探偵フェスタのバカ推理
海の字
バラバラ殺人事件をバカ推理
三月七日 記録n
異能力探偵なんて仕事をしていると、ときたまとんでもない案件を依頼されることがある。
『バラバラ殺人事件を解決してほしい』。
今朝の依頼もその一つだ。
調書に目を落とし、「はぁ」とためを息こぼす。
「これはまた凄惨で難解な事件だな」
昨日未明、女性のバラバラ遺体が一軒家の寝室にて発見された。
荒らされた痕跡が他の部屋になかったことから、犯行現場も寝室であると断定。
第一発見者は女性のご主人だ。
ご主人はすぐさま通報したが、警察はろくに取り合うことなく、事件は迷宮入りとなった。
なので探偵である私に白羽の矢がたったわけだ。
死亡推定時刻は不明、ただご主人が就寝する以前は健在だったとのこと。
依頼主がご主人自身であるため、虚偽を述べる必要性の低さから深夜〜早朝間、犯行は行われたと推定。
被害者女性の遺体はバラバラに分解されたのち、ビニール袋のなかへひとまとめにされていた。
修復は素人だと不可能な状態であり、現在も事件現場にて安置されている。
出入り口は部屋の扉だけで、常に8桁のパスワードロックで施錠されている。
密室事件か? と一瞬探偵魂がそそられたものの、パスワードを解除できる者が複数人現れたことから、意気込みはあえなく鎮火。
痕跡なく鍵を外せる技術者も世にはいるだろうが。状況証拠から事件の容疑者は、被害者の寝室へ闖入可能な——。
『扉のパスワードを知っている者』である。
容疑者リスト。
1、ご主人自身。しかしこれは犯行動機の不透明性と、私に解決を依頼したという行動心理から可能性は低い。
2、依頼主の母。ご主人の両親と被害者女性は一緒に暮らしており、事件当時は寝室で休んでいたと本人談。アリバイはない。
3、依頼主の父。この方も母と状況は同じ。
4、依頼主の幼馴染女性。家族ぐるみで仲が良く、実家よりもご主人宅のほうが通っている大学に近いことから、現在はご主人宅で居候中だそうだ。
ご主人と幼馴染の関係性は、まだ理解が足りていない。
が、私が名探偵でなくとも、『痴情のもつれにより幼馴染が被害者女性に手をかけた』。と言うシナリオは容易に想像できる。
ただ私は名探偵なので、陳腐な可能性に重きはおかず。至ってフラットな視点で解決へと導くとしよう。
「にしても難解な事件だ。難しく、
手間ひまをかけてバラバラにしたのにもかかわらず、隠蔽工作などを行うことなく寝室へ死体を放置した。おそらくご主人にご遺体を見せつけるためだろう。
強い殺意と怨恨、そこからは計画性が垣間見えた。
ワトソンと呼ばれたAI音声認識サービスは返事をする。私は孤独な名探偵なのだ。
「ハイ。過去の判例カラ、懲役二十年近くになるカト」
「ナッシング。私はね、この事件、どれだけ重く見積もっても『器物破損罪』までだと思うよ。むしろ無罪になる目算のほうが大きい」
なにせ被害者女性は——。
「等身大メイドール。よくできていると巷で噂の、精巧なアクションフィギュアなのだから」
バラバラにバラされていたのは、人でなく、フィギュアだったというわけ。
別に不思議な話じゃない。フィギュアに恋をして、結婚したことを公言している人は案外多いのだ。ご主人の気持ちを慮れば、決してむげにできない凄惨な事件である。
だが、どれほど思いの丈が強かろうとフィギュアは人の形をした物でしかなく。刑事罰が適応される目算は低い。警察はじっさい民事不介入の姿勢だ。
とはいえ私はご主人に誠実でありたい。
真摯に事件へ向き合い、依頼を完遂するのがプロとしての勤めだから。
安心してほしい。私は『的中率100%』の異能力名探偵。
能力とは──。
『事件の証拠を一つ完全消失させる代わりに、事件にまつわる情報を一つ得ることができる』
情報、つまりはヒントだ。
例えば監視カメラの『映像』をこの世から消失させたなら、犯人の身体的特徴を知れるだろう。
例えば凶器の『包丁』を消失させたなら、犯人の動機が考察できるだろう。
理論上、全ての証拠を完全消失させたなら、『犯人の特定』が可能になるというチート能力。
