終幕 秘宝スフィア

 ソフィアのお陰で負傷者たちも持ち直した。

 あの死にかけの女性も勿論だが、死んだはずのバルトロさえも生き返らせた。

 全く、大したものだ。


 一同はお互いの無事を喜び合う。

 その中、独りソフィアが蔵の奥を見つめる。

「ミヤケ」と彼女に気づいたアマンダが、俺を促す。

「ああ。今度は俺の番だな」

俺たちは、あの悪魔の扉の奥へと進むのだった。



 厳重な警護の奥にある金庫。

 俺にとっては懐かしい雰囲気を醸し出している。

「日の本製の金庫か」

 名にし負う、金庫作りの名人亮政が作った、開かずの金庫がそこにあった。


「開けられるのか」とアマンダ。

「普通にすれば、俺には無理だな」

「お、お前今更そんなことを言うなよ」

「だから、普通にしなけりゃ良い」

 俺は刀に力を込める。妖刀に力が宿る。

 と、それに反応するかのように、周囲の気温が下がった。

 俺たちの周りを、黒い靄が覆ってくる。


「こ、これは金庫の仕掛けなのか……」

 思わず後ずさるアマンダ。

 自分が見たことも無い、得体の知れぬモノに恐怖を抱いているようだ。

「思念の塊。まあ怨霊か」

 俺は目を細めて、それを凝視する。

 様々な生き物たち。

 人間から、犬や猫などの小動物がいる。

 それらは全て五体満足ではない。


「これが金庫を守る仕掛けか」

 怨霊たちの身体が揺らめく。

 身体はぼやけ、黒い炎の姿となる。


「鬼火か」

 俺は、金庫の仕掛けには、ある程度見当が付いている。

 陰陽師の五芒星を利用した怨念の力を放つのだろう。


(火薬の匂い)

 悪魔にばかり惑わされていたが、部屋に微かに流れる澱んだ空気の中に、かつて戦場で嗅いだ覚えのある匂いに気づいたのだ。

「金庫に仕掛ければ、コイツらが暴れるのか……」

 正攻法で一発で開けるのは、俺には無理だ。

 そもそもガウディーノ本人だけしか触れない仕掛けなのだろう。

 だから、事前に暗号を知っていてもいなくても関係ない。


(まあ、それでもいきなり斬りつけるのは拙いか。……ならば)

