幽霊父さん

@yawaraka777

第1話

蝉が大合唱をする夏の日。神屋葬祭の外門に『故日高勝儀葬儀式場』の看板がある。看板は、アスファルトの陽炎で遠目に揺れている。

式場では、木魚、読経の声が響く。祭壇には日高勝の遺影。遺影の勝は、黒縁眼鏡で満面の笑みを浮かべている。参列者達は一様に涙を浮かべ勝を偲んでいる。

 喪主席には勝の娘かほるが座っている。かほるは、背筋を真っ直ぐと伸ばし祭壇を見つめている。かほるは、栗色の髪をポニーテールに束ね、その大きな瞳に涙は見えない。

   

 かほるが、マイクの前に立ち、参列者に向かい挨拶する。

 「皆様、本日はお忙しい中、父、日高勝の為にお集まり頂きまして誠にありがとうございます。(深々と頭を下げる)父も皆様に見送られて、喜んでいる事と思います。私の父は、母を早くに亡くし、男手一つで私達を育ててくれました。いつも、滝の様な汗を流して、鼻息荒くて、声も大きい。九州訛りが抜けないし、人の話しを聞かない、一方的に話してくる。直ぐ怒る、過干渉、デリカシーの欠片もない。白いランニング、股引き・・・。はあ・・。どうして、母さんは、こんな人と結婚したのだろう?」

 参列者が、思わず笑ってしまう。

「・・・でも、父さんが作るチキンライスは、最高でした。暖かくて、とっても優しい味。私が落ち込んだり、元気がないと必ず、チキンライスを作って食べさせてくれました。それを食べると、フッと嫌なことが消えちゃうんです。そのチキンライスで父さんは、地元で評判の洋食屋さんを営んでいました。」

 参列者は頷いている。かほるは、父勝の遺影に目をやる。


 夕日に照らされる、日高洋食店の看板。白い壁の2階建ての家屋兼洋食店。店はこじんまりとしており、小さな出窓が、横に2つ並んでいる。入口に『CLOSED』の看板が下げれられている。もちろん、店の灯は灯っていない。

