カルーセル戦記~もしも、生まれ変わったら~

しょしょ(´・ω・`)

第1話

『……者よ、目を覚ますのです』


「あれ、俺……たしか……」


――昨晩は先輩社員のアルハラで呑まされたんだっけ。


 それから……


 ダメだ……記憶がない……


『……者よ、目を覚ますのです』


 さっきから聞こえる? いや、まるでゲームのナレーションみたいに頭の中に鳴り響くはなんなんだ? 文字列が頭に浮かんでくる!


『おお、目を覚ましたのですね。貴方はこれから『転生者』として世界を―――するのです。その為に――――を授けます』



――え? え? 何て??



 * * * * * * *



「そっち行ったのです!」


「おう! 任しとけ!!」


 ばかデカい竜が、断末魔と砂埃を上げて倒れていく。


「……!!」コクコク


「いやぁ、お見事やで! 勇者はん!」


「流石は勇者殿!」


「凄いわぁ♡」


――突然どうしたって? これが今の俺さ。


 あの時、不思議な光に包まれて目を覚ますと、そこは別世界だった。


 空に浮かぶ二つの月に、見たこともない植物、そしてモンスター。


 最初の内はそりゃあ驚きの連続だったさ、何せ言葉すら分からないし。もぅ何度も死にかけたね。やっと街にたどり着いた時には涙がポロポロと出てきたよ。


 それでも俺は負けなかった。やっとここまで辿り着いたんだ。巷では『勇者』なんて呼ばれてるんだぜ?


――それじゃあ、俺を労ってくれてる仲間を紹介しちゃうぜ!


 まずは金剛不壊にして金髪ロリっ娘の盾役! どんな攻撃も彼女には通じない!


『リリー・カタストロフ《タンクローリー》』


 お次は無口な言霊使いで全能の美少女エルフ! 声に出したら最後、どんな事でも現実になる!


『マリエッタ・リグリン《アリエール》』


 続いて関西弁のパーティーの要! 武器、食料、人員まで何でもござれのアイテムボックスマスター!


『ミエ・ヒョウゴ《トリプルアーセナル》』


 さらに刀使いのモフモフ獣人! コイツに切れないものは無し! 攻撃の要!


『ジジ・ゴローニン《斬・鉄・犬☆》』


 最後は黒髪お姉さまにして凶悪死霊術師! この世もあの世も魅了しまくる!


『ヤンヤ・ウサノビッチ《あん♡デッド》』



 どうだい、強そうだろ?


 そりゃあそうさ。北の蛮族も南の魔族も、俺ら『勇者様御一行』にかかれば


「炎竜もあらかた片付いたのです!」


「素材の回収も終わったで!」


「残党も居らぬ様子」


「おこぼれも頂いたし、ね♡」


「おっしゃ! 王国に凱旋だ!」



――今にして思えばこの頃が一番幸せだったな。



 * * * * * * *



 大歓声。こういうより無かった。


 大通りに面した建物の窓からは次々に花びらが投げられ、皆、勇者を一目見ようと身を乗り出している。


 石張りの畳が抜け落ちてしまいそうな群衆の渦。幼子を肩に乗せる者、羨望の眼差しを送る者、高く突き上げられた右手には一様に酒瓶が踊っている。


 群衆の視線の先には勿論、煌びやかな鎧と御旗に彩られた馬上の兵士に続く俺達『勇者様御一行』



「ははっ! 凄ぇ景色だな!」


――十数年前には考えた事もなかった光景だ。無機質なオフィスで日々すり減りながら、上司の顔色をうかがい、同僚の冷ややかな視線を避け、微々たる給料を貰いながら無気力にただ、生きていた。


「勇者よ! 炎竜討伐、大義であった! 武勲として爵位を授けよう!!」


 まるで槍衾みたいな尖塔の中心。その王城の中でもとびきりのど真ん中に俺達はいた。


 式典の後の宴席は三日三晩続き、貢ぎものの行列は城の外まで伸びてやがった。



 莫大な戦費が税として庶民を圧迫してるだの、武家貴族連中のやっかみだの、急速な領土拡大における諸外国の視線だの。――そんな仄暗いものが見えないくらいに。


 あの時の俺達は輝いてたんだ。



 * * * * * * *



 あれは忘れもしない、西の平原に騎馬民族を討伐しにいく途中だった。


「お恵みを……」


 街道沿いの寒村。差し出された両の手を今でも覚えてる。


 眼窩は落ち窪み、頭蓋骨に薄皮を張り付けたような老爺。半眼に開いた両の黒目は俺の足元に落ちて、決して視線を合せようとしない。ボロ布を纏っただけの簡素な服からは、幾筋もあばら骨が覗いていた。


