第24 扉に宿る悪魔

 わたしと悪魔との間に生じる見えない壁。

 時折空間が揺らぐことでしか、一般の方たちには確認できないでしょう。

 ですが、悪魔から放たれる強烈な邪気は、わたしのように女神様からの恩寵を授かった者でしか耐えられないでしょう。

 ですがそれも終わります。現状わたしと悪魔との力は九対一といったところでしょうか。


 既に優位を崩された悪魔は、苦しそうな声を上げています。

『うおおおん。私が悪かったああ。私はガウディーノという男に欺されて利用されていただけなのだよおおっ』

 悪魔は情けない声を上げます。

『女ああ。分かっているのかよおお。お前をおお。呪い殺してやるぜええ』

 と、今度は乱暴な言葉へ変わります。


 わたしの勝ちが決まった頃から、悪魔は嘆願と恫喝を繰り返しています。

 わたしの集中力を削ぐのが目的なのでしょう。

「このまま」わたしは大きく息を吸い込みます。

 油断は出来ません。

 扉に宿る悪魔もかなりの強者なのです。

 わたしは聖なる光を更に強めます。


『そんなにいいっ、力をおおおっ、使ってええ。止めろおおっ』

 悪魔の断末魔。

 もう直ぐ悪魔は消滅するでしょう。ですが気を緩めることは出来ません。

 目の前の悪魔が消滅させるまで、全神経を集中させます。


『お前の味方がああ、死にかけているぜええっ』

「うっ」

 わたしは、一瞬後ろを確認したい衝動に駆られます。が、それも悪魔のざれ言なのです。

『後ろがお留守だぜええ』

「うう」

 再び悪魔の誘導です。その無意味な言葉に耳を傾けてはなりません。

「お黙りなさい」

『うおおお』

 悪魔の苦しそうなうめき声。扉に宿る悪魔の姿がどんどんと薄くなっていきます。

 これは勝てます!

 

「これで……」最後の力を注ごうとした、その時!

 パンッという乾いた音が、直ぐ近くから聞こえてきました。


 そして、わたしの肩口から、何か燃えるような熱さを持った痛み。

 思わずよろけてしまい、力を緩めてしまいました。


「ヒャハハハハ。残念だったなあ」

 と、何処か聞き覚えがある耳障りな声が、聞こえてきました。

『遅かったじゃないですか、ガウディーノ殿』と澄ました声の悪魔。

「良い男は遅れて登場するんだよ」


「うう」

 わたしは血に染まる左肩を押さえながら、声の主の方を見ます。満面の笑みのガウディーノ氏がそこにいました。

「まさか、バルトロさんは……」

 入り口を守っていた彼は何処に?

「腹が減ってたみたいでな、鉛玉を四、五発喰わせてやったぜ」

『ああ、なんて食い意地の悪い男なのでしょう』

「全くだ。食い過ぎてあの世に行ったみたいだぜ?」


「そんな」愕然となり、目の前が暗くなってしまいました。

 が、それでも歯を食いしばり、遠のく意識を踏みとどめました。

 あのバルトロさんが、そんな簡単に死ぬことはありません。


「嘘ですっ」わたしはガウディーノ氏を睨め付けました。

「嘘じゃねえさ。あの男はまんまと俺を出し抜いたと思っていたが、幹部たちは、知らぬ間に仕掛けをしておいたからな」

 ガウディーノ氏は戯けるように肩をすくめて見せました。

 まるで『今までの失敗は全て作戦なのさ』とい言うように、饒舌に語ります。

「俺だけしか知らない仕掛け、そいつをバルトロの奴に仕掛けておいたさ」


 ガウディーノ氏は、『俺は全て知っていたぜ』という風に装っていますが、

 わたしたちの『お芝居』を、彼はまるで見抜けなかったから、ここまで事態は大きくなったのでしょうに。


 ですが『教会さえ把握していなかった仕掛け』それが存在したのは紛れもない事実なのでしょう。

(水晶玉の予知でも見えなかった?)

 ならば、それは『お芝居』の構想が出来る前のことですね。

 予知も完全ではありません。ここ半年以前のことまで見通せませんから。


 ガウディーノ氏。いいえガウディーノ。

 彼は正に、ちん入者です。

 ガウディーノのお陰で最悪の想定が、更に最悪になってしまったのですから。


(早くバルトロさんや、外の皆さんの様子を確認しなければ!)

 痛みなんて、気になりません。勢いをつけて立ち上がりました。

 わたしは、ガウディーノを強く睨みつけます。

 こうなってしまっては、最後の奥の手を使い現状を打破しなくてはなりません。

 それは水晶玉に蓄えられた霊力を解放することです。


 水晶玉に蓄えられた霊力は莫大なもので、わたしの霊力と同等以上あります。

 ですが、使い切ると、水晶玉は只の水晶の塊に変わってしまい、今後新たに力を宿した水晶玉を作るのに、どれだけ時間が掛かるか分かりません。

 でも、そんなことを言っている状況ではないですからね。


「ああ、バルトロ殿」

「お、おい。……死んでいる」

「ミヤケ! お前が寄り道なんてしているからっ」

「くっ。まさかこんなことになるなんて……。すまんバルトロ」

「アマンダさんとミヤケ殿?」

 外から、お二人の他にも人の気配を感じます。

 裏方さんたちなのでしょう。

 容態は分かりませんが、どうにかご無事なのは喜ばしいことですが……。

「バルトロさんが」

 膝に力が入りません。今にも座り込んでしまいそう。

 やはり彼は殺されてしまったようです。


「畜生、あいつらもう来やがった」

 ガウディーノが入り口の方を向きました。

 彼の声には動揺の色が見て取れます。

 わたしも狼狽えている場合ではありません。


今のうちに……。わたしが出来ることをやらなければ……!