人呼んで、『消失探偵フェスタ』
もちろんデメリットは大きい。
現場保存の鉄則に逸脱し、仮に犯人を特定したところで、証拠がないのだから事件の立証は困難だ。
証拠の有無が非常に重要である現行の法治体制において、消失能力が活用される場面は少ない。
私が刑事でなく、探偵という職業を選んでいるのもそういった理由からだ。
安易な特定は依頼主の私刑をも助長する。
しかし今回の事件は、器物破損程度の軽犯罪であり。容疑者が全員親しい人物であることからも、大事にはいたらないと判断。
メイドールは受注生産品。被害者感情を抜きにすれば、『買い直せる』という点も、今回依頼を受ける契機になった。
では、解決の時間だ。
「消失推理、
いま世界から、一つの証拠が消え去った。
どの証拠を消すかの選択権は私になく。
安楽椅子探偵が発動条件であるため、現地で確かめる術もない。
たしかなのは、『犯人特定への優先度が低い証拠』から順に召し上げられるということ。
つまり、得られるヒントも初めのうちはごくわずか。
まったく不自由で、楽しませてくれる能力である。
『母は表向き、息子の趣味を応援しているように見えた』
表向き、気がかりな表現だ。もちろんこれだけで特定できるはずもなく、能力は連続する。
「消失推理、
『父は息子の趣味に対して断固反対の姿勢を示していた』
なるほど。フィギュアを壊す動機ならあったわけか。
「消失推理、
『幼馴染みはご主人に対して恋愛感情があったが、ご主人は鈍感なため、コレに気づいていない』
どうやらご主人は、家族の悩みの種であったらしい。度合いでいえば、もちろん器物破損のほうが大きいのだが、まったく罪な男である。
こうしている間にも、証拠は次々と消えていく。
「消失推理、
『ご主人の職業はイラストレータ、かなりの稼ぎがあった』
探偵に事件解決を依頼できる程度には。
「消失推理、
『メイドールは、ご主人のイラストを元に制作されたもの』
なるほど、オーダーメイドの、メイドール。
「消失推理、
『バラバラにされたメイドールの復元は、制作者本人でも時間がかかる。素人だとまず不可能』
時間はかかるが、無理ではないと。
能力はいくどとなく連続する。ボナペティ。
『母親は、息子の趣味こそ応援していたが、結婚相手は人間がよかった』
『父親は幼少の頃フランス人形に恋したことがあり。周囲からばかにされた経験をもつ』
『幼馴染みは学費だけでなく、居候するにあたって支払う家賃も、自分で工面していた。そのため家族は快く居候を許した』
『メイドールはとても精密な人形で、パーツ数が多い』
『メイドールの分解は、制作者本人でも一晩で行うのは難しい』
『母は工場で仕分けのパート、父は機械設計のエンジニアをしている』
『ご主人は絵画専攻で美術の大学に通っている。大学はほかにも、先端芸術表現科、デッサン科、彫刻家などがある』
『ご主人の大学は家から近い』
『幼馴染みはご主人より稼いでいる』
『幼馴染みは活動名を使用している』
『ご主人は本名でイラストレータ活動をしている』
『ご主人は幼馴染みの仕事内容を知らない』
私は名探偵であるが、『名推理』は苦手。シャーロックホームズなら、これらヒントのみで、事件は解決したのかな?
推理劇は終盤戦にさしかかる。
『バラバラ殺人は複数人で行われた』
『メイドール制作時、制作者とご主人は頻回にメールでやりとりをしていた』
『メイドール制作者の腕は非情に素晴らしく、普段人を褒めないご主人もべた褒めだった』
『ご主人はメイドール製作者に対して、次第に悪からぬ感情を向けていく』
『幼馴染みの仕事は、原型師と呼ばれているもの』
その後私は、百のヒントを詳らかにした。だが、犯人の特定には至らなかった。私は名探偵だ。だが私は……、残念なことにバカなのだ。
的中率100%、消失率も、100%……。
迷探偵の、バカ推理。
メインディッシュはいただいた。さぁ、デザートの時間だ。ボナペティ。
『犯人は幼馴染み。痴情のもつれにより幼馴染がメイドールを手にかけた』
おろ?