 俺は部屋の隅に向かう。目的のモノがそこにあるからだ。

「仕掛けの元を壊すとしよう」


俺は一抱えほどある柱を無造作に斬った。

「もうお前らを縛り付けるクソ野郎は居ないんだぜ」

 柱から、何か黒い靄があふれ出る。

『ヌオオオッンン!!!』

 くぐもった叫び声。

 ドサッと何かが落ちてきた。


「な、何が起きた?」

 アマンダが俺の方へ来ようとする、

「ああ。こちらに来るなよ。見て気持ちの良いモノじゃないからな」

 俺は彼女を制した。

「……それは?」

 片手で口を覆うアマンダ。凄まじい臭気に顔を歪めている。


「生け贄だ」

 陰陽師が使う術式を利用したものだ。

 俺にとって魔法がサッパリ分からないのと同様に、ソフィアたちも陰陽師の秘術は、理解の及ぶ所ではないものだ。

 ソフィアの予知でも見えなかったのは、彼女の予知は少しばかり欠陥があるからだろう。

 恐らく見える範囲が決まっているのだ。

 だから、見えた場所以外の仕掛けまでは分からない。

 そして仕掛けを見破る知識もない。


 仕掛けが発動すれば、怨念から生じる黒い炎が、金庫の下に隠された火薬に引火して、この蔵を丸ごと消し飛ばすハズだ。

 ならば、俺は恨みの元を切り裂くだけだ。

刀に宿る力。それはただ斬りつけるだけが能では無い。

 負の思念を断ち切ることも可能なのだ。

 俺は刀を振るう。


 一閃。

 黒い靄がかき消された。

「成仏しろよ」

 俺は両手を合わせて、哀れな獣たちの魂を慰めるのだった。


「おっと、そうだ。お前は生きていたよな」

 俺は懐から子犬を取り出した。

 あの薬は上手い具合に効いてくれたようで辛うじてだが生きていてくれた。

「ソフィア。コイツも治してくれないか?」

「その子は?」

「金庫の仕掛けにされてた子犬さ。えらく衰弱しているんだ」

「はい。治しましょう」

「あとは、骨付きの肉でもやってくれよ」

「フフ。報酬に付け加えておきましょうか」

「ああ。奮発してくれ」



「お宝はこの中か……」

 俺の望みを叶える秘宝は、この金庫の中にある。

 長かった。本当に長かった。

 実際に過ぎ去った年月よりも、更に長かったような気がする。


「さあ、お宝を拝見しますかね」

刀で金庫の扉を切り飛ばした。

 鎮座されたお宝が見えてきた。

 秘宝スフィアだ。

 神秘的な蒼い輝きは、価値の分からない俺でさえ、とんでもないお宝だと直感させる代物であった。


「わたしが手にしてもよろしいのですか?」ソフィアの声はうわずっている。

「ああ。俺には使い方が分からないからな」

「そうですか、では」ソフィアの手が震えている。

 金剛石の輝きを放つ真球の宝石。ソフィアはそっと触れる。

 次第に力を込め、懐に持っていく。

「ああ、やっと」

 正に感無量という仕草で、大事そうにスフィアを抱きしめるのだった。


 スフィアは、金色の光を放つ。

 ソフィアを使用者たるに相応しいと認めたようだ。

 ソフィアの身体を覆う神秘的な力。


 スフィアを得たソフィアは、直ぐに思いつく言葉で言えば、

「まあ、聖女様だよな」

 と、俺はボソリと呟いた。

 雰囲気が神々しいというか、荘厳というのだろうか。まあ、特別な存在なのは間違いないだろうな。


ソフィアは神秘的な眼差しで俺を見やる。

「では、ミヤケ殿」

「ああ」

 今度は、俺に対する報酬を支払う番だ。



 ソフィアが両の手を大きく空へと掲げた。

 天井が揺らぎ、何処かへと繋がった。

「……」

 不思議な感覚。寝ているのか起きているのか分からない。

「…………ここは?」

 上下が何処なのか分からない。俺は宙に浮いているようだ。


「……誰か来る?」

 何者かの気配がする方を向いた。

 ただ、敵意は感じない。それどころか、懐かしい。


 朧気な人影。その中に見覚えのある人を見つけた。

「貴方は……」

 俺の主君別所家親であった。

「殿っ!」

俺は、気がついたら駆け出していた。

 殿だけではない。

 次々と懐かしい人たちがいた。

 立ち止まって声を掛けたかったが、はやる気持ちが足を動かす。


 もう直ぐ。手が届く距離まで近づくが……。

「と……」

 不意に殿の姿が霞のように消え去る。

 そして、一番会いたかった人の顔が見えた。

 

どこかで嗅いだ匂い。

 木蓮の花の香り。

(彼女が好きな花の香り……。まさか)

 待ち望んだ人が、俺の前に立っていたのだ。


「理恵殿」

俺の目の前に、和服の女性が立っていた。派手な身なりではない。

 有力豪族の娘にしては、むしろ質素な身なりだ。

 俺の許嫁。相良理恵。

 懐かしい眼差し。優しく見つめる。もう一度だけでも見てみたい。夢にまで見た思い人の姿がそこにあった。

 ふと、唐突にアマンダの顔を思い出した。彼女を手助けした大きな理由が原因だろう。

ほんの少しだけ、アマンダと雰囲気が似ているのだ。

 肌の色や毛髪の色も全然違う。ただ少し、凜とした目元だけは似ているのだった。

 彼女を手助けしたのは、それが一番大きいだろう。

(絶対にこのことは言わないがな)

 思い人に少し似ているだなんて、こんなことアマンダには言わない。墓まで持っていくつもりだ。

 少し苦笑してしまった。


(ああ、そうだったな。理恵殿を助けられなかったから、代わりにアマンダを手助けしたかったんだ)

