転生先は片田舎の役場の課長(オッサン)だった

光ヶ丘サクラ

第1話 病弱な美少女たるもの

―ここはとある東の国のとある地方のボンボンの家庭―

「リンカ様、おはようございます。体調はいかがですか?」

そう『リンカ様』に声をかけるのは使用人のキクチだ。

「…ん。なんだか今日は身体が重い…。」

『リンカ様』はダルそうに、でも律儀にキクチに自分の体調を伝える。

「左様でございますか。起きられますか?食事は摂れそうですか?無理はなさらないで頂きたいですが、栄養をつけるためにも食事は摂って頂ければと思いますが…」

キクチは心配そうに『リンカ様』の顔を覗き込むと『リンカ様』は重たい目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。

「ん…。ちょっと重いけど…ご飯は食べられるから…。歩けないほどではないから…食堂に向かうわ…。」

『リンカ様』はゆっくりとベッドから降り、覚束無い足取りで寝巻きから着替え始めた。キクチはというと『わかりましたわ。階下でお待ちしておりますね。』とにこっとしながら部屋を出ていった。

『リンカ様』と呼ばれる人物ことリンカは14歳の目鼻立ちが整った小顔の少女であり、綺麗なロングの黒髪と血管が細いことがわかるほど透き通るような白い肌、抱きしめたら折れてしまいそうなほど華奢で筋肉が無さそうな体躯、あまり身体が丈夫とは言えないような虚弱体質、簡単に言えば絵に描いたような病弱な14歳の美少女である。

リンカは白いレースをふんだんにあしらったワンピースに着替え、淡いピンク色のハンカチを手に取り、スリッパに履き替えると部屋を出て、階下の食堂へ向かった。

「おはようございます。お父様、お母様。」

リンカは食堂に入ると先に座っていた両親に朝の挨拶をした。

「おはよう、リンカ。昨日は十分寝れたかな?体調はどうだ?気分は良くないか?」

髭を蓄えた紳士的な男性―リンカ父が心配そうにリンカを見やる。

「昨日は熱を出していたからね…無理に起きることはないわよ。寒気はない?ちゃんとご飯を食べて栄養をつけないといけないけど、無理することはないわ。」

綺麗な黒髪の柔和な雰囲気の美しい女性―リンカ母が同じように心配する。

「身体が重いけど、立てないほどでは無いから、ちゃんと朝ごはんも食べられるわ。」

リンカはテーブルの前に座り、『いただきます』と手を合わせると、目の前に並べられた食パンにジャムを塗り口に入れた。

「わぁ、このパンとジャムとっても美味しい。」

「ふふ、それは昨日叔母のアケミさんから頂いたものよ。パンもジャムも手作りなのよ。」

リンカ母が嬉しそうに答える。

「アケミさん、昨日来ていたのね。会いたかったなぁ…。」

「仕方ないさ。体調が悪かったのだから…体調が良くなったらまた会いに行っておやり。その時にパンとジャムのお礼をするといい。」

リンカ父は優しくリンカに微笑みながら暖かいコーヒーを口に運ぶ。リンカ父は一足先に食事を終えると『さて、私はこれから診察があるから先に出るよ。』と言い、席を立つ。

「ん、行ってらっしゃい、あなた」

「行ってらっしゃい、お父様。」

リンカ母とリンカはリンカ父を見送るとささっと食事を終えた。

「リンカ、体調が優れなかったら安静にしていなさいね。もし動けそうだったら、天気も良いし散歩とかするといいわよ。体力をつけると体調も良くなるかもしれないわ。」

リンカ母はリンカの分の食器を使用人のキクチに渡しながらリンカの体調を心配しつつも気晴らしに何か軽く身体を動かすよう提案した。

「うん…。キクチさん、付き合ってくれるかしら?」

リンカが皿を洗うキクチに付き合うよう言うとキクチは疑問符を浮かべたような表情でリンカに顔を向けた。

「え?あの、何に付き合えばよろしいのですか?散歩でよろしいのですか…?」

キクチは恐る恐るリンカとリンカ母の機嫌を損なわないよう、しかし相手の要望を自分が正確に理解しているか確認の意でリンカに尋ねた。

「あ…うん。散歩に…。ちょっと一休みしてからしたいの…。」

リンカはデジャブを感じながら自分の要望が相手に正確に伝わっていなかったことを実感し、だが、何故うまく伝わらなかったのかは理解できていなかった。

それを見ていたリンカ母は「リンカ、相手に何か伝える時は相手が正確に理解できるようにちゃんと自分の言いたいことを伝えなきゃダメよ」と苦笑しながら注意した。リンカ母にとってはこの状況は毎度のことなのだろう。手慣れ感が溢れていた。

「あ…うん…。ごめんなさい。キクチさん。私うまく伝えるの苦手みたいで…。」

「いえ、気になさらないでください。リンカ様の要望をちゃんと理解できずに事を進めて失敗するのを避けたくて確認しただけですので…。」

キクチは優しく苦笑いしながら皿を拭くと棚に戻した。リンカ母は「私はこれからお母さんのところに行って様子を見てくるわ」と苦笑しながらその場を去った。

リンカもその場を去り、2階へと上がり、自室に戻るとパタンとベッドの上で仰向けになった。

「はぁ…また上手く伝えられなかった…。キクチさん、困惑してたなぁ…。どうして私ってこう、コミュニケーション下手なんだろう…。」

リンカは部屋で1人になるなりぶつくさと1人反省会を始めたが、これはいつもの事である。リンカは口下手なのか行間を読まなければ理解できないような話し方をしてしまうのだ。平たく言えばコミュニケーション障害である。

「ふぅ…。」

ぼーっと乾いた双眸で天井を見つめていると、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。リンカは身体を起こし、「入って大丈夫です!」と応えると、キクチがドアを開け、礼をすると部屋に入ってきた。

「リンカ様、私のほうはちょうど手が空いておりますが、リンカ様のほうはいかがでしょうか?もし今お暇があれば散歩に行かれませんか?」

キクチは微笑みながらリンカを散歩に誘う。

「ええ。行きましょう。」

リンカはベッドから身体を下ろすと帽子を手に取り部屋を出た。リンカとキクチは屋敷の外の庭先へと向かった。

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