第3話

空が高い、秋の日。神屋葬祭の外門に『故日高信行葬儀式場』の看板がある。式場では、木魚、読経の声が響く。祭壇には信行の遺影。遺影の信行は、眼をかっぴらいて、驚いた表情をしている。参列者はまばらで、みな談笑している。

 喪主席にはかほるが座っている。かほるは、背筋を真っ直ぐと伸ばし祭壇を見つめている。かほるは、栗色の髪をポニーテールに束ね、その大きな瞳に涙は見えない。

 かほるが、マイクの前に立ち、参列者に向かい挨拶する。

 「私の兄は、自称料理人のパチンコ大好き万年金欠男です。父の四十九日中にコロッと逝ってしまいました。正直私は、ホッとしています。いつまでもフラフラしてて、頼りなくて、甲斐性がなくて、口ばっかりで、肝心な時には逃げてばかり、そのくせプライドだけは異常に高くて・・」

 参列者達は、頷いている。

 「いなくなってくれて心底、私は嬉しいです」

 

 「うわーーっ!」


 信行、ガバッと起きる。『TORIMESI』店内には、信行以外の客は居ない。

「って、夢か・・。あれっ?」

 信行は、店内を見回す。

 その時、信行に女性店員が近づき声をかける。

 「お客様、大丈夫ですか?」

 店員は、佐々木陽子(46)、この店のオーナーシェフで上が白、下が黒のおしゃれなコックコートを着こなしている。髪をきれいに束ねており、いかにも仕事ができる風体である。

 「えっ!?ああ、大丈夫です。いつのまにか寝ちまって・・」

 信行が申し訳なさそうに頭を掻きながら応える。

 「本当に大丈夫ですか?顔色が優れませんが?」

 陽子は心配そうに信行の顔を覗き込む。

 「急に色々あったもんで・・」

 信行は、陽子の視線を外しつつ応える。そして、店内の時計を見る。

 「もうこんな時間だ。閉店ですよね。もう出ますから」

 「大丈夫ですよ。それより、とっておきの裏メニューがあるので、食べて行きませんか?」

 「えっ!?いいですよ。お腹一杯だし、お金もそんなにあるわけじゃないし・・」

 「食べたら絶対に、元気が出ますから。それにお代はお連れの方から頂いてますから」

 「寿さんが!?・・分かりました。じゃあ、お願いします」

 「そうですか!直ぐに用意しますね!」

 陽子は厨房に向かっていく。


 日高家・かほるの部屋。

 かほるは、横になってるが寝むれない。勝は、ベッドの下で胡座をかいて目を閉じている。

 「ねえ、父さん?眠った?」

 勝、目を開き、

 「いや、死んでるからか眠くなか」

 「父さんさあ、何で母さんと結婚出来たの?」

 「急に、何ね?」

 「いいじゃん。教えてよ。ずっと聞きたかったんだよね。何か寝れないしさ」

 「・・面白か話じゃなかぞ?」

 「話してくれるの?やったー」

 かほるは、起き上がる。勝は、その様子を見て微笑む。

 「父さんな、若い時、あるホテルで働いよったんだ」

 「へーっ!始めて聞いた。それで?」

 「俺の出した料理に感激した母さんが声ば掛けてくれたんだ」

 「そーなんだー。父さんやるじゃん!」

 「まあな」

 「その時の料理はもちろん・・」

 「ヴィシソワーズだったな」

 「そこは、チキンライスじゃないのかい!」

 「チキンライスは、付き合っちからだぞ。一番好きだって言うてたな」

 「やっぱりね」

 「ケンカした後に、母さんの機嫌ば直すために良く作った」

 「ケンカしたんだ」

 「怒ると頑固でなぁ。いつでん俺が折れよった」

 かほる、笑う。

 「へえ、母さんのが強かったんだ。まあ分かるわ」

 「でも、母さんが怒るときはいつでん俺の為やった。俺が無茶ばかりするから」

 「母さん、優しいもんね」

 「あぁ、優しか人やったな」

 「・・ねえ。母さんが死んじゃった時、辛かった?寂しかったよね?」

 「・・大好きだったからな」

 「そうだよね・・」

 かほるがうなだれる。勝は、腕を組み、天井を仰ぐ。沈黙が二人を包む。

 

