プリンの王様
プリンを食べようとしたら、中から王様が出てきた。
何を言っているのか分からないかもしれないが、本当にそのままの出来事なのだ。
病院に所要があり、しかし指定の時間まで間があるものだから、私はどこか時間を潰せる場所を探していた。
そして、一体何屋なのかよく分からない看板の立つ建物を見つけたのである。
小さな立て看板には「kafe」と書かれている。cafeではなく、kafeである。
他には何も書かれていない。
果たしてこれは、喫茶店なのかそれとも何か別の店なのか。
喫茶店であれば、ちょうど時間を潰せる場所になる。喫茶店だったら良いな、と思いながら私は建物の中に入って行った。
建物の入口は、床も壁も全面白で覆われている。入ってすぐどん詰まりになり、左手に階段があった。
階段の先を見上げると、そこには銀色の大きな樽の様なオブジェがあり、白い紙が貼りつけてある。
その白い紙には「kafe」と書かれ、矢印が記されてあった。
矢印の先にはまた短い階段があり、それを上った先にはこれまた全面白で覆われた廊下が現れる。
廊下の左右にはいくつか部屋があるが、殆どが閉まったままで何か店をやっている様子が無く、一室だけが看板を出し、中にも人の居る気配を漂わせていた。
やはり「kafe」という立て看板を出しているその部屋は、明るく開かれており、白を基調とした室内だった。
平日の夕方だからか、客は私しかいない。
店内に入ると、眼鏡をかけた歳の頃30~40歳に見える、店主と思しき人物が「どうぞ、お好きな席へ」とにこやかに案内してくれたので、私はカウンターの隅の席に座った。
メニューは既に、テーブルに乗ってある。メニューを見ていると、店主がお冷を持って来て「お決まりになりましたら、お声をおかけください」と言って、立ち去った。
メニュー表にはコーヒーが数種類、トースト、サンドイッチ、そしてプリンがある。
プリンの欄には「名物」「おススメ」とあった。
どうやらこの店は、プリンが名物らしい。
店員に声をかけた私は、ブレンドコーヒーとそして、せっかくだからプリンを注文した。
数分も経たないうちに、プリンが出され、それから数分後にコーヒーが来た。
プリンは白い、小さな皿に乗せられている。見たところ、どこにでもあるような普通のプリンだった。
しかし、そのプリンの背後からひょこっと何かが飛び出してきたのだ。
プリンの背後から、人の顔がこちらの様子を窺う様にして現れた。
それは、間違いなく人であった。いや違う、こんな小さな…小皿に乗ったプリンよりも小さな人が、存在するわけがない。
私は目を瞬いた。しかし、その人は消えない。
――いつの間にか、こんなに疲れていたのか…幻覚を見る程に。
私はその、小さな人をまじまじと見た。丸い顔に髭が生えている。頭には金色のギザギザした被り物、白い付け根の赤いマントを羽織っていて、くりくりとした丸い目でこちらを見ている。
その人は、王様を思わせる風貌だった。
私は、構わずプリンを食べる事にした。プリンを掬い、口へ運んでいく。
その時、小さな王様がひょいっと、掬ったプリンの上に乗っかったのだ。
それは一瞬の出来事だった。あまりに突然の事で、私は口にスプーンの先を運ぶ手を止める事ができなかった。
口の中に、プリンとそして小さな王様が入る。小さな王様は幻覚のはずなのに、口の中でもごもごと、実体をもって動いているのが分かった。
私は、さすがに嚙み砕く気にはなれず、しかしどういうわけか吐き出す事もできなかった。
コーヒーを手に取ると、それを使って、王様を胃に流し込んだのである。
おそらく王様と思われる塊が、喉を通っていく感覚があり、やがて何も感じなくなった。
王様は私の胃の中で、胃液に溶かされているはずだ。
そんな馬鹿な、これは全て幻覚であるはずだ。幻覚なのに、こんな感覚があるなんて…
私は気分が悪くなり、コーヒーを飲み干すと早々に店を出る事にした。
レジで会計に立っていると、レジの向こう、キッチンの辺りから困惑した話し声が聞こえてきた。
「王様がいない…どこ行ったんだろう?」
「そんな…困ったな…」
私は、胃がずしりと重くなった気がした。何も言わず店を出て、ちょうど良い時間だったので病院へ向かった。
あの王様は、一体何者だったのか?
そして王様の、あの行動。素早く私のスプーンの上に乗り、口の中に入った後も全く抵抗する様子が無く、大人しく喉を通り胃袋へ落下していった。
あれは自殺だったのかもしれない。
王様があの店でどんな扱い、役割を担い、どんな気持ちを抱えていたのか知る由も無いのだが、少なくとも本人には、あまり幸せなものではなかったのだろう。
数日後、気になって「kafe」を検索して少し調べてみたのだが、看板メニューだったプリンがメニュー表から消えたとの事だった。
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