第63話(最終話)

 夕刻に二人の祝言が始まった。

「二人が晴れて夫婦めおととなった事を祝して」

 と沙宅家さたくけの当主、和幸かずゆきが言うと、皆で酒を酌み交わし祝った。

涼悠りょうゆう、花嫁衣装は着ないのか?」

 二番目の叔父が揶揄う様に言うと、

「俺が綺麗になりすぎると、白蓮はくれんが困るらしい」

 と涼悠が笑いながら答えた。

「そりゃ、そうだな」

 と二番目の叔父が納得したように言って、皆が笑った。


 それから、しばらく歓談が続き、夜も更けて、男たちは飲んだくれて、その場で落ちるように眠り、どんちゃん騒ぎの残骸が散らばっていた。女たちはそれぞれの部屋へ戻り、涼悠と白蓮も部屋へ戻った。


 月明かりが部屋へ差し込む中、あの掛け軸が浮かび上がる。それを見た白蓮は、

「この絵は淋しい」

 と一言言って、壁から外した。

「そうか?」

 涼悠は美しい白蓮の絵を見つめた。

「お前が足りない」

 白蓮はそう言って、おもむろにたもとから絵具を取り出した。

「お前、そんな物も持ち歩いていたんだな?」

「うん。お前の物だ」

 白蓮はそう言って、掛け軸に絵を描き足していく。涼悠は胡坐をかいて頬杖をつきながら、絵を描く白蓮を見つめていた。絵の中の白蓮の伸ばした右手が触れるように、涼悠の姿が出来上がっていく。少し癖のある長い黒髪、黒く美しいまつげ、黒く大きな瞳。熟れた桜桃おうとうのようなあでやかな唇。暗めの青いほうを纏い、鮮やかな青い服を着ている。絵の中の白蓮の憂いを含んだような瞳は、描き足された涼悠を見つめると、慈しみの眼差しに変わっていた。白蓮を見上げる絵の中の涼悠は、口元に笑みを浮かべ、瞳は爛々と輝いていた。月明かりもいっそう明るく見え、白蓮しか描かれていなかった絵は、どこか淋し気で、冬のような寒々しさを感じていたが、涼悠の姿が描き足されると、そこには静かな平安と、幸福が満ち溢れ、温かな様子が現れていた。


 絵が完成すると、白蓮は笑みを浮かべ満足そうに、

「これでいい」

 と一言言った。

「お前、絵が上手いな」

 涼悠が言うと、

「お前ほどではない」

 と白蓮は謙遜した。出来上がった絵はとてもよく調和していて、二人の合作だが、一人で描いたように見える。


 空に浮かぶ満月、月明かりに照らされた美しい白蓮。そして、二人が描かれた掛け軸。それはとても幻想的で、涼悠はうっとりと眺めていた。

「綺麗だな」

 涼悠が小さく呟くと、白蓮は、

「うん」

 と頷いて、涼悠を抱き寄せた。


 神であった頃から今まで、二人の運命の巡り合わせは波乱に満ちていた。そのため、平穏はなく、穏やかな日常とも無縁だった。しかし今は、彼らの平穏を乱すものが過ぎ去ったかのように穏やかだった。


 二人が見つめるこの掛け軸は、後にこう呼ばれるようになった。

『月光の白涼』と。



                 了

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月光の白涼 白兎 @hakuto-i

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