桜色
西しまこ
第1話
梅の木に若葉が芽生えていた。
まだ頼りない色の葉。
だけど、太陽の光を浴びて喜んでいるように見えた。
親指の爪くらいの若葉。なんて小さくてかわいらしい。
わたしは手袋を外した手を見た。少し前から手袋をしていない。暖かくなったな。
わたしは手袋が好きだった。濃い茶色のスエードの手袋。手首にくすんだ紫と紅色の花の刺繍がある手袋。母からの誕生日プレゼントで、とても大切にしていた。手袋をはめる季節がとても好きだった。
でも。
花が咲き花が散り、若葉が芽吹く。
いい季節だな、と思う。爪のネイルは淡い桜色にした。気持ちが明るくなる。
手袋をはずした手が桜の花びらをひらひらと散らしているみたいだ。
ヒールの音が朝に響く。
木蓮はまだ咲いている。白いのも赤紫のも。枝垂桜は美しく咲き誇っているけれど、桜はまだ咲いていない。生け垣の椿は赤やピンクの花で、常緑樹の緑を彩っている。桃の花が咲いている。雪柳も咲いている。
なんて、世界は美しいのだろう。
頼りない、小さな若葉もすぐにその存在を示すように大きくなるのだろう。そうして、薄い黄緑色は青々とした色になるのだろう。
世界は巡る。人間の思惑とは関係なしに。巡っている。
わたしは返信しないでいたメッセージのことを思い浮かべた。
「今度、一緒に食事に行きませんか?」
昨日の夜来たそのメッセージに、なんて返信したらいいか考えあぐねて、そのまま放置していた。
行こうかな。
突然、そう思う。
そう思ったら、すぐに返信したくなり、立ち止まりスマホを取り出す。
「平日は十九時以降なら、だいたい大丈夫です」と返す。
平日予定ないなんて、駄目かな? でも嘘ついても仕方がない。
スマホをしまおうとしたら、すぐに既読がついて返信が来た。
「では、明日では? 駅の改札で待ち合わせ出来ますか?」
「いいですよ。では、明日十九時に、駅で」
わたしもすぐに返信をして、スマホをしまい歩きだす。
なんだか、スマホが暖かく感じられる。
今日は帰ったら、ネイルを塗り直そう。でも、同じ桜色にしよう。髪は巻いた方がいいかな? 服は何にしよう?
わたしは朝の空気の中に桜の花びらを揺らしながら、ヒールの音を響かせていつもの駅へと向かった。
了
一話完結です。
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桜色 西しまこ @nishi-shima
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