住人

急にまとまった休日がとれたので、前からきになっていた龍鎮神社へ行く事にした。

ネットを見るに、山奥にある美しく神秘的な小さな神社の様である。

一度、実際に行ってみたい。そう思っていたのだった。


さて、方向音痴の私はまず車に付いているナビで検索したのだが、龍鎮神社は出てこない。

このナビはわりと古いため、こんな事はよくある事である。

仕方が無いので、目的地から比較的近く、ナビに表示される場所を指定し、そこからはグーグルマップに案内してもらう事にした。


室生ダムの駐車場で一旦車を止め、そこにある公衆トイレへ行こうと車を降りると、なんと龍鎮神社への道のりを示す看板が、そこにはあった。

その看板によれば、この駐車場から目的地までは非常に単純な道のりである。


私は再び車に乗り、ダムに架かる橋を渡って、山道に出た。対向車がいたら、すれ違う事は不可能ではない程の幅はあるものの、反対側から車が来ない事を願いつつ進んでいく。

木々に囲まれたぐねぐねとした山道を登っていくと、やがて先の方に橋が見えてきた。これが龍鎮橋である。

赤い、短い橋の下には川が流れている。見るからに澄んでいた。

この橋のあたりに車を停めると良い。そう事前に調べておいた。


おそらく観光名所であろうこの場所には、わりかし観光客が来ているそうだが、平日の夕暮れだからか、客は私一人である。


橋を渡り、目的地へと向かうのだが、足場は舗装されていない山道である。横ではゴロゴロとした岩や、流木の狭間を澄んだ水が流れ、時々小さな泉を創っており、なかなか幻想的な風景であった。

少し寄り道して、水に手を触れてみると冷たくて気持ちが良い。小さな魚も所々で泳いでいる。


足場が悪いせいか、かなり歩いた気がする。ようやく目的地の龍鎮神社に辿り着いた。

小さな、私の背丈程の高さの石の鳥居、その下に続く階段を降りた先に、石造りの鳥居と小さな祠、その横には青色に澄んで見える小さな泉が見える。


地面は全面が岩だった。平たい、大きな岩の上に立っているような感覚だ。

目の前にある、入口にあるのよりは大きな鳥居と祠もまた趣があるのだが、やはり側にある澄んだ泉の存在感が圧倒的である。


上流から静かに流れて来る水が、まるで小さな滝のようである。そしてこの泉の水もまた、下流へと流れていくのだ。

そうして常に水が流動しているので、澄んだ綺麗な状態なのだろう。


この泉には、側面に所々洞窟のようなものが見える。それがまた、幻想的な雰囲気を増している様に見えた。

澄んだ泉にサンダルを履いた足を少し入れてみると、冷たくて気持ちが良い。この中に体ごと入れたら、さぞ気持ちが良いだろう。

そんな事を思いながら、両足を泉の中に浸して腰かけていた。


澄んだ泉は、石の並ぶ底まで見える。見たところ、それ程深い様には見えない。そして、小さな魚が至る所で泳いでいた。


ふと見ると、泉の底の方に影があった。影には動きがあり、わりと大きく見える。最初は岩か何かかと思ったが、それなら動きは無いはずである。


はてと思っているうちに、影は膨らんでいき、いや膨らんでいるように見えたが実際は上へ上へと移動し始めている。

ひょっとして、先客がいたのだろうか?泉の底に潜っていて、浮き上がろうとしているのか?


影は上へと昇りゆくごとに、形がはっきりとして、それは人の様な者であると知れた。しかし人にしては、肌の色が妙である。明らかに、人の肌の色ではないのだ。エメラルドグリーンと紫色の斑である。


私は急に恐怖を、そしてここに居るのが私一人、という事に凄まじい心細さを感じた。

その、人のようなしかし人ではない者は、徐々に水底から上へ上って来る。しかも私のいる位置に近づいてきているのだ。


泉に足を浸していた私は、叫び声をあげながら、その場から飛びのいた。

そして、後ろも振り返らずに駆け足で元来た道を帰っていったのだった。


振り返らなかったのだが、背後で何者かが泉から岸にザバという音を立てて、上りゆく音が聞こえていた。

そして視界の端で、人の形をした、しかし明らかに人ではない者が岸に立ち、私の後を追うようにしてペタペタと歩き始めているのが見えた。


私は無我夢中で走った。足場の悪い道であったから、何度か転んだ気がするが覚えていない。

途中、背後からはビチャビチャという、追ってくる足音が聞こえていたのだが、龍鎮橋に着く頃にはもうその足音は聞こえなくなっていた。


それでも安心できず、私は車に飛び乗ると、即鍵をかけて発進した。


あれから私はもうずっと、龍鎮神社へは行っていない。そしてそれ以降、水場のある人けの無い所へ、一人で行く事ができなくなった。


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短編集(主にホラー、時々コメディ) めへ @me_he

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