第2話
日が完全に落ちた繁華街を背中を丸めて、ポケットに手を突っ込み信行が歩いている。
「っきしょう。何だってんだよ」
信行のお腹が鳴る。信行の目の前に焼肉屋の看板があり、焼き肉の美味しそうな匂いを嗅ぎさらにお腹が鳴る。
「腹減ったなー」
信行、財布を見て溜息。その時、信行に衝撃が、何者かが肩にぶつかった。
「いっ!・・このっ!」
信行がぶつかった相手を見ると、相手は肩を押さえうずくまっている。
「・・大丈夫ですか?」
信行が相手に近づくと、ふいに立ち上がる。黒スーツ、サングラス姿の男。信行は、思わず後ずさった。
「兄ちゃん。どこ見て歩いてんの?」
「えっ?いや、それは、そっちが・・」
「ちょっと、来てもらおうか?」
男は、信行の腕を掴み、歩き出す。
「えっ?えっ?ちょ、ちょ、ちょ」
「良いから、来い」男は、振り向き、ドスの聞いた声で信行に放つ。
「はい・・」
信行は、男に腕を引っ張られ、繁華街の闇に消えていく。
おしゃれ居酒屋『TORIMESI』。洋風レストラン風の趣で暖色系の間接照明が落ち着いた雰囲気を演出している。20席のテーブル席。店内は、若者だけでなく、家族連れや、老夫婦など様々な客で賑わっている。信行と先程の男が向かい合って座っている。
信行は、目の前の男に怯えて下を向いている。何よりこの男と、この店の雰囲気がマッチしていない。それが、更なる恐怖を呼んでいる。
「さあ、好きなものを頼めよ」
男の口から、まさかの言葉に信行は耳を疑った。
「えっ!?」
「だから、好きなもの頼めって」
「はっ?いやでもお金が・・」
「気にすんなよ、兄ちゃん!腹減ってんだろう?」
「それは、・・」
「遠慮すんな。ほれっ!」
「はあ・・」
信行は勢いに負けてメニューを手に取る。
テーブルの上に食べかけの料理の皿と空いたグラスが並んでいる。
信行は、グラスの酒を飲み干す。
「はーっ、美味かったー。ここすっげー料理美味いっすね?」
「だろっ?」
「知らなかったなぁ。こんな店」
お酒も相まって、すっかりご機嫌の信行は、店内を見回す。
「なあ、兄ちゃん。いや、日高信行さんよ」
「えっ!?どうして俺の名を?」
男はそれには答えず、黙って信行を凝視している。
その目力に信行は、すっかり酔いが醒め、生唾を飲み込む。
どれくらい時間が経ったであろう信行には少なくとも永遠に感じる長い沈黙。周りの音も聞こえなくなっていた。
「...アンタ死ぬよ...」
遂に男が放った言葉に信行は、耳を疑う。
「はっ?えっ?どう・・?」
「だからアンタ、このままいったら死ぬよ」
「それは、東京湾に沈める的な・・。じゃあ、今までのは最期の晩餐...」
信行は、そこまで言って途方に暮れる。
不意に男は、サングラスを外し、内ポケットに手を入れる。
信行は、思わず身構える。
男は、サッと何かを差し出す。
信行、怯えて身をよじる。
が、動きが無い。おそるおそる、男の差し出したものに目をうつすと…
男の手には名刺。
信行、名刺を恐る恐る受け取る。
「・・・死神観光協会、
「どうも申し遅れました。寿と申しますぅ」
先程までのドスの効いた声とはどこへ行ったのやら、男は甲高い声で話している。その顔は、満面の笑みを浮かべて、思いの外つぶらな瞳で 信行をキラキラと見つめている。
「急に何?ツッコミどころが満載すぎて、もうワケが分かんないんですけど」
信行は、寿と名乗る男と手の名刺を交互に見ながら、すっかり動揺している。
「混乱されてますねぇ。無理もございません。一つ一つ説明致しますから、良く聞いてくださいね」
「是非、お願いします!俺が死ぬとか何ですか?何で俺の名前を?」
信行、寿に詰め寄る。
「はいはい、落ち着いてください。先ず、わたくしは、いわゆる死神です」
「はっ?死神!?あっ!!分かった!やっぱりヒットマン的な人で、通り名が死神!?やだー!やっぱり殺されるんだー」
すっかりべそをかいている信行。
「まあまあ落ち着いて。ではこれを」
寿、指をパチンと鳴らす。すると寿、信行以外の全ての時間がピタッと止まる。
「えっ?はっ?」
信行、店内をしきりに見回す。
「私達以外の時を止めました」
「寿さん、あんたまさかス〇ンド使・・」
「死神です」
寿、指をパチンと鳴らす。何事も無かったかのように、止まっていた時が動き出す。
「おー、おーすげえ。」
「少しは信じていただけました?」
「只者では無いことは・・」
「よろしい。では、話の続きを。えー私共、死神観光協会の大事な業務の一つが、亡くなられた方を無事に天国まで送り届ける、
『あの世送り』があります」
寿、足元の鞄からプラカードを出す。プラカードに『GO TO HEAVEN』の文字。
「あの世送り・・はっ!まさか俺を!?」
信行、逃げようと、椅子から立ち上がろうとする。
寿、プラカードをしまいながら、
「違いますよ。私が送ったのは貴方の父親、日高勝さんです」
「親父をっ!?マジか...」
