紙飛行機の歌
冥沈導
おねーさんと一緒で嬉しいよ。
起きて、顔を洗って、朝ご飯を食べて、歯を磨いて、仕事に行く。
仕事で失敗をする、失敗が失敗を呼ぶ。すいませんでしたと謝る。
帰宅する、笑いのネタにと思い、話を振れば、母にキレられる。「ぶっ飛ばすよ!?」と言われ、「じゃあぶっ飛ばせばいいじゃん」と、逆ギレする。
そんな日々を繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
もう、疲れた。
首元が伸び切ったようなダサいTシャツと短パンの部屋着のまま、家を出た。
夏だから、夜でも暑い。それだけで苛立つ。
楽しそうに笑う、リア充な女子たちを見て、虚しくなる。
何があったわけでもないのに、世界で一人ぼっちな気がして、泣きたくなる。
自分よりしんどい人はたくさんいる。
わかっている。
わかっている。
わかっている。
でも、虚しいんだ。悲しいんだ。
誰か、わかってよ。
いや、わかんなくていいよ。
やっぱり、わかってよ。
もう、どうでもいいや。
空を見上げた。
私の心のような真っ暗な空に、白い何かが飛んでいた。
掴んでみると、紙飛行機だった。
何気なく開いてみた。
『「死にたい」でも「死ぬのは怖い」と、馬鹿みたいにな矛盾で生きている』
……そうだ。
私は弱いから、何かあれば「死にたい」と口にする。でも、いつも、できるわけがない。
怖いんだ、死ぬのが。
紙飛行機はまた飛んできて、目の前に落ちた。また開く。
『「何で自分だけ」と、勝手に孤独を抱えている』
……そうだ。
要領悪い自分が悪いのに、黙々と必死に仕事をやっていて、「大変そうだね、手伝おうか」と、声をかけてもらえる若者がいて。
何で自分ばかりこんなに大変なんだ。と、むしゃくしゃしていた。
何でか。そんなのはわかりきっていた。
要領は悪く、頭も心も容量は少なく、普通じゃないのに、声を出さないからだ。
わかっている。
わかっている。
わかっていた。
わかりきっていた。
でも、できないんだ。普通じゃないから。
普通のことが普通にできないから。
紙飛行機は次々と飛んでくる。
『でも、それでいいじゃん。僕は僕しかわからない』
『悲しいも寂しいも辛いも。消えてしまいたいも死にたいも』
『死にたいけど死ぬのは怖いも。でも、生きるのはもっと怖いも』
『僕しかわからない』
『馬鹿みたいな矛盾で生きて、勝手に泣いて、気の済むまで泣けばいいんだ』
『だから、死ぬななんて言わないさ』
『希望なんて、夢なんて、それこそ君しかわからない』
『そんな不確定で薄っぺらな『希望』とかいう、張り紙を見せて』
『ここは立ち入り禁止だとか言って』
『死ぬななんて言わないさ』
『もがいて足掻いて』
『泣いて怒って』
『劣等感を抱えて』
『死にたくなって、でも、やっぱり怖くて』
『そうしている内に、ほら、なんか、生きてるじゃん?』
最後の紙飛行機を受け取り、目から溢れる涙。
誰かが、私をわかってくれたような気がした。
誰かが、代弁してくれたような気がした。
誰かが、寄り添ってくれたような気がした。
振り返り、紙飛行機が飛んできた方向を見上げた。
紙飛行機の離陸場所は病院だった。
気がついたら紙飛行機を握り締め、走り出していた。
つっかけサンダルが脱げても気にしないで。
〓〓〓
「あ」
小さな病院に着くと、二階の窓から金髪てで水色の病院着を着た色白な少年が紙飛行機を飛ばそうとしていた。
「それ、拾ってくれたのおねーさん?」
二回深く頷いた。
「そっかー」
「響いた、心に……」
「えーっ」
「泣いた……」
「おねーさん、雑魚いっ」
病弱そうなのに、喋り方はチャラい。少年はケラケラと笑った。
「でも、よかった拾ってくれたのおねーさんで。泣いたって事は、共感してくれたんだよね?」
大きく頷いた。
「死にたいけど、死ぬの怖いよね?」
「うん……」
「なんか無性に孤独を感じて、泣きたくなるよね?」
「うん……」
「でも、それは自分しかわからない。だから、いいんじゃないかな? 泣いたって。寂しいよ悲しいよーそうだねーって」
「うん……」
「って、最近、気づいたんだ。俺、もうすぐ死ぬんだけどね」
「え……」
顔を上げると、何故かくしゃっと太陽のような笑顔。
「だから、おねーさんと一緒で嬉しいよ」
涙が止めどなく流れる。
「この歌……、出そうよ。こんなに響いたの初めてだから……」
「えーっ、じゃあ、曲名はー?」
「……『紙飛行機の歌』」
「ダッサ!」
完
紙飛行機の歌 冥沈導 @michishirube
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