイリに声をかけたのはマリアだった。朝の掃除が済んで一段落したところなのだろう。

「マリア、アイリスの鉢を知らない? 今日花を咲かせて、ここに置いていったのだけど」

「アイリス、って孤児院から持って来た鉢のこと? 朝の掃除はもう終わってるから、誰か片付けたのかもしれないなぁ」

 マリアは今日の掃除当番を思い出しながらアイリに言う。

「もしかしたら部屋に持って行かれたのかもしれないし、見に行こうよ」

 言われるままアイリはマリアと共に自室に戻る。だが、整えられた部屋にはアイリスの鉢は置いていない。

「アイリ、置いてあった?」

「いいえ、なかったわ。どこに持って行かれたのかしら。……もう少し探してみてもいいかしら」

 いつも鉢を置いておくテラスにも、部屋の隅にも見当たらない。アイリは鉢が気になって落ち着かなくなっていく。せかせかと部屋を出ると、ランドリーにリネンを運んでいくメイドに声をかけた。

「すみません、アイリスの鉢を見かけませんでしたか? ユリウス様の部屋の前に置いたのですけれど」

「アイリスの鉢、ですか? 私は洗濯物を集めて回っておりましたの見かけてはいなかったのですが……」

 メイドは少し思い出すような仕草をして声を上げる。

「廊下の掃除でしたら、新任のメイドに任せていましたね。今なら確かゴミ捨ての炉にいるはずですが」

「ありがとうございます」

 アイリは礼を言うとマリアと連れだって庭の隅にある焼却炉に向かった。

「アイリス、見つかるといいね」

「ええ。でも……」

 なんだか胸がざわついて落ち着かない。アイリは少しずつ歩調を速める。少しずつ胸がじくじくと痛み出す。早鐘を打つ心臓が痛い。

 気がついた時にはアイリは駆け出していた。使用人の出入りする勝手口から飛び出せば、もくもくと焼却炉の煙突から煙が出ていた。

「っ……」

 焼却炉に辿り突けば、見慣れないメイドが不要品を次々炉に放り込んでいた。そして足元には、置き去りにされたアイリスの鉢がある。メイドは何のためらいもなく鉢を抱えると、炉に放り込もうとした。

「待ってください!」

 アイリが呼び止め、メイドは手を止める。

「おや、どうされました?」

「それ、アイリの大事な花だよ! 捨てちゃダメだってば!」

 マリアが慌ててアイリの横から飛び出てくる。だが、メイドは意地悪な笑みを浮かべて鉢に目を落とす。

「捨てろと言いつけられたのですが、おかしいですね」

 驚いてアイリは目を見張る。同時にズキリと胸元が痛み苦しくて胸を押さえる。だがマリアは構わず鉢を取り返そうと歩き出した。

「そんなわけないって! ほら、返してください!」

 マリアの手が伸びるが、それより先にメイドは後ろに飛び退いた。空振りしたマリアはよろめくがすぐに踏ん張って体勢を立て直す。

「な、なんなの?」

「この鉢、よほど大事なものなんですね。それはそれは」

 メイドはにんまりと笑って鉢を掲げる。その顔にアイリは見覚えがあった。婚約の儀のときに、ユリウスに不貞の疑惑をかけたヒルダだ。

「あなた、あの時の……!」

「今さら気付いたって遅いわ」

 メイドになりすましていたヒルダは掲げた鉢を勢いよく地面に叩き落とす。とっさにマリアが受け止めようとするが、鉢が落ちる方が早かった。

 硬質な音を立てて、鉢が割れる。

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