第14話 それはそうと何が言いたいのか

「十年の付き合いがあることが何を示すのかご教授いただきたいのですが」

「そ、そんなの言わなくてもわかるでしょう」

 うろたえるエレオノーラにアイリはまっすぐに答える。

「いえ、お伝えしていただかないと私は理解できません。それとエレオノーラ様、ユリウス様でしたら執務室でお仕事中です。ユリウス様のご様子を伺いたいのであればここではなく執務室へ行かれてはどうでしょうか」

 ごく自然に思い浮かんだことをアイリは述べたのだが、それがエレオノーラは不愉快だったらしい。

 エレオノーラは貼り付けた笑みを引きつらせながらアイリを見やる。

「あなたを訪ねに来た、ということがわからないのかしら」

「ですがエレオノーラ様はユリウス様のご様子を見にいらっしゃったと」

 それならはじめから自分の元に来たと言えばいいのに、なぜ回りくどくユリウスを盾にするのかアイリにはわからなかった。

「あなた、言葉の裏も読めないの?」

「裏、ですか」

 苛立つエレオノーラにアイリが返せば、エレオノーラは今度こそ侮蔑したような顔でアイリを睨めつけた。

「こんな気遣いも気立てもない娘をどうしてユリウス様は選んだのかしら。理解に苦しむわ」

 理解に苦しむと言われても、アイリにだってどうしてユリウスが自分を選んだのかまだはっきり理由がわかっていないのだ。それはアイリも知りたいところである。

「そうですね。私も後ほどユリウス様に伺ってみようと思います」

 アイリとしては当たり前に思ったことを口にしただけなのだが、その言葉はエレオノーラの心を逆撫でしてしまう結果になってしまった。

 エレオノーラは冷たい目でアイリを一瞥した後、苦々しく吐き捨てた。

「黙って聞いていれば……! 魂削げの人間風情が、ユリウス様に釣り合うわけないでしょう……!」

 そしてくるりと背を向けると使用人には目もくれずに苛立たしげにその場を後にする。

 アイリは聞いたことのない言葉に首を傾げつつもエレオノーラを見送る。だが、自分の言葉でエレオノーラを傷つけてしまったことには気がついていた。また、やってしまった。いつもこうだ。自分の言動が誰かを傷つけてしまう。胸がちくりと痛み、アイリは俯いてしまった。

 エレオノーラの姿が見えなくなった後、家庭教師の方を見やれば、彼女は顔面蒼白でアイリを見ていた。

「アイリ様……」

「先生。一つ伺いたいことがあるのですが」

 アイリはエレオノーラが放った「魂削げ」という言葉について質問する。家庭教師は血の気が引いた顔ながらアイリにそっと意味を口にした。

「魂削げはその……厄災に遭った方々への蔑称といいますか。エミネントは魂の形が見えますから、厄災で歪な形なってしまった魂を醜いと感じているのです」

「そうなんですね」

「けっしてアイリ様が醜いというわけではありません。わたくしはそう思ってはおりませんので……」

 家庭教師は慌てて取り繕おうとするが、どうして自分相手にそんなことをするのかアイリにはわからなかった。実際機嫌を損ねてしまったのは事実だ。そこを弁解するつもりはない。

「私が厄災に遭ったことは事実ですし、それで魂の形が醜くても、私にはどうしようもできないことです。先生が気遣う必要はないと思います」

「ええと……ですが……」

 もっともなアイリの言葉に家庭教師が言いよどんでいると、バタバタと廊下が慌ただしくなる。

 アイリが入り口を振り返ると、また執務室から抜け出してきたのかユリウスが満面の笑みで教室に飛び込んできた。

「アイリ! 一緒に遊ぼう!」

「ユ、ユリウス様っ! またですか!」

 家庭教師が目を丸くする中、ユリウスは早速アイリの手を取って外に連れ出そうとした。

「ユリウス様、お仕事は終わったのですか?」

「サインばっか続けてて手が痛くなったから休憩!」

 アイリは手を引かれるままユリウスに連れていかれる。

「こら! 待ちなさい!」

 部屋を出たところでユリウスにぴしゃりと叱声が浴びせられる。

「マリア……」

 そこには仁王立ちでユリウスの行く手を阻むマリアがいた。

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