第30話 一つ、お願い

「そういう気持ちは、アイリに向けてやってください」

「そういえば俺、アイリに嫌って言われちゃったんだ……」

 しょぼくれるユリウスにレイノが言う。

「なら、仲直りをしたらいいと思いますよ。けんかしたっきりにはするな、といつも孤児院の子たちにも言い聞かせていますから」

「でも、仲直りしてくれるかな。俺すごく嫌なこと言っちゃったのに」

「悪いことをした自覚があるなら、謝ることができるといえますよ」

 そうかな、とユリウスは眉を下げる。

「ちゃんと悪いことをしたと誠意を持って謝れば、きっとアイリもわかってくれますよ。アイリはうまく気づけないだけで、気持ちを感じることはちゃんとできる子です」

「うん、……ありがとうございます」

 そうやってちゃんと謝ることができるだろうか。謝ったところで、アイリは許してくれるだろうか。そんな疑念がユリウスの中で止まない。

 もやもやと悩んでいるとオルヴォを連れてマリアが部屋に入ってきた。

「レイノ先生。アイリの様子は?」

「すっかり落ち着いてるよ。少し安静にする必要があるが、その後は普段通りに生活して問題ない」

「そっかぁ、よかったぁー……」

 安心して気が抜けたのかマリアはぺたんと座り込んでしまった。

「マリア殿も休まれてはどうですかな? あなたも中々に無理をされていたのでは?」

「あ、バレちゃいました? ゴミ焼却炉でアイリスの鉢壊されちゃったどころか、あんな危ない事が立て続けにあったら疲れちゃうのも当然かぁ……へへへ……」

「ほら、お立ちください。肩なら貸しますゆえ」

 腰が抜けてしまったのか立てないマリアに手を貸しながら、オルヴォはレイノに頭を下げる。

「この度は不躾な来訪にもかかわらずご助力いただき、誠に感謝いたします。帰りの馬車の用意ができましたらまたお呼びしますので、それまでおくつろぎください」

「ええ、感謝します」

 レイノも応えるように会釈する。オルヴォはマリアに肩を貸しながら部屋を出ていった。

「全く。使用人としてしっかり働いているかと思えば、まだまだ子供なところもあるな……」

 一人呟くレイノにユリウスは思いきって声をかける。

「あの、レイノ先生。お願いが一つ、あるんですけど……」

 次いで頼まれたことに、レイノは表情を綻ばせた。



 アイリが目を覚ましたのは、すっかり日も暮れた頃だった。自室に寝かされており、窓からは朱に染まった空が見える。

 胸の痛みが引いていることに気付くと、誰かが手当てをしてくれたことに気付いた。

「厄災痕が痛んで、……レイノ先生が来てくれたのかしら」

 アイリは眠っていたからよく覚えていないが、気を失う前に見たあのアイリスを思い出す。

「あ、あの鉢……!」

 起き上がろうとしたが、アイリはまだ体がだるくうまく動けなかった。ベッドから半身を起こして部屋を見回すと、見慣れない鉢が自分のベッドのすぐ脇に置いてあることに気付く。

「これ、は……」

 土埃で汚れ、折れた茎が痛々しいアイリスの苗だった。あの時ヒルダに踏みにじられたものが、鉢を移し替えられてそこにある。

 花こそ潰れてしまったのか取られているが、他の蕾は無事なようだ。

「アイリ? 入るよ」

 アイリがアイリスの苗に手を触れようとしたのと同時に、ドア越しに声が聞こえる。ユリウスの声だ。

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