『ゲニーザ―書籍の墓場―より』
小田舵木
『ゲニーザ―書籍の墓場―より』
ユダヤ教徒の信仰施設であったシナゴーグ。
そこには『ゲニーザ』と呼ばれる書物の墓場があったという。
だから。ありとあらゆる書物―メモ、書き損じ、手習い、納税記録、上げだすときりがない―を『ゲニーザ』と呼ばれる墓…シナゴーグの屋根裏なんかに丁寧に埋葬していたのだと言う。
私は今、この滅んでしまった世界の『ゲニーザ』に居る。
地下のシェルターの奥深く。
ボルヘスの『バベルの図書館』をなぞったかのように六角形のその空間には、
しかし。
そんな情報も書の墓場である『ゲニーザ』にあるも同然だ。
なにせ。ヒトの合成プラントに致命的な打撃が与えられていたのだから。
シンプルに原料が別のプロジェクトに回されていただけだが。
そう。テラフォーミング先の火星とエウロパのプロジェクトにごっそり持っていかれていたのだ。
私のオリジナルはこの地球の『
だが、この状況において何をすれと言うのか?
私1人を合成する原料しか残されておらず。
地球にもう
それを想像すると気が遠くなる。
ならば。さっさと身を
1人で何が出来る?せいぜい1人遊びくらいのものだ。
◆
私は六角形の空間に降り立ち。
その中央にあるコンソールにかけよって。
それを操作し、今日も今日とて、文書に当たる。
そう、読む事に取り憑かれてしまったのだ。
孤独なものは書物を友にしがちで。
システムを起こす。
コンソールのキーボードを叩き、リファレンスシステムを呼び起こして。
リファレンスシステムの検索窓に適当なワードを打ち込めば。
数万件の物語が私の目の前に表示され。
プロが書いた物からアマチュアがネットの海に遺したものまで、ありとあらゆる物語が表示され。
今日も私は物語の海に沈み込む。
◆
物語の中には
それは誰かの頭の中で合成された人物かも知れない。
でも私は。それを区別する術がない―なにせ書物を通してしか他人を知らないのだから。
ここにあるのは究極の孤独か?よく自らに問うのだけど。
私としてのアンサーは「別にそうでもない」。
だって。そもそも『孤独』という概念を知らないのだから。
『孤独』というのは相対的な概念だと思う。
◆
私はコンソールのディスプレイに表示される物語を
今日も
「寂しいなあ…」なんて呟いてみても。このコンクリートの
地上に物資を求めて上がることもあるけれど。
そこには隕石の衝突でめちゃくちゃになった大地があるだけで。
適当に水を汲んでさっさと帰る事にしている。
◆
物語を読む人間と物語を書く人間の間には差があるのだろうか。
私はたまに考えるのだが。
消費者と生産者。そこには物語への向かい方への差があるように思える…
が。それを相談する相手がいない。
さすがに
「まったく…」と
◆
我が『ゲニーザ』には『インターネット』のアーカイブが存在し。
そこには物語を投稿するサイトも含まれていて。
適当にアクセスをかければ、『カクヨム』と名付けられたサイトが存在し。
もう、数千年前のアマチュア物書きやプロの物書きの名前がずらりと並び。
私はかの国の物書き達の息吹を感じる。
今からここにアカウントを置く意味は無いのだが。
ここになら―私のような者が物語を置いても良いような気がして。
アーカイブのデータを編集する作業に移り。
私は私のアカウントをこっそり挿入し。
さて。何を書こうか?
迷いが出始める。
いざ、書けと言われると―自らの経験の薄さが露呈する。
◆
結局。
私はこのゲニーザでの事を描いた。
さしたる内容がある訳ではない。
ただ、物語をを読む者が…孤独に耐えかねて、書き出してしまった物語だ。
『ゲニーザ―書籍の墓場―より』とタイトルを付け、ペンネームなど考えていなかったから、『小田舵木』と本名を署名し。
『カクヨム』のサイトを更新し。
今、私は
孤独な物語読みが、孤独な物語書きになった瞬間であった。
◆
『ゲニーザ―書籍の墓場―より』 小田舵木 @odakajiki
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