第4話 見た目はオッサン、中身は美少女。

―女の子―

女の子とはどういうものか。丸みを帯びた体躯、筋肉量が少ない、顎が小さい、見た目はこんなところだろう。では、性格はというと、感情的で共感を求める傾向があると言われている。

では、オッサンはどういうものか。まずは体躯から言うと、下っ腹が少し出ていて、筋肉はまあまあある、顎は男はだいたい出ているからオッサン限定にするのは難しい…。肌の潤いがなく、頭髪が薄い、そして懐かしい香りがすると言われている。性格はというと、聞いてもない若い頃の武勇伝を語ったり、セクハラ発言が目立ち、結婚生活にトキメキがなく、年頃の娘がいるオッサンは娘から疎まれ、家庭に居場所がないため、職場で憂さを晴らしがちな印象が強い。ここで、男・女に対して形容する性格として、決断が早く、竹を割ったような性格を『男勝り』と言い、よく悩み、優柔不断な性格を『女々しい』と言う。このリンカがインした松尾は見た目と中身が相反する存在であり、もとの松尾の性格はどうやら美少女なのかもしれない。

松尾という人物は、決断力がなく、思考力を放棄した他人任せの人間である。少なくとも職場においては。そのため、松尾の下につく人達は頭を抱える。なにせ職務上、部下は判断できないことは上司に判断を仰ぐからだ。この松尾という人物は部下に相談されてもただ唸るだけで、『こうしたらいいのでは?』という提案もアドバイスもまったく出てこないから、部下からすれば相談するだけ時間の無駄と思われている。松尾の部下である宝木係長も松尾に対して微塵も期待していないため、始め3ヶ月は松尾に相談していたが、ここ最近はまったく相談せず、松尾以外の人に相談して仕事を進めるようになった。そんな様子を見て、松尾という人間はおもしろくなかったのか、たびたび宝木係長に『どうして俺に相談してくれないの?俺、そんなに頼りない!?』と絡むのである。対する宝木係長は口が悪く、思ったことをそのまま言うような人物であるため、『あんたに相談するだけ時間の無駄。頼りないに決まってるでしょう』とたびたび容赦ないひと言を浴びせてくるのである。改めて設定に戻ると、松尾はオッサンであり、宝木係長は女性である。ここでこの2人の性別を入れ替えた時、つまり松尾をリンカのようなか弱い美少女にし、宝木係長を強面の男に置き換えると、どうだろう?まるでか弱い美少女をいかついオッサンが虐めているような図になるのだ。しかし、現実は異なり、ハゲ散らかったメタボのオッサンが若い女性にボロクソに言われてるのだ。どちらが傍から見て可哀想に見えるか…。見た目を変えるだけで受けての印象はガラリと変わる。そう、松尾という人物は平たく言うとメンヘラで面倒な男なのだ。もしリンカに松尾というオッサンがインしたならば、まだマシだったのかもしれない。しかし残念ながら松尾にリンカがインしたから、悲しい状況である。

こんなメンヘラで面倒臭く、決断力・思考力を欠いた松尾は、部下だけでなく、上司にも同様な様である。上司である副長に対して、松尾は何か困ることがあるととりあえず副所長室に行くのだ。とりあえず行って、副長に何に対して困り、何時までに対処する必要があり、どのようなアプローチが良いか提案できたらいいのだが、松尾の場合は『何に困っているか背景を説明しない』、『主語がないせいで何言ってるかわからない』、さらに何に困っているか説明できないのは何度も繰り返しているのだからカンペでも用意すればいいものを用意せず、さらに副長からの指摘や指示をメモするためのものも用意しないせいで、副長からすぐに突き返されるのだ。

つまり松尾もといリンカの転生先のオッサンはとんでもないポンコツで、周りからも慕われていない人間ということである。そんな松尾に関する性格をリンカは転生してものの数時間で感じていたのである。

松尾(リンカ)がとりあえずわからないなりに仕事をしようと目の前のパソコンを覗き、よく分からないメールを確認していると、目の前に白髪頭の定年間際の男―戸祭調整官―が来た。

「課長、この間の旧ポンプ施設の古びたポンプの引き取り先の件どうなった?経理課に確認したのか?」

どうやら松尾は戸祭調整官と旧ポンプ施設のポンプのことで何やら相談をしていたらしいが、転生して早々のリンカには何が何だかわからない。

「え、あぁ…。まだしておりません…。」

何故かサラサラと答えてしまい、リンカは驚く。どうやら仕事のことに関しては松尾の記憶が引き継がれているらしい。うまく進むよう転生後のシステムが構築されていることをリンカは実感した。

