第22話 炎の魔神


「ん?」俺は暗殺者たちの所へ、向かおうとした。

 が、視界の端で、アマンダが思いも寄らない行動に出た。


 アマンダは、横たわる仲間に駆け寄ったのだ。髪の毛が長い。

 恐らくアマンダと連んでいた女性だろう。

 取り敢えず危機をやり過ごしたのだ。負傷者を助けるのは当然なのだが……。


「何してる?」

 俺は思わず問いかけた。

 そいつは既に死んでいるだろうにと、思わず口に出すところだった。


「決まっている。仲間を助けるのさ」と、アマンダは平然と言い切った。

「おい……」

 倒れた男の状態は相当に酷いものだ。

 腹部の傷は、シャツの大半を血で染めていて、顔は真っ白だ。


(よくよく見れば、微かに胸が上下しているが……)

 まだ死んでいないだけだ。生きてるとは言えないだろう。

 例えこの場を切り抜けても、早晩腹が腐ってしまい、もだえ死ぬだけだ。

 俺ならば、介錯を願うだろう。

 それほどの深手なのだ。


「あの方ならば、ソフィア様ならば、必ずやお助けしてくださる」

 ソフィアならば、必ずや助けてくれるという確信があるのだろう。

 ソフィアに対する絶対の信頼。

 それと幾分の狂信さも入り交じっているようだ。

 仲間が助かるのらば、藁にもすがる気持ちになるのは、東西でも同じなのだろう。


(本物の聖女ならば、或いはか……)ソフィアのチカラならば、もしかしたらと思わせるものがある。かく言う俺も僅かだがそう感じているのだから。

「そうか。そうだな」

 彼女たちの、心のよりどころに難癖つけるのは野暮と言うものだ。


「おい、アマンダ」

「今度は何だ?」

「さっさとガウディーノの脳天に、鉛玉を喰らわせてやれよ。

 躊躇ったら死ぬぞ」

 ガウディーノがただのヤクザ者ではない。

 未だ何か隠し球を持っているかもしれないないのだ。

 かなりの狸親父で、油断出来ないヤツだ。


「わ、分かっている」

 アマンダは、派手な見かけとは裏腹に、意外なほど生真面目な女みたいだ。

 人を殺す、ことを躊躇っているように見受けられるのだ。

 前に見た暗殺者との戦いみたいな思い切りが無かったと思う。

 死地で仲間を思う気遣いや、仇敵を目の前にしても、良心を覗かせる。


(本当は、良いとこのお嬢さんなのかもな)

 本来は荒事に向かない性質なのだろう。

「まあ、ガウディーノを侮らないことだ」

 俺はそう忠告すると、暗殺者たちの方に向かうのだった。



 暗殺者たちは陣形を整えていた。

 陣形といっても少人数なので大したものではない。

 手下を前方に、暗殺者の首領を守るように配置しているだけだ。


(あの首領も、何か取っておきを使うつもりだな……)

 恐らくあの炎の物の怪を呼び出すつもりだろう。

 魔法の生物を倒すのは面倒くさい。

(それに長引くのは拙い。この場の空気は酷く汚れているしな)

 氣が安定していない。

 早めに仕留めることに決めた。


(先ずは邪魔な警護のヤツからだ)

 抜刀し、手前の男に狙いを定めようとする。が……。

 俺の側面から、炎の魔法が放たれた。

「ち、いつの間に」

 少し反応が遅れた。直前まで俺に気配を感じさせなかったのだ。

 刀で切り飛ばす。炎の魔法はかき消された。

 が、次々と炎の魔法が俺を襲う。


 今の俺には、数発命中しても致命傷になるほどでもないようだ。

 が、手数で勝負されるのは面倒だ。積もり積もれば大きな威力となるだろう。

「ち、煩わしい。一体何処から……」

 炎の魔法を処理しつつ、敵が何処にいるのか探る。


 俺と前衛とが戦っている間に、敵も準備を整えていたようだ。

 少しずつ煙りの濃度が濃くなってきた。

 敵が放つ炎は、家屋を焼き、木々も炎に包まれている。

 俺の周囲は煙で遮られ、高熱のため陽炎が生じている。

 視認は難しくなってきた。

 

