第23話 悪あがき

「おお、ここも酷いな」

 強烈な熱波がここまで押し寄せてきたのだろう。

 アマンダたちの居る場所は、何らかの結界のお陰で無事だが、他はそうではない。 

 大火災の後みたいに、地面まで真っ黒だ。

「巻き添えを喰らったか、ならばガウディーノたちは……」


「わたしたちと同様に戦っている場合ではなかった。お前たちが戦うと同時に撤退したようだ」とアマンダ。

「悪運の強い野郎だな」

「全くだ。それよりも」アマンダは俺の顔をまじまじと見つめた。

「お前が無事で良かったよ」ホッと安堵のため息を吐く。

「なんだ、心配してくれていたのか」

「あ、当たり前だ。貴方はまだ仕事が残っているだろう」と、少し顔を赤く染めた。


「仕事?」

「金庫の扉を開けること、だ。忘れたのか?」

「……ああ、そういやそうだったな」

 俺は、強敵を倒した後なので、頭が回っていなかったようだ。

「呆れた」

「……力を使い過ぎたのか」

「まあ、そうだな。

 だけど、金庫の扉を開くぐらい造作も無い」

「自信があるんだな。確かに、ソフィア様の予知では、お前だけが金庫の扉を開くことが出来たのだったな」


「ああ」大きく肯いた。

 俺は金庫の「仕掛け」を既に解いてある。

 だから、俺にとっては普通の金庫なのだ。

 まあ、秘宝スフィアを納めた金庫なのだから、鍵開けの難易度は相当高いだろうけどな。

(俺は盗人ではない。鍵開けなんて専門にしちゃいないからな)

 錠前の暗号なんて知るわけ無い。

 いざとなれば金庫の扉ごと刀で切り飛ばすだけだ。


「……そうか。お前なら当然出来るのか」と、アマンダは独りごちるのだった。

「ああ、任せておけ」

 アマンダたちと無事合流した。後はソフィアの所へ戻るだけだ。


「後はソフィアの所に戻るだけだな」

「そうだ。そうなのだが……」

 アマンダは横たわる女性の方を心配そうに見つめる。

 あの死にかけの女性である。


「無理に動かせないんだ」

「……そうだろうな」

 いつ死んでもおかしくないほどの傷だ。

「一緒に行くのか?」と、今一度確認する。

「当たり前だろう」怒気の含んだ声。まあ、彼女にしてみればそうだろうな。


「ソフィアなら治せる、か……」

「ああ。そうだとも」

 アマンダは、ソフィアならば治せると確信しているようだ。

「仕方ねえな」

 俺は横たわる女性の元に向かった。


「お、おい。何をするつもりだ?」

「少しだけ元気になってもらうのさ」

「……治せるのか?」

「気休め程度だけどな」

「そ、それでも構わない。頼む」

 そう言うと、アマンダは勢いよく頭を下げた。彼女にとっても大切な仲間なのだろう。

「あまり期待するなよ。本当に気休め程度なんだから」俺は苦笑しつつ肯いた。

「元気な連中を集めてくれ」

「分かった」



  残った連中も大なり小なり負傷している。

 だが、死にかけの仲間を助けられるなら、と俺の前に集まってきた。


「さあ、これからどうする?」と意気込むアマンダ。

「そんな力まないでくれよ」俺は苦笑した。

「みんな、楽にしていてくれ」


 彼らの身体から、淡い光が集まってきた。

 氣。生き物や、植物、それから大気中に存在する不思議な力。

 万物を構成する力のひとかけら。それが氣だ。

 特に強い意志を持つ生き物、……すなわち人間には、氣が活力として満ちている。

 それを分けてもらうのだ。


 彼らから集めた氣の塊。それを、集まった氣を横たわる女性に注入する。

 スッと女性の身体の中に収まった。


「……大丈夫なのか?」仲間を心配そうに見つめるアマンダ。

「ああ大丈夫だ。まあ、少し待っていろ」

「あ、ああ」


 仲間たちが見守る中、

 横たわる女性の顔色が少しだけ赤みが戻った。

「おおっ」自然と感嘆の声が漏れ出ている。

「ああ、ありがとう!」アマンダは少し涙目になりながら、俺の手を強く握りしめてきた。

「礼には及ばない。ただの応急手当だ。ただし、それほど長くは保たないぞ」

 骨にヒビが入った程度なら簡単に治せるし、少しぐらいの切り傷なんて、何も無かったように完治する。

 だが、彼女の場合は違う。

 腹に大穴が空いているのだ。

 見かけの傷は、アマンダたちが行った治療によって塞がっているが、内臓まで治療できてはいないようだ。

 現に俺の「目」では、注いだ氣が漏れ出ているのが見えるのだから。


(恐らく内臓はズタズタだろうな)

