第20話
僕は思わず怪訝な顔をした。
きっと色部さんも同じ感情を抱いているだろう。
だって、リビングのソファにいるのは……。
「はあぁ……ライヤさん……!」
お風呂上がり、Tシャツと短パンという雑な恰好で、スマホ片手に表情筋を蕩けさせている坂道さんの姿があった。
さっきまで般若でも降臨したみたいな憤りだったのに、何があったというのだ。
彼女のスマホをのぞき込んでみると、どうやら坂道さんが見ていたのは動画のようだ。
しかも今、爆発的人気を誇る企業勢Vtuber『紅月ライヤ』の新作歌ってみただった。
ヤバい……忘れてた。
告知直後、トレンド入りだってしたのに……完全に不覚だ。
あとで絶対に拝聴します、そう心に誓うと坂道さんが僕に気付いたようだ。
「あっ、えーっと……お疲れ様でーす」
「……お疲れ様です」
あっ、気まずい。
さっきほどではないけど、めちゃくちゃ気まずい。
ど、どうする……この状況、どうやったら切り抜けられる……!?
必死に脳みそをフル回転させた。
だけどそれよりも先に――――坂道さんがソファから立ち上がった。
「マネージャーさんっ!!」
身構えてしまうほどの大声。
色部さんも思わず顔を強張らせた。
駄目だ、坂道さん……早まらないで!!
僕は止めようとしたけど、坂道さんは止まらない。
色部さんの前に立ち、坂道さんは――――
「さっきは……すみませんでした――っ!!」
「……えっ?」
素っ頓狂な声を上げてしまった……僕が。
漫画やドラマでしか見たことないような、直角謝罪。
これには色部さんも完全に動揺しているみたいだ。
「本当にすみませんでした!! マネージャーさんにあんな態度取って……今後はあんなことがないよう気を付けます!!」
「あ、あの、坂道さん?」
僕は戸惑ったような声を零した。
僕の脳裏に過ぎった最悪な状況ではなかった。
むしろ真逆に近くて僕は勝手に安心していた。
それは色部さんも同じだったようで、坂道さんに倣うように頭を下げた。
「あたしの方こそ……公私混同してすみませんでした」
「えっ……マネージャーさん?」
「あなたことを見るべきなのに、あなたのお姉さんのことしは見えてませんでした。許されるとは思っていませんが、今後同じことをしないよう努力します」
「か、硬すぎますってマネージャーさん!!」
多分、真面目な色部さんなりの誠意の伝え方なんだろうな。逆にめっちゃ怖いけど。
「しょうがないですよ! 顔だけは双子並みに似てますから。今回が初めてじゃないのに取り乱しちゃったボクもボクですしっ!」
「……初めてじゃないんですか?」
あまりにもあっけらかんと言った坂道さんに僕は聞き返した。
「ですねー、直近ですと入学してからの一週間とかすごかったんですよー」
「…………」
どれだけ辛かったんだろうか。
こんなに魅力的な人なのに、姉のせいで全て潰されてしまってきたのだろうか。
……ありえない。
「だから……もっと頑張ります」
坂道さんの瞳が、輝いている。
焦がれてしまうほどの強く、眩しいくらいに。
「いつまでも姉の七光りなんて言われたくないですし」
すると色部さんがぼそりと呟いた。
「……もう言わないわ」
「えっ?」
坂道さんは思わず聞き返すと、色部さんはハッキリと告げた。
「あたし……あなたのことが知りたい」
「マネージャーさん……?」
「あなたの好きなことも、あなたの苦手なことも、あなたが願う夢も、全部知りたい。さっきのあたしの言動だって言いたいことがたくさんあるはずなのにあなたは謝ってくれた……本当に、尊敬するわ」
「そ、そんなこと……」
坂道さんが何か言いかけると、色部さんは彼女の両手を取った。
そして坂道さんの目を真っ直ぐ見つめて、告げた。
「だからあなたが夢を追いかけるお手伝いをさせてください。お手伝いできるようなマネージャーになるから」
「マネージャーさん……っ!」
坂道さんは何かを堪えるように一瞬、目を伏せた。
だけどすぐに顔を上げて、力強く笑って見せた。
「はいっ、よろしくお願いしますっ!」
どうにか、通じ合えた。
楽しそうに笑う二人を見て、僕はやっと安堵出来た。
ようやく……スタートラインに立つことが出来そうだ。
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