第2話 転生する直前は倒れたり事故があったりする

病院なリンカはなかなか学校に行けず、家で過ごすことが多かった。ただ、家にいてもとくにすることはなく…外に行きたくても身体が弱いせいですぐに喘息を起こしたりしてしまうから、外で何かするにしても庭先を散歩するくらいしかないのだ。よってリンカは今、屋敷の外を散歩しようとしている。今日は雲ひとつない快晴で、気温は少し暑いくらいだが、外で過ごせない程の暑さではない。快晴ということもあり、紫外線は大量に地上に降り注いでいる。リンカは紫外線から肌を守るため日傘を持って散歩することとした。もちろん、何かあった時のためにキクチを従えて。

「いい天気ですね…ちょっと動くと暑いですが…。」

リンカは額に浮かんだ汗を拭いながら、ふぅ、と息を吐いた。

「そうですね…。あぁ、ちゃんと日傘をさしてくださいね。肌に悪いです。」

「ええ…。日焼けしてしまいますね。」

キクチはリンカが持っている日傘に視線を向けながら、タオルで額に浮かぶ汗を拭った。キクチは日傘をさしながらリンカの後ろを歩きながら、何故病弱なのに、日傘を持っているのに、リンカが日傘をささないのか内心疑問に思った。

「あ、キクチさん、あれ何ですか?」

「あれって何ですか?」

キクチはリンカが指で場所も指し示しもしないためリンカの見ている方向がどこか分からず、冷静に指摘した。そもそもリンカの目線なんて第三者にはわからないのだが、リンカは自分基準で考えているところがあるため第三者のことなど考慮できないのだ。

「あ、あぁ…あの山の、白い建物。」

「白い建物?どこですか?」

「あれです。山の尾根の…」

リンカは目線で一生懸命に方向を訴えるが、キクチはリンカの見ている方向と発言が広範囲になるためどこか分からない。

「リンカ様、素直に指で指し示してください。目線では追えません。」

「あ…。えーと、あの尾根の…少しポコっとしたところ…。」

リンカは指で気になっている方向を指し示した。

「あぁ、アレは宗教施設です。麓から宗教施設へ至る道が尾根沿いにあるんですって。」

『ほら、あそこから入れる道があるでしょう?』とキクチは麓から山へと至る道路を指で指した。

「なんだか立派な御殿で宗教施設に見えませんね。」

「宗教法人は税の対象外なので外観も内観も豪勢にできるのですよ。」

「そうなんですね…。」

リンカは辺りをキョロキョロと見渡し、何かを見つけるとそこへ向かおうと走り出した。

「あ、リンカ様、そっちは足場が悪いですから足元に気をつけてください!」

「へ?」

リンカは前に気を取られ、足元に落ちていた少し大きめの石に気づかなかった。リンカは思いっきり石に躓くと盛大に芝生の上に倒れた。

「リンカ様!」

すかさずキクチがリンカの元へ駆け寄るが、リンカは倒れたまま起き上がらない。

「た、大変!どうしましょう…。あぁ、リンカ様!」

ゆさゆさとキクチがリンカの身体をさするが、リンカは一向に目を開けない。



――――――――

リンカは倒れる寸前、見覚えのない空間にいる光景が見えた。リンカは何故か棚の上の背広のファイルを取ろうとしたが、背伸びをしてもなかなか手が届かず、やっとファイルを掴めたと思ったら、姿勢を崩して床に倒れそうになり…。


そこでリンカの記憶は途切れた。リンカが目を覚ますとそこは芝生の上でもなく、青い空が広がっているわけでもなく、見知らぬ天井が広がっていた。白地に黒いプツプツの模様に今どき煙たがられる昼白色の蛍光灯…。明らかにここはどこかのオフィスだ。『いったい、ここは…』とリンカが混乱していると「大丈夫ですか?」と声がかけられた。

声のする方向を見ると首からネームプレートをぶら下げた女性が心配そうにこちらを見ている。

「思いっきり床に倒れたんですよ。大丈夫ですか?」

今度は若い男の人の声が聞こえて、声の方向を見ると先程の女性と同じように首からネームプレートをぶら下げた若い男性がいた。

「いつつつ…。だ、大丈夫です…。」

リンカはゆっくりと身体を起こし、無事であることを確認しながら問題ないことを伝える。なぜかいつもより身体が重いし、いつもより声が低い気がするが、きっと夢でも見ているのだろう。そうリンカは都合よく解釈した。

「もう、いきなりすごい音がしたから後ろを振り向いたら倒れてて…びっくりしましたよ!でも無事で安心しましたよ!課長!」

『課長』と呼ばれてリンカは一瞬身体が固まった。『課長』とは誰のことを言っているのか。しかし『課長』と呼んだ人物は明らかにリンカの方を見ながら『課長』と呼んでいた。

「いや、もう何も無くて何よりですよ。怪我もなくて…安心しましたよ、課長。」

今度は少し小太りの男性がリンカの方を見ながら『課長』と呼ぶ。

『課長』…『課長』…リンカは『課長』という言葉を反芻した。

そして、ふと自分の首元にもネームプレートがぶら下がっていないか視線を胸元に落とすとそこにはやはり周りと同じようなネームプレートがかけられていた。ネームプレートに書かれている名前を見ると、そこには馴染みのない役職と知らない名前が書かれていた。

『工務課長ㅤ松尾 ︎︎裕二郎』と。

そこでリンカはここが自分が元いた世界でないこと、そして自分が『松尾裕二郎』という『課長』と呼ばれる人物に転生したことを理解した。

そう、これは俗に言う異世界転生なのである。


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