第7話
私は信じられない光景を目にしていました。
その男は旦那様の首へ噛みついたのです。
[うっ...ぐあっ]
旦那様は苦悶の声を漏らしながら、必死にもがきましたが、その男の怪力の前にそれは意味を成しませんでした。
...数秒すると旦那様から声はしなくなりました。
[ふう、さて]
旦那様の血で口元が紅くなった男は私の方をぎろりと見ます。
[君はどうするの?血吸われて死にたい?それとも...]
[待て、お前今血を吸ったと言ったのか...?
お前は今、旦那様の血を吸ったのか?]
[質問に対して質問か。まあ衝撃的なものを見たんだから仕方ないよね]
[お前は何者だ?]
私は懐からナイフを抜きました。
[俺とやる気かい?やめておきな。君、いや人類じゃ俺には勝てない]
[質問に答えろ。お前は何者だ?]
[言っても信じられないと思うよ?そんなこと聞く暇あったらさっさとかかってくれば?殺す気あるの?]
[黙れ!私を拾ってくれた旦那様を、そしてその家族を、メイドの命までも奪ったお前を私は絶対に許さない!]
[大した気合だ。けど、それなら最初から攻撃すればよかったじゃないか?]
宏哉は痛いところを突かれました。
[そんなに大事な奴らだったら、その身を挺して守るべきじゃなかったのか?まあ仮に守っても全員死ぬわけなんだけど。それができなかったのは結局のところ自分の命が一番可愛かったんだろ?]
[違う!私は決して...私は!斎藤家の皆様のためならばこの命なんて惜しくない!]
[だったら、お前が今見ている景色はなんだ?]
男はばっと両腕を広げました。
[どこを見ても人間が死んでいるではないか。お前が大事に思っている人間達も、なにもかもが!お前は臆病者だ。恩義を感じていた相手を見殺しにする、最低な人間だ]
気がつけば私は男に突進していました。
殺す
その時の私の頭にあったのは圧倒的な殺意だけでした。
[いい踏み込みだけど、所詮は人間。そのナイフが私を抉ることはない。...でもまあ少しだけ遊んであげようか]
男は私の攻撃を当たり前のように避けた後、旦那様の懐を漁り始めました。
[...っと、やっぱあったか]
男は旦那様の懐からナイフを抜きました。
[さあ人間。お前の覚悟を見せてみろ]
男はナイフを構えました。
[絶対に殺す]
怒りと悲しみ、そして殺意。それら全てをナイフに乗せて、私は男へとそのナイフを振りかざしました。
そこからは壮絶な斬り合いでした。
ナイフ同士がぶつかり、火花を散らしました。私は蹴りを放ちましたが男は軽々しく避けてみせます。
[今度はこっちから行くとしよう]
男は人外のスピードで私に突っ込んできました。
私はギリギリそれを受け止めましたが、どう考えても劣勢なのは私でした。
男はナイフを振り続けます。
[くそ...くそ!]
ナイフでのガードが間に合わず、私はじわじわと切られていきます。
[よく頑張ったよ、人間。そろそろお別れだ]
出血で動きが鈍くなった私に対して男が放ったのは鳩尾への拳でした。私はそれを避けることができませんでした。
[ぐはっ]
その威力はまるで大砲でした。私は激しく吹き飛ばされて、壁へと叩きつけられました。
(すみません...旦那様、奥様、柚紀様...仇を取ることはできませんでした...
志織様...どうか、どうかこの化け物に見つからず、生き延びてください...)
私はまともに息ができませんでした。
男は落下防止のための柵へ登り、この屋敷から飛び立とうとしてました。
...その時でした。
屋上の扉が開き、志織様が現れたのは...
紅い夜 @kaededdddd
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