最終話 恋ヲ書ク。
僕は小説家になりたい。小説家志望であり。書き手であり。物書きの端くれであり。だったら書くしかない。自分の気持ちを物語として。僕はあの人の物語と出会った。そして恋をした。それは恋を詠むことだった。だったら僕は、恋を、書く。恋を書く。負い目なんかない。だったら想いを物語に綴るのだ。その人に読んでもらえると思って書くのだ。その人に。読んで欲しい。あの人に。僕はものすごい勢いでワードを打ち込む。プロットなんか知らない。でも書ける。物語は僕の胸にあるから。この三年間での出来事を、気持ちの変化を、時事系列を大切に、正直なまま書く。小説家とは、上手に嘘をつくこと。でも、僕はこの物語に嘘は書かない。嘘を書くことはそのまま負い目を作ることになる。あの人への想いがすべて嘘になってしまう。だから正直に書く。もちろんネットに上げる。書きながら思う。この物語は他の誰に読まれなくてもいい、と。だけど、あの人にだけは読んで欲しい、と。この物語をあの人が読んだら、この恋は成就する時が来るのだろうか?いや、成就とかそういうのはどうでもいい、僕の気持ちに気付いてくれれば。それだけでこの物語を書く意味はある。それだけを考えながら書き続ける。やっぱり僕は書き手だ。いろいろと頭を悩ませるより、こっちの方がいい。物語を書いていると、自分の気持ちが素直に書ける。スラスラと書ける。あの人が尊敬してやまない、あのイギリスの作家より、僕はあなたを好きなんです。物語を書くことは、理由を分かりやすく書くこと。僕はあなたの物語と出会って。こういう理由で心を惹かれ、顔も名前も知らないあなたを好きになったんです。歌手の斉藤和義さんは、君の顔が好きだ、君の髪が好きだ、性格なんてものは僕の頭で勝手に作りあげりゃあいい、と歌った。僕は物書きの端くれ。だったら僕は書く。あなたの物語が好きだ、あなたの文章が好きだ、性格なんてものは、見た目とか、顔とか、体型とか、年齢とか、名前とか、すぐに飽きるよ。そんなことより、あなたは書き手として、もっともっとたくさんの物語を、いろんな物語を、僕に読ませてくれる。そんなあなたが好きです。好きなんだと思います。
好きです。好きなんだと思います。
恋を書き終わった僕は、いつも以上に校正をしっかりとした。ラブレターに誤字脱字とかあったら恥ずかしい。書き手として。そしてその物語をネットにアップする。更新ボタンを押す時に、ものすごく、胸がドキドキした。この気持ちは、ラブレターをポストに投函するのに似ている。このボタンを押せば、後には戻れない。でも誰に読まれるかも分からない。読んでくれた読者には、平凡な物語と映るかもしれない。でも、あの人が読めば、必ず、顔を赤らめると思う。その時になって、僕は初めて思う。あの人は、僕の作品を、物語を読んでくれたことはあるのかなあ、と。あの人は、媚びない人だから。
恋を書いた僕は、いろんなことを考えた。
・いつか僕が立派な書き手として、世に出ることが出来たとして、あの作品はと聞かれることがあれば
・その人が立派な書き手として、世に出ることが出来たとして、僕も同じように世に出ることが出来たなら
・あれはあなたのことを考えながら書いたんです、と言える日が来れば、と
もし今、この恋が砕けてしまえば、僕はその人の書く物語を読む自信がない。報われない恋を引き摺り、忘れようとするだろう。そうなると、どんなに素敵な物語も、その人の書いた物語は、僕にはきっと残酷な物語としか映らないと思う。
人は生きている限り、恋をするものだと思う。相手のことを無理やりどうこうするのと、相手のことを狂おしいほど思うことは、ストーカーとしてもまったくの別物だと思う。どうか恋をして欲しい、と思う。子供の頃って、好きな人に、真剣に恋をしたと思う。大人になってからの恋は、若いとか、美人だとか、お金を持っているだとか、胸がデカいだとか。そういうのが先になってしまう。どうしても。それはそれでいいと思う。でも、そういうのは本当に、純粋に相手を思うには、しんどいと思う。だから、ペンフレンドの二人の恋はとても美しいのだと思う。小さな恋のメロディーも、観た方がいいと、ブランキ―の人も言うのであり。そして書き手は言葉を綴る。今は書く場所が、物語を公開できる場所が、たくさんある。どんな書き手の、拙い言葉だろうと、泥臭い物語であろうと、届く人には届く、刺さる人には刺さる、と、信じたい。だって、僕のこの奇跡のような恋は、一つの読まれない物語から始まった。たった一言でいい。一つの文章でいい。この世にたった一つだけの、その人にしか書けないそれは、ものすごい輝きを放つ。確実に。言葉って、本当にすごい、そう思うし、そう、信じたい。
恋ヲ詠ム、恋ヲ書ク 工藤千尋(一八九三~一九六二 仏) @yatiyo
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