第3話 なぜオッサンが転生して美少女になるものはあるのに逆はないのだろう

異世界転生―よくあるのは乙女ゲームの中の聖女にOLが転生したりまたは女悪役キャラにOL・女子高生またはおじさんが転生したりゲームの世界に剣士として社畜男性が転生したりと女から女、男から女、男から男というのはあるが、女から男に転生するのはそう聞かない。ましてや美少女からオッサンになど異常である。しかも今転生された先がゲームの世界でもなく、異世界というのも少し違く…どちらかと言うと似て非なる現実のような世界に転生されたのだから見知ったものとはまったく異なる世界観である。ゲームの世界へ転生する場合、転生した主人公はゲームの内容を知っているから展開を先読みして行動できるが、今回のリンカの場合は現実のような世界に転生したのだから展開など読めない。来て早々することは転生先のオッサン―松尾裕二郎の性格と周りの人間関係における松尾の立ち位置を把握することだった。

転生する前、リンカは石につまづいて倒れ、その直前に松尾が倒れる姿が見えた。気がつくと目の前には見知らぬ天井が広がっており、何故か『課長』と呼ばれ、ネームプレートには『松尾』と書かれていた。いま、リンカは松尾の姿になり、松尾の同僚たちに囲まれ、倒れたことを心配されている。不思議なことにこの松尾にはとくに何も問題はなく…腰あたりが痛いくらいでこれといって大事には至っていないようだ。

「課長は特に怪我とか大事に至ってないようだし、業務再開しましょうかね。」

リンカ―松尾の前にいた若い男性が周りの同僚を見ながら業務再開の音頭をとった。

「課長、今度は脚立使うとか課長より背が高い人呼ぶとか、1人では対応しないでくださいね。」

と若い男性は続けた。

「あ、あぁ。そうだな。」

『ええ、そうね』とリンカは言ったつもりだったが、どうやらそこはこの松尾という男の口調に勝手に変換されるらしく、リンカは一瞬戸惑ったが、あっさり受け入れた。

松尾(リンカ)は課長席―同僚よりも背もたれだけでなく頭のもたれも付いたオフィス用チェアに自然と向かい、一応座った。そして目の前のノートパソコンを見るとそこには大量のメールが未読のままだった。どうやら少し離れるだけで読み切るのに時間がかかるくらいのメールがくるらしい。松尾(リンカ)は執務室を出てトイレへと向かった。

『トイレ…トイレ…あ、あった。』

リンカは女子トイレに条件反射的に入ろうとしたが、よくよく考えると身体はリンカではなく松尾であることを思い出した。この身体で女子トイレに入ろうものならお縄についてしまう…戸惑いつつもリンカは男子トイレへと向かった。

リンカが男子トイレへ向かった理由はこの松尾という男がどんな容姿をしているかを確認するためだった。リンカは男子トイレを開け、すぐ近くの洗面台の前に立つと鏡に映る自分―松尾の姿を確認した。

この松尾という男は色黒で頭髪が薄く、さらに下っ腹が前に出ている―平たく言うとメタボであり、目は虚ろで死んでいて、眉毛は八の字、口元も下がり気味で日本人の平均身長より低い小柄な体型の中年男性である。リンカは目の前に映る中年太りのハゲた黒焦げのオッサンを見て、転生前の自分―色白で黒髪の毛量のあるロング、ぱっちりとしたくりくり二重、眉毛はアーチ状で口角は上がっており、少々痩せ気味で華奢な体躯とは正反対の姿で唖然とした。リンカと松尾の唯一共通しているところは小柄なことと筋肉が少ないこと、そして血管が細いことくらいであり、その点についてもリンカはショックを受けた。

「おじさん…。なんで私おじさんになっているの…。なんでメタボなの…。なんでハゲているの…。どうして中年男性に転生したの…。」

リンカは周りに人がいないのを確認した上で現状を嘆いた。どうやら1人で嘆いている時はリンカ口調になるらしい。一人称も私のままになるようだ。

「私、これからどうやっていけばいいんだろう…そもそも私の身体はどうなってしまったんだろう…。」

嘆いても現状は変わらないが、とは言ってもすぐに受け入れることは難しい…リンカはうじうじと悩み始めた。ここにはいつもサポートしてくれるキクチはいないし知り合いすらいない。それなのにこの松尾という人物は課長として慕われているようだし、課長というものがよく分からないリンカにはそれらしい役職で振る舞える自信もないから余計にマイナス思考になっていた。

「と、兎にも角にも、仕事場に戻らないと…。」

松尾(リンカ)は男子トイレを出て、再び自席へと戻った。

「あ、課長戻ったんですか?どこ行ってたんですか?」

松尾(リンカ)が戻るや否や先程心配してくれた女性

がどうやら松尾を探していたらしい。

「また副長室に行ってたんですか?」

『また』と言われ、どうやら松尾としての記憶はリンカには引き継がれていないが、松尾は先程も副長室に行っていたらしい。とはいえ日常的にたびたび副長室に行って何かしている印象を持たれているようだ。

「い、いや。トイレに行ってただけだよ。」

松尾(リンカ)は深く考えず答えた。

「あ、そうですか。しょっちゅういなくなるからどこかで黄昏てるのかと思いました。」

女性は松尾をからかうように言った。この発言からも松尾という人物はしょっちゅう所内をうろうろしていて副長室に行くか黄昏ていたりと、落ち着きのない人物であるようだ。

「あ、あぁ、気にしてくれていたんだね。ありがとう。」

松尾(リンカ)はそう言い、自席に座ろうとしたら、女性は笑顔で

「いえ、気にしてませんよ。いつもの事なので。」

と嫌味を言ってきて、リンカは初めての嫌味に怖気付いてしまった。そしてこの女性―宝木―に対し、オフィスで腐っても目上の、上司に当たる人物に笑顔で物怖じすることなく嫌味をお見舞いする、ましてや歳下の女性という者が計り知れない狂気を秘めていそうでリンカは恐怖を感じた。

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