「でもねえ、勝さん。天国行きたくないって、駄々こねたんですよ!それも猛烈に!」
「駄々って・・」
「たまに居るんですよ。特に突然死の方は、自分の死を受け入れる準備も無く死んじゃうもんだから。勝さんもそれで...」
「朝、ポックリだったらしいっすもんねー」
「通常、そういった方でも、特殊な交渉術で大体落ち着くんですけどね」
「交、渉、術?」
「素敵な天国LIFE、何不自由無い幸福な世界へ!いざGO TO HEAVEN!」
寿、恍惚の表情で天井を仰ぎ、両手を広げる。
「えっ!?何て?」
寿は、何事も無かったように続ける。
「でもねえ、優さんはそれでは、落なかった・・。何でも心残りがあって、どうしてもまだ死ねないと言って聞かないんですよ」
「心残り?」
信行は言いながら、全くもって頭の整理がついていなかった。
日高家・かほるの部屋。6畳の洋間で窓際にベッドが置いてある。カーテン、ベッドシーツは、クリーム色にほのかに花柄があしらっている如何にも女子の部屋といった感じだ。しかし壁には、ブルースリーが黄色いジャージを着て、黄色いヌンチャクを正面に掲げているポスターがでかでかと貼ってあるところに、かほるの男気を感じる。
かほるがベッドに入っている。勝はかほるのベッドの上に正坐している。その頬にはくっきりと手の平のあと。
「ねえ、寝れないんだけど・・」
「んっ!?俺の事は気にすんな。寝ろ」
「いや、無理だから」
「あれか、子守歌でも歌うか?」
「・・死ね」
「残ねーん。もう死んでますー」
かほる、ガバッと起き上がる。
「いつまで、こんなんなの?どうしたら成仏すんの?」
「さあ・・?」
勝は、首をかしげる。
「あっ!アレじゃん?この世に未練があって成仏出来ない的な?」
「未練?」
「そう。何か無いの?やり残した事?」
「やり残した事・・。あっ!美夜ちゃん?」
「テメー、ちゃんと考えろ」
かほる、勝を睨む。
「はい・・」
「で?」
「んー・・。あったような気がするけど思いだせん・・」
「やっぱり、兄ちゃんの事じゃない?アイツが、しっかりして店を継いでくれたらって」
「うーん、そうかもしれんなあ」
「それか、私の結婚だな」
「けっ、結婚!?そ、そういう相手いるんか?」
「さーね。おやすみー」
かほる、布団を顔まで被る。
「おいっ、かほる。どげん男なんや?」
かほる、無視。
「かほるーー」
勝は、泣きそうになりながら、かほるを揺さぶる。
『TORIMESI』・店内。信行と寿が向かい合って話し合っている。
「親父の心残りなんて、店の事か、かほるの事なんでしょ?」
「それにつきましては、契約上お答えできません」
「契約?」
「この世に留まる為の契約です」
「それを、交わしてかほるの所に?」
「そうです。一定期間、生前、
「・・・なるほど、そりゃ俺じゃなくて、かほるにとり憑くわ」
「しかし、それにもある条件がありまして」
「なんか嫌な予感するんすけど・・」
「もし期限内に、それがなされなかった場合・・」
信行は、寿を凝視する。その背中に嫌な汗が流れる。
「契約者の身近な方の命を差し出す事になります」
「それって、まさか・・?」
信行、生唾を飲む。
「はい、そのまさか。勝さんは、契約書に貴方の名前を書きました」
「マジか・・。何やってくれてんだよ!親父はよ!黙って成仏しろよ!マジ最悪だよっ!!」
信行の大声に、店内の客が信行のほうに振り返る。
「お気持ちは、分かりますが、怒っても何も変わりませんよ。それより、勝さんの心残りを解消する事を考えましょう」
寿は立ち上がり、興奮する信行の両肩をポンポン叩き、ゆっくりと座らせる。
「こんなで死にたくねーよ!まだやりたいことあんだよっ!...っきしょうこうなったら、親父に直接問い詰めるしかねえな...」
「それは、無駄です。本人には、その記憶はありません」
「はぁ!?何で?」
「生前の感覚で事に及ばないと意味ないですからね」
「んだよそれっ!」
「良くご自分たちで考えてください。さもないと・・」
寿、『GO TO HEAVEN』プラカード出し、ニコッと笑顔。
「分かったよ!ヤメろ笑顔」
寿、プラカードしまう。
「マジ何だよ、親父の心残りって・・?」
信行は、考え込む。しかし一向に思いつかない。それもそのはず、生前の父親とは、ここ何年もろくすっぽまともに口を利いていない。
「仕方ない、ヒント位さしあげましょう」
見るに見かねた寿が、助け舟を出す。
「マジ!?何なに?教えて!」
「心残りには、あなた達、兄妹が大きく関係しています」
「俺たち?・・・それって...。まさかっ!店を俺が継いで、かほるが結婚することじゃ?」
「さあ、どうですかね」
寿の表情は変わらない。
「いや、きっとそうだ!かほるにも教えないと!」
「頑張ってください」
「あっ!そういえば期限って?」
「四十九日です」
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