 俺は目ではなくて、氣の流れで周囲を確認する。

 一際大きな氣の塊。それを守るように高速で移動する五つのモノ。

「炎の鳥か」


 炎の鳥。

 速度は、銃弾より遅いが、直線的な動きと、複雑な回避運動を要り混ぜながら、俺に攻撃を繰り出している。

 そのため仕留めるのは厄介だ。


 炎の魔法を斬るのはそれほどではない。

 だが本体は、刀の間合いには入ることはない。自分に有利な距離を保ちつつ。チクチクと攻撃してくる。

(俺を本気で仕留めるつもりはない。足止めか)

 何か仕掛けてくるつもりだ。

 その間に、再び炎の物の怪は動く。

 徐々に体躯を大きくなってきた。

 

 これ以上相手の時間稼ぎに付き合っては居られない。

 多少の傷は致し方ない。

 俺は負傷覚悟で、無理矢理炎の魔法の雨をかいくぐり、首領である炎の物の怪の元に向かった。



「ちっ」

 俺は舌打ちする。敵の準備は終わったようだ。

 炎の物の怪、そいつの成長は止まったようだ。

 炎で作られた甲冑を身に纏い、兜の奥から見える深紅の双眸。

 もう物の怪ではない。魔神と言って良い相貌だ。

 魔神が手にした巨大な戦斧。

 そいつがうなり声を上げて、俺目がけて振り下ろされた。


「く」

 刀で受けきれるような大きさではない。

 魔神の左側に、横っ跳びで逃げた。

 ドスッと重量物が叩き付けられる音。

 見ると戦斧の半分ほど地面にめり込んでいる。

 だが、追撃に来ない。

 魔神は見かけ通り小回りは利かないようだ。


「間抜けめっ」

 俺はその間に大きく間合いを詰めた。

 幾らデカ物でも、弱点はあるはずだ。

「まずは……」

 武器を持つ、邪魔な利き腕を切り飛ばす。

 渾身の力で刀を振るう。妖刀は炎の塊である腕を切り裂く。


 右腕を切断した。

 確かな手応え。意外なほど防御力は低い。

「見かけ倒しめ」俺は歯を見せて嗤う。

 これなら行ける。防御の低さに加え、動作の鈍さは致命的だ。

 攻撃力は高そうだが、当たらなければ意味はない。

「首をはね飛ばしてくれる」

 俺は魔神の頭部、のど元を狙うことにした。



 俺は切断された肘を駆け上がる。肩口を昇ろうとする……。

「む」魔神と目が合う。だが、もう遅い。

 後数歩で俺の間合いに入る。仕留めると思ったその時!


 炎の魔人の口が大きく開いた。

 髪の毛が総毛立つ。何か仕掛けてくるつもりだ!

「あの攻撃は、拙い」本能が避けろと警告してきた。


 魔神の口が大きく開く。

 喉の奥から赤い光りが漏れ出る。


 俺は慌てて肩口から飛び降りた。


 魔神の口から放たれる光る炎の槍。 

 ジュッと何かが燃える音。


 見ると、後ろの壁が燃えているのだ。

「おいおい」石造りの壁が溶けたのだ。

 信じられないような超高熱だ。


「なんて威力だ」幸い連射は出来ないようだ。

 追撃はしてこなかった。

 魔神の動きが鈍る。かなりの力を使ったのだろう。

 俺は魔神の動きを注視する。まだ何か仕掛けてくるかもしれないからだ。


 魔神は手をかざす。

 手のひらから炎の塊が放たれた。

 威力は先ほどの槍よりも相当に低いようだ。

 だが、それでも生木が一瞬で燃え上がるほどの威力だ。

「消し炭も残らない、か……」半端な火力ではない。


 魔神の右腕は、いつの間にか何事も無かったかのように元に戻っていた。

「……不死身なのか」少し弱気になる。

 が、溢れる闘争心がそれを笑い飛ばす。

「はん。不死身かどうか試してやるぜ」

 細切れなるまで切り刻めば分かる話だ。

 間合いを取られては勝ち目が無い。

 俺は気合いを入れ直す。

 これ以上氣を取り込むことは、本来避けたいところだが……。

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」

 俺は炎の魔神の懐に飛び込むのだった。



 俺は繰り出される戦斧と、時折放たれる炎の槍。強烈な二択を回避しつつ果敢に責め立てる。

 腕を切り飛ばす。再生。今度は足。またもや再生。

「クソッ。きりがない」焦る。

 まさか本当に不死身なのか?

