第6話

そうして私たちは階段を登り、屋上へ着きました。万が一があるとのことで私が先頭、その後ろを旦那様、柚紀様、奥様の順に並んでいました。私は意を決して扉を開けました。

...その時の反応は、恐らく志織様とほとんど一緒です。まず目に映ったのは倒れているメイド達。そして紅く染った地面でした。私の後ろから顔を覗かせた旦那様は呆気に取られたような声を出し、奥様は悲鳴をあげてました。柚紀様は倒れているメイドの方へ駆け出していました。

その時でした。突如柚紀様の正面に何者かが降り立ったのです。そうしてその男は柚紀様を瞬く間に制圧し、首に腕を巻き付けて人質のようにしました。

[[柚紀!]]

[柚紀様!]

私達は一斉に叫びました。

[お前は、何者だ?どうやってこの屋敷にまで忍び込んだ⁉︎]

[...まあ落ち着きなよ人間。あんまりうるさいとこいつ殺しちゃうよ?]

その正体不明の男は柚紀様の首をより一層強く絞めます。

[ぐお...]

柚紀様からは声にならない声が出ていました。

[宏哉、ここは私が話をつける。一家の主として]

旦那様は私の肩を軽く叩きました。

[宏哉、ここは私に任せてくれ]

旦那様小さい声でそう言って、私より数歩前に出て、その男と向き合いました。

[あなたの目的はなんだ。金ならある。その子を解放してくれ]

[目的...か。それに関して話しても意味はない。まあ、とりあえず。そこの女、扉閉めろ]

[え...あ]

[いいから閉めろ、こいつ殺すぞ]

[奥様、扉を]

[は、はい]

私は奥様に指示を出し、扉を閉めさせました。

(...これで完全に逃げ道は無くなったな...)

男は語り始めます。

[俺はな、殺そうと思えばお前ら如き何人集まろうとすぐに殺せる。けどそうしないのには理由がある。なんでだと思う?]

旦那様は答えます。

[...わからないな。だが、私の息子を人質に取るということは、私の仕事のせいなのだろう?家族の命を守れるなら、私は政財界から足を洗おう]

[立派な親父さんじゃないか。よかったね君。...だけど俺は別にあんたの仕事とかそういうのはもうでもいいんだ。俺が簡単にお前らを殺さない理由はな、ただ退屈なだけだ。なんのドラマも無しに殺しても暇つぶしにもならないからな。そこのメイド達を殺してもなんの興奮もなかった。お前らは俺を楽しませてくれよ?人間]

やつは嘲りながらそう言い放ちました。

[あまり舐めるなよ]

その時、旦那様の背中から感じ取れたのは怒りでした。

バンッ、と。旦那様は銃を取り出しその男に放ちました。

なんとその弾丸は男の額を捉え、男の命を奪ったのです。

[これでも命を狙われる身だ。武術はもちろん銃の訓練も長年やってきている]

柚紀様は解放され、力が全て抜けたかのように、その場に座り込みました。

[柚紀よ、心配をかけた。もう平気だ]

[ごめんよ、父さん。手のかかる息子で]

[いいんだ、子供は親に迷惑をかけるものなのだから]

[よかった...柚紀が無事で...]

奥様は涙を流していました。

[旦那様...申し訳ございません。なんの役にも立たない執事で]

[気にするな宏哉。だが、あの時もし人質に取られていたのが私だったら、今のようなことをするのはお前だったはずだ。宏哉、お前ならできたはずだ]

旦那様から気遣いのある言葉をかけられて私は、拳を握り締めました。

[もしかしたらメイド達の中にも生きているものがいるかもしれん。とりあえず救急車を...]

そう言って旦那様が携帯を取り出した時でした。

ザシュ。

何かが肉を貫通した音が響きました。

その音の方向へ目をやると、そこには腹部を何者かに貫かれていた柚紀様がいたのです。

[油断したな。人間]

そう言ってその男は柚紀様に刺さっていた腕を思い切り引き抜きました。

奥様はヒステリックな悲鳴をあげました。

柚紀様は前のめりに倒れ、その出血量は助かる量ではありませんでした。

[貴様ぁ!]

旦那様が銃を向けましたが、その時にはその男はいませんでした。

[おーい、にんげーん]

男は奥様の背後を取っていました。

[息子の次は、妻を殺しちゃうよー?]

その男はヘラヘラとした口調で言います。

[くそ、まずなんで額を撃たれたお前が生きている]

[さあね?どうせ知っても意味がないよ。全員ここで死ぬんだから]

[ごちゃごちゃと戯言を...ならばその舐めた態度のまま地獄へ落ちるといい]

先程よりもギアの上がった早撃ちで旦那様は引き金を引きました。

[じゃあ女、仕事だよ]

[えっ]

その男はなんと銃弾の盾として奥様を使ったのです。その銃弾は奥様の額を無慈悲にも捉えました。

[美里!!]

旦那様は奥様へと駆け寄りました。

[おい!美里!目を開けてくれ!美里!おい!]

私はそこまで焦る旦那様を見たのは初めてでした。

その時の旦那様の頭には先程の男はなく、あったのは己のしたことへの後悔でした。

旦那様は膝をつき、顔を下に向け涙を流していました。

[酷い夫だね。自分の妻を撃つなんて]

その男は旦那様を見下しながらそう言い放ちました。

[貴様のせいだ!貴様のせいで美里と、柚紀は!]

旦那様はその男に掴みかかりました。

[まったく野蛮だな。女を殺したのはお前自身じゃないか]

男は後ろに身を引きました。旦那様は勢いよく飛びかかったため体制を崩してしまいました。

[やっぱ人間はこうじゃなくちゃ。最後は泥臭く、そして...]

そう言いながら男は旦那様の両手首を掴み、旦那様の首を自分の口元へと近づけました。

[血を撒き散らしながら死ぬものさ]

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