 目の前には、本当に助けたかった人たちがいるのに……。

 俺はゆっくりと理恵殿の前に歩み出る。

 理恵殿は、あの時と同じように微笑んでくれている。


「済まない。本当に済まなかった」

 俺は勢いよく頭を下げた。

「理恵殿。俺は貴女を守れなかった」

あの時、

 紅蓮の業火に焼かれる天守閣。そこの俺は向かおうとした。

 ――死に場所を求めて。

 だが、大筒が近くで破裂し、俺の意識は飛ばされてしまったのだ。

 気がつけば、全てが終わった後であった。


 命に代えても守るべき人を、俺は守れなかった。

 本当はなじって貰いたかったのかもしれない。

 優しい言葉をかけて貰いたかったのかもしれない。

 叱って貰いたかったのかもしれない。

 頑張ったなと褒めて貰いたかったのかもしれない。

 分からない。その全てかも知れないし、そうでないのかも知れない。

 耳元で誰かが囁いた気がした。

 もう良いのです、と。

 目の前から靄がかき消され、いつの間にか、金庫のある部屋の中で、へたり込んでいた。

「……夢?」

 夢か現か幻か。

 だが、少しだけ鼻孔に残る木蓮の花の香りが本当だったと告げている。

 濡れる何かが頬を伝ってくる。

 ただ訳もなく俺は涙を流していたのだった。



焼け落ちたガウディーノの館を後に俺たちは門を潜り、敷地から出た。

 門番はとうの昔に逃げ出している。

 実にあっさりと街まで出られた。

 これだけの大騒ぎなのに、街の連中は何もしてこなかった。

 ガウディーノの部下たちの増援や衛兵たちも誰も来ない。

 俺たちを遠巻きに野次馬たちがチラホラと見受けられる程度だ。


「妙だな」

 恐らく誰かが手回ししているのだろう。

 俺たちの邪魔をしないのなら、ガウディーノの息の掛かった連中ではない。

(すると……)

 俺は横目でソフィアを見やる。

「何でしょう」

 彼女は涼しい顔をしている。

彼女の思惑ではないかもしれない。

 だが、彼女に忖度している連中は大勢いるだろう。

 何しろ教会の一番上の人間なのだから。

 ここまで仕掛けを仕組んで来たのだ。

 この街の顔役にまで手を伸ばすのは訳もないことなのだろう。

「いいや、何でも無い」

報酬は貰ったからな。それ以外のことを気にしてもしょうがない。

 俺とソフィアたちとが出会ってのも何かの因縁なのか、誰かさんの策略なのか、済んでしまった今となってはどうでも良いことだ。


 街の門まで来た。

「有り難う。会いたい人に会えたよ」

 ほんの少しの短い時間だったけれど、望みが叶ったことに満足している。

 俺はソフィアたちに礼を述べた。


「フフ。それは良かったですね。

 わたしからもお礼の言葉を述べさせて貰います。

 有り難うございます。

 わたしもミヤケ殿のお陰で望みが叶いました」

 ソフィアは笑顔で答えた。


「じゃあ、ここでさよならだ。俺は故郷へ戻るよ」

 俺は片手を上げる。

「はい」

ソフィアは笑顔で送り出してくれる。と、

「ま、待てミヤケ」アマンダが声を掛けてきた。

「ん?」

「国に帰ってやることがあるのか?」

「まあ、色々とあるぜ」

 武士のやることは、家名を残すことと、家名を上げることだ。

 まだ日の本はきな臭さが残っていると伝え聞いた。

 最後に一暴れするのも手である。


「この国で私たちの手伝いをするつもりは無いのか?」

「あんたらの?」

「ああ」真剣な眼差しのアマンダ。

 次にソフィアを見やる。

「ミヤケ殿」

 ソフィアも真剣な顔をしている。


つまり聖堂騎士たちの手伝い。有り体に言えば傭兵となるのか。

 少し面白そうな提案だ。

「そうだな。まあ、報酬次第かな」

 俺は愉快げにそう言うのだった。


――終わり――

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聖女様は黒幕? 水晶玉は未来を見通します! さすらい人は東を目指す @073891527

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