 「でも、母さんが残しとってくれた宝物がえらいいっぱいあったからな」

 「タカラモノ?」

 「おう、母さんと過ごした日々と、何よりの宝物は・・・」

 勝は立ち上がり、かほるの頭を優しく撫でる。

 「父さん・・」

 「母さんが、天国で心配せんごと一生懸命育てようと思っとったが、中々上手くいかなかったな」

 「・・・そんな事ないよ」

 「天国の母さんに良く相談しよった」

 「・・・そうなんだ・・・」

 かほるは、静かに泣いている。

 「かほる?」

 「何で死んじゃったの?もっといっぱい話がしたかったし、ケンカしたかったし、甘えたかった・・。私の花嫁姿も見て欲しかった。子供だって・・。早すぎるよ・・」

 勝は、かほるを優しく抱きしめる。

 「ごめんな」

 かほる、勝に抱きつき、

 「ううん、私の方こそごめんなさい。辛いのは父さんなのにね」

 「かほる・・」

 かほる、勝から離れ、涙を拭い、

 「でも、またこうして会えたしね。母さんの話も聞けたし、そろそろ本当に寝るね」

 かほる、布団に入る。

 「ああ、お休み」

 勝は、かほるを愛おしそうに見守る。


『TORIMESI』・店内

  陽子が、料理の乗った皿を手に厨房より来る。皿からは、美味しそうな湯気と香りが立ち上っている。

 「お待たせしました。どうぞ召し上がれ」

 陽子、信行のテーブルに皿を置く。

 「ありがとうございます。って、これチキンライス?」

 「そうです。ささっ、冷めないうちに」

 「はあ。頂きます」

 信行、チキンライスをゆっくり口に運ぶ。

 「!」

 信行が、スプーンを落とす。

 「この味・・」

 「どうしました?お口に合いませんでしたか?」

 「いやいや、すごく美味しいです。ただ・・」

 信行は、落ちたスプーンを拾う。

 「ただ?」

 「俺の知ってる味に良く似てて・・」

 「そうなんですか!実は、私の師匠の得意料理がそのチキンライスだったんですよ」

 「師匠?」

 「実は、私、あるホテルで修行してたんです。そこの料理長が私の師匠です」

 「へえ、ホテルですか。凄いっすね。俺なんて・・」

 「凄くないですよ。修行中はどれだけキツかったか。毎日、師匠に怒鳴られて、辞めようと思ったのも、一度や二度じゃ無いですからね」

 陽子は苦笑いを浮かべる。その表情を見て信行は唾を飲む。

 「そんなに厳しかったんですか?」

 「そりゃあもう。料理長は料理に一切妥協のない人で、食材の扱いから食器の洗い方まで手抜きは一切なし。出来ないことは出来るまで徹底的にやらされました」

 「うへー・・」

 「その分、彼の作る料理はどれも絶品でした。その中でも、チキンライスは最高で、美味しいってだけじゃなくて、すっごく優しい味。私も何度この味に助けられたか」

 「だから、俺に?」

 「そう。特別なお客様にお出しするとっておきの味」

 「ありがとうございます」

 「いえいえ。さっ、食べてください」

 「はい」

 信行、チキンライスを一気に食べる。

 陽子、笑顔で見守る。

 「そう言えば、さっき食べたことがある味っておっしゃってましたよね?どちらで?」

 「うん?ああ、親父ですよ。うちの親父、洋食店を開いていたんですけど。こちらのお店と違って、流行ってないし、全然おしゃれじゃなくて・・。でもチキンライスは人気で。よく俺らにも作ってくれましたね。それに似てるような感じがしましたけど、失礼でしたね。親父なんかのチキンライスと一緒にしちゃ。すいません」

 「・・・・。」

 陽子は、無言で何かを考えている。

 信行、食べる手を止めて、

 「どうしました?」

 「えっ?ああ、すいません。そのお父様はずっと、そのお店を?」

 「ええ。いつからかは、知りませんが。俺が物心ついた頃にはやっていたかと・・?」

 「そうですか。失礼ですけど、お母様は?」

 「母ですか?・・俺が小学6年の時に亡くなりました。元々、身体が弱かった人で・・。それが、何か?」

 「・・そうですか。すいません」

 陽子は、また無言で考えている。

 「さっきから、どうしたんですか?」

 「私の師匠なんですけど・・」

 陽子は、言いづらそうに口ごもる。

 「師匠が?」

 信行の相槌に陽子は引っ張られ、意を決する。

 「元々奥様が身体が弱くて、病気になられて、傍で看たいからと、ホテルを辞めてしまって。それから小さな洋食店を開いたって聞きましたけど、それきっりで・・いやまさか・・」