 喪服姿の中年女性2人が玄関から出てくる。かほるが、直ぐその後に玄関から出てくる。かほるの直ぐ後ろにピッタリ勝(白いランニング、股引き姿)が付いている。

 「かほちゃん、今日は、本当にお疲れサマね」

 「ごめんねぇ。何にもできなくて。大変だったねえ」

 「いえいえ。すみません、至らない所ばかりで」

 「そんな事言わないで、かほちゃん。立派だったわよ」

 「そうよぅ。ホントはあの人がやる事なのにねぇ」

 中年女性はお互いを見合い苦笑い。勝は、かほるの後ろにピッタリ付き腕を組み、頷いている。

 「それは・・」かほるも苦笑い。

 「急な事で大変だろうけど、かほちゃんがしっかりしないとね」

 「かほちゃん、何か有ったら言ってね。駆けつけるから」

 「はい。ありがとうございます」

 「じゃあ、頑張ってね」

 「じゃあねぇ」

 「今日は、本当にありがとうございました!」

 かほるは、中年女性2人の背中に深々と頭を下げる。ピッタリ勝も、かほるにつられ深々と頭を下げる。

 かほるは、頭を上げると、大きく溜息をつき、玄関の中に入る。勝、かほるの後ろにピタッとついて玄関の中に入っていく。


 日高家居間。

 居間の真ん中には昔懐かしいというか、今時何処に売っているの?というちゃぶ台が鎮座している。

 かほるは、ちゃぶ台前に座って居る。勝は、かほるの直ぐ後ろで胡座をかいて、かほるの肩を叩こうと手を伸ばす。

 「ホンットに、こんな時にもあのバカは何やってんの!?」

 言いながら、かほるは、頬杖をつき、大きく溜息。

 勝は、かほるの勢いにビクつき手を引っ込めるが、またかほるの肩に手を伸ばす。

 「あー、イライラする。」

 かほるは、ちゃぶ台を指で強く叩く。勝は、かほるの肩を触るに触れず、ワナワナしている。勝は、力みすぎて思わずプーッと屁をこく。

 「だから父さん、オナラしないでって・・・。」

 かほるは、後ろを振り向き勝を見て時が止まる。

 「(激しく後ろに下がり)えぇーーーっ!!!!」

 勝は、かほるの方に引っ張られながら、

 「よう、かほる。来ちゃった(笑)」

 「と、と、父さん?だよ、ね??」

 「ああ、父さんだ。もう、忘れたんか?」

 「だ、だって、だって、死んだよね?」

 「ああ、死んだ」

 「じゃ何で?何で?どういう事?さっき葬式済ませたんだよ!?」

 「俺も良く分からんが、まだ死にたくなかーっち思っとったら、気づいたらここにおったわ」

 「はぁ、そんなのアリ!?」

 「まっ、良かろーもん!細かいこつは!こうしてまた会えたんやけん!(かほるの頭をワシャワシャする)」

 「(勝の腕を払いつつ)ちょっ、やめてよ!もう。死んだ後も変わらないんだから・・」

 「・・ただな」

 「ただ、何よ?」

 「俺がなして死んだんか、思い出せんのよ。俺なんで死んだんだ?」

 「何それ?普通自分の死因忘れる?」

 「普通は覚えとるんか?大体、普通って何ね?」

 「ウザっ」

 かほるは、顔をしかめる。


 1週間前、勝の部屋。畳間で6畳の広さ。部屋の壁には、年季の入ったコックコートが掛かっている。勝が、畳の上に敷いてある布団に横になって居る。枕元の目覚まし時計は、鳴り続けている。その時間は、9時36分。その時、部屋の襖が開いてかほるが入ってくる。

 かほるは、勝を揺する。勝の反応が無いため、激しく揺する。それでも反応が無いため勝の布団を剥ぐ。ランニング、股引き姿の勝が死んでいる。かほるは、携帯を取りに慌てて部屋を出て行った。


 「朝起きて来ないから、部屋行ったらポックリ死んでいたよ。急性心筋梗塞だって」

 日高家の居間に、ヒグラシの声が入っている。

 「ポックリか・・?」

 「ポックリ」かほるは、大きく頷く。

 「ポックリ・・」勝は、天井を仰ぐ。

 「ところで、何かさっきからすっごい近いんですけど?」かほると勝の距離は、鼻息が掛かるほど近い。

 「そいっちゃけどな、どうやらお前の傍から離れられんみたいだわ。さっきから、お前が動く方に引っ張られてどうにも逆らえんのよ」

 「えーーっ・・・」

 「父さん、この度、かほるに取り憑きましたー」

 「何、結婚しました♡みたいに言ってんだ!ふざけんなっ!絶対ヤダ!」

 かほる、勝を押し、立ち上がり、居間から逃げる。勝、かほるに引っ張られ付いていく。

 

 夕暮れ時の住宅街。かほるは、住宅街の道をジグザグに早歩きする。

 それにピタッとついていく勝。住民達は、かほるを怪しげに見ている。


 夕暮れの商店街。かほるは、商店街通りを走り抜ける。勝はピタッと。

 買い物客は、かほるの様子に、買い物袋をぶちまけられたら敵わないと、みな避けていく。

 商店街のパチンコ店の前を、走り抜けた直後、自動ドアが開き一人の男が出てくる。男は、近くの空き缶のごみ箱を蹴飛ばし、去っていく。


 夕暮れ時の河川堤防の道。かほるは、遂に全力疾走。負けじと、勝も全力疾走。勝は、かほるに並ぶ。並ばれた、かほるは、勝に負けじと速度を上げる。勝も何故か、またかほるを抜かそうとペースを上げる。2人?は次々と市民ランナー、ロードバイク、原チャリを抜いていく。

 そのまま、夕日に向かって駆け抜けていった。


夕闇が進み、部屋に影が濃くなる日高家居間。息が上がっている、かほると勝。

 「父さんの取り憑きから、逃れられるっち思うなよ」

 「やるな親父・・。(ドカっと座り)はあぁ、もう最悪」

 「まあ、親子一心同体でやっちいこう」

 「超ウザイんですけど。何でこうなるの?」

 「ところで、アイツは、なしているんだ?」

 「アイツ?ああっ。知らない。父さんの葬式にも出ないで何やってんだか」

 「相変わらずか」

 その時、1人の男が、居間に入ってくる。

 「あぁ、負けちったなぁ。あそこで、やめときゃなぁ」

 かほる、男にに詰め寄りながら、

 「ちょっと!こんな時に何処行ってたのよ!このバカ兄貴!」

 「どこって、パチンコだよ?葬式は、しっかり者のかほるが居るんだし、お兄さんは安心して行けました。でも見事に負けちゃってさ。今月厳しくなっちゃったんだよね。かほる金貸してくんない?」