「まだしていないんか。先週やると言っておいてもう1週間経ったぞ。早くやらないと経理もうちも困るぞ。引き取り先があるかないか、まず照会をかけないと旧ポンプ施設をいつ撤去できるか決められないだろう。」

「は、はぁ、すみません。やります。」

またもやリンカの意思ではなく松尾が勝手に喋る。

『まだしてないんか。』の言葉から松尾は以前やると言ったがやらずにズルズル先延ばししていることがわかった。おそらく、前回『やる』と言った時も戸祭調整官が『確認しろよ』と指示していたのだろうとリンカは想像できた。

「課長、鵜殿村との災害対策連携事業の件ですが、どういう風に進めていくつもりですか?来月には打ち合わせしないといけませんが…。」

今度は先程嫌味を言ってきた宝木係長が松尾(リンカ)に相談してきた。こういう時、本来なら『こういう方向で進めようと思うから、こちらとしての考えをまとめた資料を作って打ち合わせに臨みたい。』と答えるだろう。だが、松尾という人物はそこまでのことができる課長ではない。

「え、あぁ…。鵜殿村が気にしていることについて答える感じで行こうと思ってるよ。」

またもやリンカの意思では無く松尾が答える。だが、この答えはきっと宝木係長が求めている答えではないことはリンカにも察しがついた。

「はぁ…。うーん…。そうですか…。」

宝木係長は腑に落ちないような困惑しているかのような返答をし、うんうんと唸りながら自席に戻りキーボードを叩き始めた。

リンカはそんな宝木係長の姿を見て、自分の意思で発言したわけでもないのになぜか自責の念に駆られた。しかし、社会人経験もなければ病弱でまともに学校行事にも委員会にも部活にも参加していないただの14歳の少女にはどうすることもできなかった。何が尤もな答えになるかが経験値の少なさからわからなかったのだ。リンカは致し方ない気持ちでぐっと気持ちを堪えた。

リンカが再びメールを確認し始めていると、戸祭調整官がまた話しかけてきた。何かと尋ねたら、「奥の部屋で話したい」と執務室の奥の小さなスペースに連れていかれた。席を離れる前、宝木係長が椅子から立ち上がり執務室を出ていく様子が目に入ったが、それよりもまずは戸祭調整官との打ち合わせとリンカは戸祭調整官と一緒に奥のスペースに入っていった。

戸祭調整官に連れていかれ、一体何の話かと思ったら、今度は役場のイベントの話だった。

「先週話したけど、来月土曜日のイベントに泉さんを同席していいか?副長からの命令なんだけど。」

泉さんとは宝木係長の下につく係員のことだ。今年から社会人になったばかりの新人である。ここでも発言するのはリンカの意思では無い。

「あ、はぁ、いいですよ。」

松尾がやはり答える。とくに断る理由もないからいいだろうとリンカ自身も思っていたが、戸祭調整官は蔑んだ表情でリンカを凝視した。

「本当にいいんか?泉さんをレンタルするんだぞ?1ヶ月間人手が1人分減ることになるんだぞ?業務量的に問題ないのか聞いてんの!」

と戸祭調整官は『コイツ本当にわかってるのか?』という感じでリンカに問いただした。

「え、あ、あぁ。宝木係長に聞きます。」

そう、泉さんの直属の上司は宝木係長だからよく事情を知っている人に聞くのが1番と思って松尾の意思なのかリンカの意思なのかわからないがとりあえず答えたら、戸祭調整官の顔がさらに曇った。

「違うだろ!お前がマネジメントする立場だろ!泉さんの業務量とスケジュール把握してなきゃいかんだろ!」

『なんだよ、もう!何のために呼び出したかわかってねぇじゃねぇか!』と独り言のように戸祭調整官は怒った。その様子を見て、リンカは初めて大の男に怒られて怯んでしまった。

「は、はぁ、すみません…。泉さんに聞いてみます…。」

「あぁ!もう!だぁから!!…はぁ、もういいわ。泉さんと宝木さんに聞いておいて。」

戸祭調整官は何か言おうとしたが、これ以上言っても仕方ないと思ったのかそれ以上は言わなかった。そして、とりあえず戸祭調整官としては言いたいことは言えたのか、再び執務室に戻って行った。リンカは何が何だかわからないが、先程宝木係長が執務室を出ていったのを思い出し、恐らく副長室に行ったのだろう、リンカも副長室へと向かった。

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