第21話

 子供の瞳って、どうしてあんなにキラキラしているんだろう。


 きっと綺麗なものなのに、自分自身に向けられると途端に怖くなる……。


 だから……お願いだ。


「ねぇねぇおにいちゃーん、いっしょにあそぼー!」


「だめー! おにいちゃんはわたしとあそぶのー!」


 お願いだから僕にその純粋すぎる目を向けないでくれ……滅却する!!


 保育園のボランティアに来て、まだ1時間。


 庭園で子供たちに服の裾を引っ張られ、脚にしがみつかれ……僕は既に心が折れかけていた。


「こらこら~、お兄さん困らせちゃダメでしょ?」


 保育士さんが無邪気すぎる子供たちを窘めてくれた。


 果たしてこれでボランティアと言えるのだろうか……。


 心配になったものの、保育士さんは朗らかに笑ってくれた。


「すみませんね〜。子供たち、皆さんが遊んでくれるって聞いてからテンション高くなっちゃってて」


「……いえ、大丈夫です」


 ぶっちゃけ全く持って大丈夫じゃないんだけど、口が勝手に動く。


 こういう時、色部さんだったら上手くやれるんだろうなぁ……。


 あぁ、今すぐ色部さんにこのボランティアをなすりつけたい……!!


 SEAよ……どうして今朝になって彼女を呼び出したんですか。


「じゃあ子供たちのこと、見ててあげてください。何かあったら遠慮なく言ってくださいね~」


「……はい」


 保育士さんに頷くと、僕はちょっと離れたところにあるベンチに腰を下ろした。


 間違いなく、僕のコミュ障具合を見て気を使ってくれたのだろう。正直、助かった。


 ちょっと暑くなってきた初夏の日差しのなか、駆け回る子供たち。


 ……僕にはこんな時代なかったな、なんて思いつつ遠くから見守っていた。


 すると坂道さんと葉月くんが、子供たちとはしゃいで遊んでいるのが見えた。


 僕から離れた子供たちが加わってもなお、本人たちも楽しそうに鬼ごっこをしている。


 ……二人とも、すごいな。


 僕と違って『人見知り』なんて言葉が辞書に存在しないような二人だ。


 確か葉月くんは弟妹がいたはずだから、それもあってか、子供たちの扱いはお手の物だった。


 すると足がもつれたのか、女の子が盛大に転んだ。


 庭園に悲痛な声が響く。


 僕は駆け寄る。


 だけど思わず周囲を見回してしまう。


 こういうときって……どうしたらいいの!?


「あ~あ~痛かったね~」


 葉月くんだ。


 女の子をゆっくりと抱き起こす。


 そしてあたふたしてしまった坂道さんに言った。


「ゆうちゃん、保育士さん呼んできて」


「はいっ!」


 坂道さんは走り出した。


 ……そんな全力じゃなくても、と言いたくなるほどの俊足で。


 僕も最初は焦ったけど、彼女の後ろ姿を見たら急に冷静になってきた。


 よほど痛かったのか、女の子は泣き止まない。


 それでも葉月くんは動じることなく、女の子を外にある手洗い場まで連れていった。


 居たたまれなかったのでついていくと、葉月くんは手慣れた様子で女の子の両手と膝の傷を丁寧に洗った。


「ちょっとしみるかもだけど、我慢しようね~」


「う……うん」


 女の子は目をぎゅっと瞑って、傷口に沁みる水の刺激を堪えた。


 だけど女の子は言うほど痛がらなかった。


 怪我の処置の仕方は分からないけど、よほど葉月くんの処置の仕方がいいのだろう。


「……すごい」


「下の子たちがよく怪我してたからね〜。オレも昔はしょっちゅう怪我してたし」


「……そういえば」


 ずっと前の記憶だが、小学校時代の葉月くんは……確かに生傷が多かった印象があるような気がする。


「葉月さーん! 呼んできましたーっ!」


 坂道さんが保育士さんを呼んできてくれた。


 保育士さんは絆創膏などを持っていて、葉月くんの処置を見て驚いていた。


「ありがとうございます〜! しかも傷口まで洗ってくださって……!」


「いえいえ~、慣れてるので」


 葉月くんはキラキラとした優しい笑顔を浮かべた。


 保育士さんの手によって、女の子の擦り傷に絆創膏がはられた。


 やっと泣き止んでくれた女の子にようやくみんな、ほっとした。


「はー、ほんとに良かったですーっ」


「ゆうちゃん、慌てすぎだよ~」


「そりゃあ慌てますよっ! 子供が転んじゃったんですよ!?」


「まあね~、けどもう大丈夫だから」


 なんだか美人大型犬を慣れた様子で落ち着かせるブリーダーのように見えた。


 僕がちょっと遠くから見ていると、保育士さんが言ってきた。


「本当にありがとうございました〜。じゃあちょっと休憩にしましょっか」


 やっと一息付ける……!!


 多分、この場で一番開放感を味わっているのは僕だと思う。


 僕は何もしていないけれど、保育士さんから缶の緑茶をひとつずついただいた。


 そして僕たちは職員室の近くのテラスに座り込み、一服することにした。


 プルトップを手前に引っ張ると、心地のいい小さな音が鳴った。


 ひと口分、緑茶を流し込んだら、喉が渇いていたことに気付いた。清涼感のおかげでどんどん落ち着いてくる。


 ちょっとだけ余裕が戻ってきて、僕は息をするようにスマホを上着のポケットから取り出した。


 ……大丈夫かな、Rabbyくん。

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アッシュのオシゴト 月夜野ルオ @Tsukiyono_Luo

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