 傍らには同じくすえた臭いがしてきそうなボロボロの犬。


 一瞥だけくれてやり、視線を街道に戻そうとした時だった。



「ぐっ……!」


 強烈な頭痛の波間に、デジャブのような景色が見えた。


 遥か遠い昔に見た光景。


――池袋。西側の繁華街を少し入った裏路地。 そうだ。俺が転生前、最後に見た光景。


「なんで……今更……」


 側近が駆け寄ってきて、慌てて馬の手綱を取る。


 転げ落ちるように馬から降りた俺は、ふらつく足取りで物乞いへと歩を進めた。


――あの夜もたしかこんな足取りだった。それから……



「き、貴様! どこかで会ったか?」


 声を掛けられると男は不承不承といった具合で面を上げる。黄ばんだ痩せこけた肌。いくつか抜けた歯。それらを見せつけるような、笑ったような顔をして、ゆっくりと答えた。


 


『また、私を殺すのですか』




 それからはよく覚えていない。


 何が俺の琴線に触れたのだろうか。腰から剣を抜くと、男を一刀に切り伏せた。


 そして倒れ込むように寝そべった。



――そうだった。こんな具合に大勢の人間が俺を上から見てたんだった。




 * * * * * * *



――そして今。


 誰もいない王の間に独り。俺は座っている。


 遠雷のように聞こえるのは勝ち鬨だろうか。勇ましい音がする。老骨に滲みて、少し痛いくらいだ。



「誰か……」



 役目を果たせなくなった王の間は、どこか悄然とした空気を湛えている様に感じる。


 それがとうに日が暮れ、鈍色にくすむ窓枠のステンドグラスによるものなのか。


 それとも、一様に具墨ぐずみを塗られたかの如く、静かに息を潜めるように鎮座している調度品なのか。


 精緻せいちな天井画は、蜘蛛の巣を下地にほこりのレースを縫い付けられ、まるで未亡人の面紗ベールのように静かに喪に服している。


 畢竟ひっきょうの時を見守る聴衆は、最早壁面の彫像のみだった。



「いたぞ!!」


 正面の扉が、鋸を引かれた咎人のような音をたて開いた直後だった。


「雌雄は決した! 大人しくしろ! め!!」



――魔王、そう呼ばれるようになって幾年が経つのだろうか。


 乞食を切り捨てたあの日から、全てが、狂ったんだ。



 騎馬民族との戦には辛勝したものの、周辺諸国の相次ぐ挙兵に対応を迫られ戦況は泥沼化。


 多重正面作戦を強いられ、西走東奔の日々。次第に欠けていくかつての仲間たち。


 軍の御旗に担ぎ上げれた俺は、徐々に心を閉ざしていった。



 非人道的な作戦が次々に立案、実行されていくのを、この玉座から黙って見下ろすしかなかった。


 かつて大歓声で迎えてくれた大通りには胡乱うろんな輩が闊歩かっぽし、王城を取り囲む槍衾のような尖塔が増えるにつれて、民衆の目から光が消えていった。




――もう、疲れたな。




 俺は長く息を吐いた後、眼前のかつての俺たちを見下ろしながら言った。



「よく来た勇者よ。わしが王の中の王、魔王だ。

わしは待っておった。そなたのような若者が現れる事を……」




――なんだよ。世界の半分のくだりやってねぇぞ。


 言葉を遮るかのように突き立てられた剣に向かってうそぶいた。



 不思議と痛みは無い。身体中から力が抜けていく。



――あぁ、もう終わりか。天井が……光って……




 * * * * * * *




「お恵みを……」



 ハッとして我に返る。


――ここは…


 口元に違和感を感じて拭うと、生乾きの吐瀉物がスーツの袖口についた。


 目の前がよく見えない。懸命に頭を巡らす。



 閉店後の居酒屋の従業員がゴミを出している。

 カップルがホテル街に向かって歩いていく。

 安物のスーツを着たキャッチの兄ちゃんが、最後の稼ぎを狙ってサラリーマンに纏わりついている。


 とうに味のしないだろうガムを噛みながら、どこかの国の女が気怠く虚空に手招きをしている。


――なんで……


 やっと眼前の男に気づいて慌てて立ち上がろうとする、が自分のだろう吐瀉物に足を滑らせてうつ伏せに突っ伏した。




――ははは……そうだ。そうだった。




 タクシー乗り場へ足早に駆ける若い女性が、大げさに迂回しながら通り過ぎていく。

 お疲れ様です、と後ろ手に居酒屋の戸閉める若者は、うえっと一言漏らしてスマホを取り出した。

 目線の高さでは大きなネズミが、ビルの合間から怪訝そうに覗いている。




――思い出した。この後、自分の惨めさにブチ切れた俺は、目の前の乞食に殴りかかるんだ。


 そして倒れたこいつに執拗に蹴りをかます。そして動かなくなったところで我に返り、怖くなって駆けだす。そしてタクシーに……







『今度は、どうしますか?』






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