 言いながら、かほるの兄、信行は手を合わせながら、上目遣いでかほるを拝む。

 「なっ・・」かほるが、思わず、信行に詰め寄ろうと前に出ようとする。その時、勝が、かほるの肩を押しのけ言葉を遮る。勝、信行を睨みつける。

 「(後退り)あ、あれ?なんだろう?急に凄い殺気を感じる。何だろう?この恐ろしくも懐かしい感じは?」

 「兄ちゃん、見えないの?」

 「見えるって何が?」

 「えっ!?マジで言っての?目の前に父さん居るじゃん」

 「はっ!?お前バカ?オヤジの葬式の日に何言ってんの?金貸したくないからってそれは無いわー」

 「いやだから、ここに拳を固めて兄ちゃんを今にも殴りそうな父さんが居るから。自分も気配感じてたじゃん」

 「だから、しつこいねお前も。何処に居んのよ?何処に?」

 「(勝のいる場所に指を差す)だからここだってば」

 「ここ?ここに居んの?」

 信行は、勝の身体をベタベタ触るが気付かない。勝は、憮然とした表情で動かない。

 「全っ然、分かんないなあ」

 信行、勝に更に近づく。信行と勝の顔が触れる程の鼻息が掛かっている距離まで近づく。

 「やっぱ、居るわけねえじゃんよ」

 信行が、かほるの方に向きなおした瞬間、信行は豪快に吹っ飛ぶ。勝の見事な右ストレートが振りぬかれた。

 「ぐあっ!何、何が起こったの?まさか、かほるは、ス〇ンド使い?」

 「バカ。んなわけあるか。父さんが殴ったんだよ」

 「マ、マジでか・・。マジで居んの?」

 「だから、さっきからそう言ってる」

 