***
事件の多くは劇的でない。たいてい、『そらそうだ』が溢れる陳腐なものだ。探偵なんて、必要ないくらいに。
教訓じみた今回の依頼。オチはこう。
ご主人と同じ大学に通う幼馴染は、彫刻科に在学中、そのかたわら、フィギュア原型師としても活動していた。
ご主人とは昔からウマがあい、密かに恋心を抱いていたのだが。ご主人が鈍感なのと、幼馴染が奥手なこともあり、恋愛関係には至らなかった。
同棲中なのに恋人未満、というモヤモヤした日々すら楽しんでいたある日、幼馴染のもとに一つの依頼が舞い込んだ。
『自分のイラストをフィギュア化してほしい』という依頼の主は、なんと偶然にもご主人だったのだ。
ご主人は幼馴染が原型師であることなどつゆとも知らず。製作の打ち合わせメール、という名目の、すれちがい文通がはじまる。
二人はすぐに意気投合、メールはプライベートな内容まで含むようになっていった。
制作までの数ヶ月、実に楽しい毎日だったらしく。ご主人は次第に、原型師へ思いを寄せていくことになる。(父が恋愛相談を受けていたので間違いない)
この時点で二人は両思いなわけだが、鈍感なご主人、幼馴染の真意に気づけるはずもなく。
やがてフィギュアは完成し、メールでのやり取りも自然と途絶えた。
ややこしいのはここから。
ご主人は原型師への思いを、フィギュアへと変換し。歪な恋心をメイドールに向けるようになってしまった。
幼馴染からすれば、自分に向くはずだった恋心を、我が子のようなフィギュアに奪われたのと同じで。じつにヤキモキ、もとい忸怩たる思いだったことだろう。困惑もひとしおだ。
ゆえにフィギュアをバラすという愚行にまで、思考が飛んでしまった。
なぜか。フィギュアは製作者本人でなければ直すのが難しいから。
つまりご主人は、必然的に幼馴染へ修復依頼をすることになる。
再び始まるだろう文通の時でもいい。修理だと称して家へ押し入ってみるのも悪くない。幼馴染はただ一言、『自分が原型師』だと打ち明けるだけでよかったのだ。その機会をほっしたのだ。
すればご主人はメイドールと原型師と幼馴染、全てを得ることができたのだから。
幸せなハッピーエンドはすぐそこにあった。
協力したのは両親。幼馴染にご主人のことを相談されたのなら、フィギュアのバラバラ殺人を手伝うくらいわけないだろう。
つまりこの事件の犯人は、母と、父と、幼馴染の共犯であったわけだ。
だが三人はみくびっていた。ご主人のメイドールに対する。いや、原型師、幼馴染に対する思いの丈を。
彼の熱情は警察への通報、そして消失探偵への依頼にまで至ってしまった。
ちなみにその選択肢はなかなかどうして悪手であった。何せ——。
メイドールは消失した。
全パーツ、余すことなく。
本来私の能力は、死体には作用しない。だが、フィギュアの死体となれば話は別だ。
ご丁寧に分割された証拠の山は、バカに解決を依頼した結果。跡形もなく水泡へ帰したのだった。
ちなみに、私の報酬金額は相応に高い。ちょうど、メイドールがもう一体作れる程度に。
うたかたの夢から目覚めると。
あとに残されたのは、めでたくお付き合いすることになった、ご主人と幼馴染の愛だけだった。
消失探偵の名推理といえども。
その熱だけは……。
さぁ、今日の仕事はここまで。明日はどの依頼をかたしていこうか。
異能力探偵なんて仕事をしていると、ときたまとんでもない案件を依頼されることがある。
例えば——。
『僕の残した証拠を、僕を推理して消し去ってほしい』
面白い。犯人自らが依頼主。この方は常連さんだ。
警視総監が依頼主、内容は。
『証拠が何一つみつかっていない完全犯罪。あなたの証拠を消す能力で、証拠があることを証明してくれ』
あぁすまない。ダブルブッキングは御法度なんだ。
おっと、新規のご依頼だ。
『人災により原子力発電所がメルトダウン。住人の避難は済んだが、広大な範囲に放射能物質が流出してしまった。どうか原因となった従業員を特定するまで推理してくれ』
なるほどなるほど、証拠品である『放射能物質』を、消失能力で消し去ろうという算段か。よろしい。私を洗浄作業に利用するのだ、報酬は弾んでもらおう。
でもその前に。
「私がバカである証拠品。ここまでの記録を召し上げる」
では、またいつの日か。
消失推理、
探偵フェスタのバカ推理 海の字 @Umino777
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