 言い方は悪いが、穴の空いた桶に水を注いだだけだ。

 しばらくすると、再び水が流れ出してしまうだろう。それと同じなのだから。

「それでも構わない。生きてさえいれば……」

「後はソフィアがどうにかしてくれる、か……」

「そうだとも」

「よし、ならば行くとしようか」

 俺たちはソフィアの元に戻ることにした。



 崩れた落ちた屋根。散乱したガラス片。

 倒れた柱を避けつつ、俺たちはソフィアの元に向かう。

 足場が悪い。負傷者もいるので歩は遅い。


「ソフィア様はご無事だろうか」

「まあ、バルトロがいるからな、大丈夫だとは思うぜ」

 どれだけガウディーノの手下が残されているか分からない。

 楽観は出来ないが、恐らくは大丈夫だろう。

 俺がアマンダたちの所へ向かうとき、大した数は残ってはいなかったからだ。

 バルトロならば十分に対処出来るだろう。


「次の角。もう少しだ」

「ああ。分かった」とアマンダの嬉しそうな声。


「ん?」俺は何かに気づいた。

 黒い影。握りこぶし程度の大きさだ。

 刀で斬って捨てようと思ったが、奇妙な違和感を感じた。


「止まれ」俺は、アマンダたちを、手で制した。

 黒い異物をやり過ごすためだ。


 ドンッと爆発。

 範囲はさほど大きくはない。だが人一人位は簡単に殺せる威力だった。


「ちっ」と誰かの悔しそうな声。

 崩れ落ちた屋根の影にガウディーノの姿を見た。


「あいつか」意外なことに未だ逃げていなかった。

「追いかけるぞ」

 邪魔されると面倒だ。

「ああ。了解だ」


 直ぐにガウディーノの姿を見つけた。

 生き残った部下たちを率いている。

 ヤツらも蔵へと向かっているみたいだ。


「ん?」

 俺はフラフラと動く人影に気づいた。

 焦点の定まらない胡乱な瞳で、千鳥足で何処かへ向かっている。

 そいつは、つい先程まで戦っていた男の姿に酷似している。

 だが、そいつの首は、今にも転げ落ちそうなほど、不安定なのだ。


「あいつは……。まさか、まだ生きている?」

「いや、死んでいるよ。あれはグール(死鬼)だ」

 よろめく人影。それは暗殺者のなれの果てだった。

 憑依か? はたまた執念だけで動いているのか? なんとも不気味なモノだ。


「どうやら蘇生に失敗したようだ」とアマンダ。

「動く死体か……」

 俺は酷く歪なモノを見た気分になった。

「ああ。生前の知恵はないみたいだ。

 場合によっては強敵だが、失敗作みたいだ」

「そうか」 

 あの暗殺者のなれの果ては、どうやら本能で動いているみたいだ。

 秘宝スフィアに対する執念は凄まじいものだ。


「倒せるのか?」

「道具さえあれば問題ないのだがな」

「倒す手段がないのか……」

「ああ。だが、今は無視しても構わないだろう。

 なに、放っておけば数日で身体は崩れ落ちるだろうから」

「そうか」ならば敵はガウディーノたちだけだ。



 俺たちは、問題ないと結論づけたが、ガウディーノは違ったようだ。

 暗殺者のなれの果てを見つけると、不敵な笑みを浮かべるのだった。

「は、ははっ驚かせやがって。

 だが、俺もまだツキが残っているみたいだ」


 ガウディーノは白銀のサーベルを抜くと、暗殺者のなれの果てを切りつけた。

元暗殺者は避けることもなく、ガウディーノに良いように斬られているだけである。

 死人を斃せる武器。

 魔法の込められたサーベルのようだ。

 ガウディーノは、業物を所持していたようだ。


「このクソ野郎が、俺様の計画をぶち壊してくれたなっ!」

 ガウディーノは執拗に何度も斬りつける。

 細切れと化した死鬼。

 ザシュッ。

 白銀のサーベルは、死鬼の頭蓋骨を貫通した。

 黒い靄と共に身体がかき消された。

 暗殺者の死体から、何かが漏れ出てきた。

 淡い光を放つ朧気なもの。

 それは魂であった。


「よおし、よしよし。これだけ有れば行けるぞ」

 ガウディーノは、狂気を帯びた笑みを浮かべながら、蔵へと向かう歩を早めた。


 どうも嫌な展開になってきた。

 俺の背中に冷たい汗が滲んできた。

「何か拙いぞ。急ごう」

 そう言うが、身体は鉛のように重い。


「お前は後で来い。アタシが先陣を切るよ」

 アマンダはレイピアで、ガウディーノの部下たちに襲いかかる。

 ガウディーノの部下たちの戦意は低い。

 ガウディーノが居ないことを良いことに、逃げようとする。

 だが……、

「馬鹿、逃げるなよ」と部下の一人が慄いた声を上げる。


 ボンッ。逃げた部下がはじけ飛ぶ。

 正確には、首から上だ。

 ガウディーノは、部下たちのネクタイに、逃走すると爆発する仕掛けを施していたようだ。


「うう」アマンダも攻撃を躊躇する。

 敵とはいえ流石に倒せない。

 俺もあんな仕掛けを見たのは初めてだ。

 だが、「意志」に反応しているというのは分かった。

 俺は刀を鞘に収めると、ガウディーノの部下の元へ行く。


「自分で外せないのか?」

「あ、ああ」男は、蒼い顔をして返事をする。

 会話ぐらいは出来るみたいだ。


 つまり、明確にガウディーノに刃向かう意志を見せなければ良いのか。

(そう言えばバルトロはネクタイを外していたな)

 アイツはこの仕掛けに気づいていたようだ。


「ならば……」

 俺は氣を当てて男たちを気絶させた。

「後は……」

 ここからは博打だ。

 スッと刀でネクタイだけを斬る。

 ネクタイはただの布きれのように簡単に外れてくれた。


「上手くいった」

 俺はホッと一息ついた。

 生き残ったガウディーノの部下たちのネクタイを外してやった。

その間にガウディーノはまんまと蔵へとたどり着いたようだ。



「ソフィア様……」アマンダは、心配そうな顔をする。

「大丈夫さ。バルトロが護衛している」そう俺は励ました。

 ガウディーノ独りだけで、バルトロに勝てるとは思えない。

 だが、アイツは不思議な道具を所持しているのだ。

 どうなるか予想できないものがある。

「悪運というのは長続きしないもんさ」

 俺はそう独りごちた。


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