 わたしは懐から水晶玉を取り出しました。そして、間髪入れず詠唱します。

 水晶玉から温かい光が溢れてきました。


『ガウディーノ! 何をボサッとしている!』慌てる悪魔。

「く、この女あ」

ガウディーノは銃を構えると、直ぐさま引き金を引きました。

 パンッパンッパンッと、銃声が三つ。


 一発は見当違いな方へ放たれ、もう一発はわたしの太ももを掠り、残る一発は水晶玉を砕きました。

 水晶玉に蓄えられた霊力が四散していきます。


『やった! でかしたぞガウディーノ』

 と悪魔は大喜びです。


 水晶玉は砕け散りました。でももう遅いのです!

「ありがとう、手間が省けました」と、努めて冷静にガウディーノを睨め付けます。


 わたしは周囲に漂う霊力を両の手で集め取りました。

 身体に力が漲ってきます。


「あ、ああクソッタレこの女あ。さっさと死ねや!」

 ガウディーノは、今度こそ銃を命中させようと狙いを定めますが、

「それはこっちの台詞だ」

 とミヤケ殿は刀で銃を切り飛ばしました。

「あ、ああ」

 ドサッと尻餅をつくガウディーノ。

「お前を斬り伏せるのは、雇い主の仕事が終わってからだ」

「ああ、ああ」

 涙目となり口元から涎を垂らすガウディーノ。


『ガウディーノッ、この無能めが』

 と口汚く罵る悪魔。

「さあ、消えてしまいなさい」

 わたしは右手に力を込めます。

『止めろおおっ、止めてくれええっ』

「さようなら」

 わたしは力を放ちます。

 悪魔は消え去りました。


 ですが、声が響きます。

『クソッ。聖女よ、よくも私の邪魔をしてくれたな。

 貴様のお陰で、私は二度と現世に留まれなくなってしまったぞ』

 声の元を辿ると、細い黒い糸のようなものが、ガウディーノの首元と繋がっているのです。

『ガウディーノよ、契約だけは守って貰うぞ!』

 プツリと黒い糸が千切れました。

「が」

 白目をむくガウディーノ。

 彼の身体から白い靄のようなものが抜けていきます。

「……霊魂だ」とミヤケ殿が呟きます。

 悪魔の存在がかき消えるのと同時に、ガウディーノの霊魂も消え去りました。

「これは、契約なのでしょうね」

 数々の不思議な道具を与えられた代償として、ガウディーノは自分の魂を取引材料にしていたのでしょう。


「扉は開いた。だけど……」

 目を伏せるミヤケ殿。

 彼のとなりでへたり込むアマンダさん。

「大丈夫です。まだ終わってはいませんよ」

 わたしは急いで蔵の外に出ました。皆さんもわたしの後を追ってきます。



 そこには変わり果てたバルトロさんの姿がありました。

 彼は入り口を守るようにして、扉に背中を預けて亡くなっていました。

 ミヤケ殿に手伝って貰い、バルトロさんをそっと横に寝かせました。


 わたしはバルトロさんの首元に手を添えます。

「まだ温かい。大丈夫ですよ」

 一同がわたしの声に反応して、バルトロさんを見やります。


わたしはバルトロの身体の傷に力を注ぎ、癒やします。

「さあ、バルトロさん。目を覚ましてくださいね」

 暫くすると、バルトロ指先がピクンと動き出しました。

 それから何度も咳き込むと堪った血を吐き出しました。


「ああ、ここは?」バルトロさんは訝しげに周囲を見ます。

「おお、バルトロ殿。目が覚めたか」とアマンダさん。

 ドッと歓声が湧き上がります。

 皆さんに揉まれながら、どこか少し居心地の悪そうな笑みを浮かべるバルトロさん。


「これはたまげた。あんた本当に聖女様だったんだな」

 と神妙な顔となるミヤケ殿。

「何だ、当たり前だろうに」

 としたり顔のアマンダさん。

 この場に笑いが響き渡りました。


「良かったです。本当に良かったです」

 わたしは何度も肯きました。

 遂に秘宝スフィアを手に入れるための準備は全て整ったのですから。


(ええ。本当に)

 最悪の予知は外れました。

これは誰にも言えなかったことですが、

 最悪の予知では、生き残ったのはわたしとミヤケ殿の二人だけだったのですからね。

 それも、ミヤケ殿次第ではどうなるか分からない未来。でも、今の皆さんの姿を見ていると、必ず秘宝スフィアは入手出来るという確信が、わたしの胸の奥から湧き上がってくるのです。

「さあ、怪我をなされた方はどなたですか?」

 わたしは皆さんの所へ向かうのでした。 

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