 「・・・」

 信行、陽子を見上げる。

 「・・あのう、師匠の名前って?」

 「日高勝さんです・・」

 「マジか・・」

 「もしかして・・」

 「(頷き)息子です」

 「やっぱりっ!!実は何か似てるなあって、ちょっと思ってたんですよー。もっと早く言ってくれれば。何か恥ずかしい、息子さんの前で料理長の事エラソーに・・。もう人が悪いですよ」

 「すいません。俺もまさかと思って。全然知らない話しだったし」

 「えっ?知らなかったんですか?」

 「恥ずかしながら、親父とは喧嘩ばかりでろくすっぽ話した事なかったんで・・」

 陽子、微笑む。

 「親子ですもんね。私も父親とは、喧嘩ばかり」

 「はあ」

 「それで、料理長は、お元気ですか?」

 「・・つい最近、亡くなりました。実は今日が葬式で・・」

 「!!っ料理長がっ!?・・・それは、ごめんなさい」

 「大丈夫です。あんな家族を大事にしない親父、居なくなってくれてせいせいしてますから」

 「そんなっ!料理長は、家族をとても大切にされている様子でしたけど?」

 「まさかっ!いつも仕事、仕事で俺の授業参観の日にまでコックコートで来て笑いものになるし、怒鳴ってばかりで、一度も褒められたことないし」

 陽子は、優しく笑う。

 「そうなんですか。でも、あなたが産まれた時の喜びようは凄かったですよ。長男が産まれたー!って」

 「えっ!?」

 「その時は、勝手に特別メニューを作って、お客様に出そうとして支配人に怒られて」

 陽子は、言いながら思わず笑う。

 「本当に嬉しかったんでしょうね」

 「う、嘘だ。だって、あいつは俺の名前を・・」

 信行は、下唇を噛み、拳を握りしめる。

 「何です?」

 「いえ!何でも・・」

 「そうそう、奥様の事だってそれは大事にしてましたよ・絶対に残業はしないで直ぐに帰るし、奥様がちょっとでも体調を崩すと仕事が全く手につかないんですよ、あの人」

 「・・・」

 「どうしました?」

 「あの・・。頼みがあるんですけど」

 「はい。何でしょう?」

 「・・俺を弟子にしてくれませんか?」

 「弟子!?急にどうしました?」

 「不躾なこと言っているのは分かります・・。俺も一応料理人目指しているんですけど、オヤジの店があるから最後は継げば良いやって、テキトーに修行してたんです。・・でも、店長さんの作ったチキンライス食べて、オヤジの味を思い出しました。いつも食べてたから分からなかったけど、オヤジの作る料理って凄かったんだなって。 オヤジがホテルの料理長やってたのも知らなかったし、ましてやお袋の為にホテルを辞めて、あの店を開いたなんて・・。俺、オヤジの事何にも知らないんだなって、いや、知ろうとしなかった。オヤジの料理に対する情熱。お袋への想い。・・あの店をここで潰してはいけないって気がするんです。でも、今の俺じゃ・・。だからせめて、あチキンライスだけでも作れるようになりたいんです。オヤジが大切にした味、俺らにとっても特別な料理なんです。訳分かんない事言ってるって分かってます。でも、俺本気です。よろしくお願いします!」

 信行、深々と頭を下げる。

 「・・・頭を上げてください」

 信行、頭を下げたまま。

 「(溜息)何か事情がありそうですね。お世話になった料理長の息子さんですし・・。私も料理長の味を誰かに伝えなくてはと思っていたので、良いでしょう」

 信行、頭を上げ、喜ぶ。

 「本当ですか?ありがとうございます!」

 「た・だ・し」

 「た・だ・し?」

 信行は、息を飲む。

 「私は厳しいですよ?」

 「はい!師匠。よろしくお願いします!」

 信行は、再び深々と頭を下げる。陽子は、笑顔で頷く。

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幽霊父さん @yawaraka777

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