 俺も状態を維持できる時間が残り少なくなってきた。

 もう直ぐ意識が飛んでしまう。

 そうなれば身も心も鬼に成り果てるのは確実だ。

(こんな異国の地で……。

 死ぬ訳にはいかないっ!)


 戦いが長引く。

 まるで溶鉱炉のような熱さに身体が悲鳴を上げる。

 もう長くは保たないだろう。

 俺の身体も意識も……。

(何故だ? どんな秘密がある?)

 焦るな。落ち着け。少し力を絞る。

 考え無しの力攻めは身を滅ぼすだけだ。


 一旦距離を取り、周囲を確認する。

 何か重大な見落としがある。それを見極めなければならない。

何故アイツはあれだけの力を維持できるんだ?

 あれだけの力があったのならば、出し惜しみせずにとっくの昔に使っているはずだ。


 どんなカラクリがある?

 かなりの下準備が必要なのに違いない。

 それは何なのか。そいつを壊す必要がある。

 落ち着いてきた俺は、慎重に周囲の氣を探る。

 すると……。


(妙だな……)

 あれほど五月蠅く俺を追い立てていた火の鳥が攻撃してこない。

(何故だ? 俺を仕留めるのならば、絶好の機会なのに……)

 何故だか炎の魔神と連携して俺を仕留めに来ない。

(まさか)よく見る。

 動いていないのではなくて、動かせないのだ。

 俺は隠れていた火の鳥を刀斬り捨てる。


 魔神の身体が少しだけ揺らぐ。

(当たりだ)

 暗殺者全員で魔神の力を制御していたのだ。

「これが仕掛けか。ならば……」

 俺は炎の鳥を狩ることにした。

 幾ら小さいとはいえ、放つ氣の量を俺は見逃さない。


「二つ、三つめ!」

 俺は次々と炎の鳥を狩る。

 その間、魔神も手をこまねいていた訳ではない。だが、炎の鳥が狩られる度に動きと攻撃制度がゴッソリと落ちていく。

 慌てて大技を連発するが。精度は低い。

 俺は全ての火の鳥を狩った。


 炎の魔神は、身体の維持が出来なくなったようだ。

 炎の魔神の身体がどんどんと縮小していき、再び炎の物の怪に戻る。

 しかも動作は鈍くなっている。

 コイツも無理を重ねていたのだろう。

 危機を切り抜けたようだ。

 正に待てば海路の日和ありだ。

 俺は違わず炎の物の怪首を刎ねたのだった。


「……やっと仕留めたか。……ならば」

 炎の物の怪がかき消されるのを確認すると、俺も鬼神の力を解き放った。

 そう言えば聞こえはいいが、実際は無理矢理引き剥がすという言葉の方がピッタリだろう。

 身体からチカラがゴッソリと引き抜かれるような感覚。

 先ほどまで恐ろしいほど溢れ出る狂気を帯びた力は消え去り、まるで大病を患ったように、身体は満足に動かせない。


「がはっ」

 俺はその場に座り込む。

 酸いものが口からあふれ出てきた。

「ぜい、ぜい。……アイツは……」

 俺は吐しゃ物を手の甲で拭い去ると、暗殺者の首領の姿を目で追う。

 炎の魔神が居た場所に、暗殺者の頭領が立っている。

 コイツも俺と同様に満身創痍だ。

 首領も俺と同様に粗い息を吐き、よろめきながらも立ち去ろうとしている。


「……このまま逃がす訳にはいかねえ」

 お互い亀みたいな歩みだ。

 身体に対する傷は、相手の方があるようだ。

「追いついた。覚悟するんだな」

 俺は蹌踉めきながらも刀の柄に手を添える。

ヒュンッ。風切り音。首領の首を半分ほど切り裂く。

 鮮血が派手に吹き上がる。

 男は無言で崩れ落ちた。

「これで、一仕事終わりか……」

 ようやく一つ障害は消え去った。

 俺は大きく深呼吸を吐いた。


 暗殺者たちの遺体が転がっている。

 炎の鳥の数と一致する。

 あのような複雑な動きは、式神などの、道具では不可能な動きだった。


「先ほどの動き、あれは魂を憑依させていたんだろうな」

 自らの魂を憑依していたため、憑依先の炎の鳥がかき消されてしまうと、魂が戻れなくなったのだろう。

 命がけなのは、あちらも同じだったのだ。

「やれやれ。さっさとアマンダたちと合流するか」

 俺は重い足取りで彼女たちの所へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る