 「お前は、お前は・・、親ん葬式ん日にまでなんばやっちんだ!昔っからどげんもこげんもない奴だと思っとったがここまでとは・・。お前なんぞ勘当だ!今ぁ直ぐ出て行け!」

 「・・・」

 「・・・」

 勝が拳を固め、啖呵を切ったが、信行には届かない。それを無言で見守るかほる。

 「・・・うん?」

 「兄ちゃんには、聞こえてないみたいよ」

 「何っ!?そうなんか」

 「かほる、まさかオヤジと話してんの?オヤジ何て?」

 「かほる、伝えろ。親ん葬式にまでなんばしよる」

 「父さんがね、親の葬式にまで何をやっているだって」

 「死んでからも説教かよ・・。別に良いだろ。俺が居たって何もできねえし。ウチにはしっかり者のかほるが居んだからさ」

 「かー情けなかー!いっつもかほるに甘えてフラフラしやがって、いつまでそーしとるつもりだ」

 「情けない。いつもかほるに甘えてフラフラしやがって、いつまでそうしてるつもりだ」

 「うるせえな。俺だって色々考えて生きてんだよ。さっさと成仏しろ」

 「何っ!?お前はまた親に向かっ・・」

 「(勝にかぶせて)何が色々考えてるんだ!?どうせまた、キャバクラ嬢に入れ込んでいるんだろう?」

 「なっ!?」

 「えっ、キャバクラ嬢?」

 かほるに台詞を奪われた、勝はキャバ嬢に反応する。

 「美夜と言ったか?キ〇レツ大〇科でもあるまいし!幾らつぎ込んでるんだ?」

 「な、何でそんな事知ってんだよ」

 「あれ?美夜ちゃん?まさか・・?」

 「(勝に)えっ!?何っ!?」

 「何でも無か・・」

 「大体、お前キャバ嬢は、お金を払わす為に優しくしているんだぞ。お前の事は、お金にしか見えてないんだぞ」

 「んな事分かってるわ!・・でも美夜ちゃんは違うんだよ。病気のお父さんの治療費を稼ぐために仕方なくやってるんだ」

 「信行も美夜ちゃんを・・」

 「(勝に)さっきから、ゴチャゴチャ何っ!?」

 「何でも有りません・・」

 「そんなの貢がせる為の嘘に決まってるだろう!?」

 「嘘じゃないわ!今度、お父さんのお見舞い一緒に行こうね♡って言われてるわ!」

 「俺にも同じ事ば・・。美夜ちゃん」

 「つか、ホントに親父が言ってるのかよ?」

 「言ってるよ。(勝に)ねえ」

 「勝ちゃんだけだよ♡って言うてたんに」

 「えっ!?まさか、父さんもなの!?」

 「美夜ちゃん・・」


キャバクラ嬢美夜ちゃんは、童顔アヒル口、巨乳、胸元開きのドレス姿で客(財布)に迫る。

 「信クン、お見舞い一緒に行こうね♡(ぶりっこウインク)」

 「勝ちゃんだけだよ♡(谷間強調)」


 「あーーっもう!」かほるが髪を振り乱し絶叫する。

 「何このバカ親子!?有り得ないんですけど!?マジでっ、イライラする!」

 「どうした・・??かほる?」怯える、信行。

 「(勝の胸ぐらをつかみ)取り敢えず正坐」

 「はい・・(正坐)」

 「正坐?何やってるの?かほるさん?」

 「(深呼吸)キャバ嬢の話は良いとして、大体お前、イイ年こいてまだ料理人を目指しているらしいが、修行先の店で長続きした試しがないじゃないか。やれ、俺のスタイルと合ってないだ、俺の目指している料理人の姿じゃないと言って直ぐに辞めやがる。どうせ、俺の

店を継げば良いと思って甘えてんだろうが、お前みたいな奴に誰が継がせるか!」かほるは、信行にまくしたてる。

 「急に何だよ!誰が継ぐかよ!あんな店」

 「いつまでも、現実から逃げて、自分からも逃げてるから未だに何にも出来ない中途半端な男なんだお前は」

 「うるせーよ!オヤジに俺の何が分かんだよ!大体自分はどうなんだよ?俺の店、俺の店って誇らしげに言うけど、大して人気もねえ、作る料理といえば代わり映えのない時代遅れの料理ばかりで、来る客と言えば、昔からの常連しか来ねえじゃねえか。あんな小汚い店のしがない料理人で一生終わったアンタに言われたかねえん・・」

 かほるは、信行が言い終わらない内にその頬にビンタする。

 「イッテーな。何すんだ?かほ・・」

 「(被せて)サイッテーだよ、兄貴。そんな風に思ってたの?父さんのやってきた事。その店があったから私達今まで不自由なくやって来れたんだよ!?それをあんな風に・・。」

 「俺はなあ、ずっと恥ずかしかったんだよ。いっつも朝早くから夜遅くまで働いて、授業参観の日も他の親は綺麗な格好してるのに、オヤジだけ油の染みたきったねえコックコートで来やがって・・」

 信行は、俯き拳を握り締める。


 信行が通っている小学校の教室。教室後方に保護者達が並んでいる。

 若かりし勝が油の染みたコックコート姿で立っている。他の保護者達、児童達が奇異の眼で勝を見ている。勝は、そんな視線を意に介さ

ない。少年信行は、恥ずかしそうに身を縮める。

 「俺は、クラスメートが誰?あの親?って笑いながら言ってるのを聞いて俺の親だってばれるのが嫌で嫌でしかたなかったんだよ」

 「それになあ・・」

 「もう良い!聞きたくない!顔も見たくない!出てってよ。出てけ!」かほるは、信行を遮る。

 「ああ、言われなくても出てってやるよこんな家!こっちだって、これ以上お前らと話したくねえよ!」

 信行は、勢いよく出て行く。激しく響く玄関のドアの音。

 かほるは、無言で俯いている。その拳は固く握りしめられ震えている。 

 「・・かほる」勝は、かほるにおそるおそる声をかける。

 「ああ、スッキリした。バカ兄貴が出っててくれて」かほるが、顔を上げて言い放つ。

 「かほる・・」

 「ああー、もう今日は、ヘトヘトだよ。さて、お風呂入ってさっさと寝ようっと」

 かほる、風呂場へ向かっていく。

 「そっか、風呂か。お前が小さい時には良く一緒に入っちいたな。」

 勝は、嬉しそうにかほるに付いていく。

 「あん時は良く父さんの潜望鏡に喜んでいたな、かほるは・・」

 「っざけんな!バカ親父!!」

 かほるは、勝を思いっきり蹴り飛ばす。

 「グオッ」勝、転がり倒れる。

 「ふっ、かほる。立派になりよったな(ガクッ)」

  勝、直ぐに起き上がり

 「ばってん、離れられんけーん」

  勝、勢いよくかほるに引っ張られる。

 「いやーーっ!!」

 町内にかほるの絶叫が鳴り響く。

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