第21話 鬼の出で立ち

 蔵の外。そこはまさに戦場だった。

 銃声と怒声が入り交じっている。

 四つの集団がある。


 最大の人数は雇われた男たち。

 だが、まとまりはなく、生き残るだけで精一杯のようだ。


 次はガウディーノが率いるカモッラ幹部たち。

 最新の銃で武装しているため、火力が非常に高い。

 立ち塞がる相手を銃で排除している。


 だが、ガウディーノたちの攻撃に抗う者たちもいる。


 一つは、あの暗殺者の集団。

 人数は五名もいないのだが、良く訓練されていて、動きに無駄は無い。

 アマンダたちと、他の集団とを戦わせることで、漁夫の利を得ようとしている。

 戦いを回避するのを優先しているようだ。

 黙々と目的地、つまり蔵を目指して進んでいる。


 残るはアマンダたちだ。

 戦っている者は八名いる。

 ここからでは確認出来ないが、斃れた者も幾人かいるようだ。

 雇われた男たちと、ガウディーノたちとの間に挟まれて身動きが取れていない。


(言い方は悪いが、全滅していないだけ御の字だな)

 周囲に銃を持つ男たちに囲まれて、防戦一方なのだから。

(とは言え、全滅寸前なのは間違いないか……)

 躊躇っている暇はない。


(ソフィアも腹をくくったのだ。俺も覚悟を決めよう)

 丹田に氣を集める。

 自然に存在する命のチカラ。それを拝借するのだ。


 俺の身体をチカラを包む。

 それと同時に押さえきれない破壊衝動が、心の底から湧き上がる。

「ぐおおおっ」

赤い氣が俺を完全に包む。力と破壊の権化の姿へと変えていく。


 悪鬼羅刹。鬼の形相。見る者を圧倒する力だ。

 俺の取っておき。何ももったいぶって使わなかった訳じゃない。

 俺にとっても、この場所は不確定要素が大きいのだ。

(何せ、これだけ質の悪い氣が立ちこめているからな)

 大きな戦場でも滅多に見ることもないほどの、汚れた氣が充満している。原因は複数あるだろう。例えば門に宿る悪魔、それに炎の物の怪等々。


 下手すれば「元の姿」に戻れなく成る可能性が大きい。ここまで来てそれはない。俺の望みはまだ叶っていないのだ。


(ガウディーノの野郎に暗殺者。この二つは潰しておく必要がある、か……)

 目的達成を阻むヤツらだ。

 確実に排除しておかないと、秘宝スフィアの入手はおぼつかないことになるだろう。


グズグズしている時間は、俺にもアマンダにも無い。

 先ずは、雇われた男たちを蹴散らして、アマンダたちと合流するべきだ。

「先手必勝だ」

 俺は荒れ狂う暴風のようにアマンダの元へ向かった。



「さあ、死にたいヤツからかかってこい」

(あの聖女様は殺すなと言っていたがね)

 鬼の破壊衝動。

「死にたいヤツの面倒までは見きれないさ」


 突然現れた異形のモノを見て、恐怖に襲われる男たち。

 瞬く間に恐怖が伝染した。

  恐慌に陥った連中は、滅多矢鱈に銃を放つ。


 まぐれ当たりの一撃が俺の頭部に命中するが、あっさりとはじき出した。

 それを見て、更に怯える男。

 まだ、戦っている最中だのに、銃弾にされされていても、狼狽して逃げ出す者も多数出てきた。


 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す男たち。

 と、それを狙うガウディーノたち。

 コイツらも相当同様しているが、流石は修羅場をくぐり抜けたヤクザ者たちだ。

 恐怖心をかみ殺して反撃しだす。

 だが、標的が多いため、全てを倒すことは出来ない。

 半数以上は逃げ延びたようだ。



 この場に踏みとどまったのは、暗殺者たちと、ガウディーノの腹心たちだけだ。

 俺は手強そうな方に目を向ける。


 暗殺者は恐怖をかみ殺して俺を見やる。

(こいつは手強そうだ)

 勇気と無謀は違うが、恐怖に抗う算段があるのなら、無謀ではなく、それは勝算があるのだろう。

 暗殺者にはそれが有るようだ。


(コイツと戦う前に……)

 俺はアマンダの方を向いた。

「おい、アマンダ」

「く、来るなっ」

 アマンダは引きつった顔をして、短銃を構える。

 彼女が放つ一発が、俺の額に命中する。甲高い金属音。弾いた。


「おいおい。とんだご挨拶だな」

 俺は、努めて冷静にアマンダに言う。今の俺の怒りの沸点は低いぞ。


「くっ、デーモンめ。貴様の思い通りにはさせんぞ」

「俺だ。俺」頬面を外す。素顔を見せた。

「お前は……」

「助けに来たぜ」

「どういう風の吹き回しだ? 何故アタシを助ける?」

 アマンダは怪訝そうに言った。


「いや、別にアンタの為って訳じゃない。契約したのさ」

「契約? 誰とだ」訝しげに言う。

「占い師。いやソフィアとだ」

「まさか。でまかせを言うな」

「デタラメじゃないぜ」薄衣の切れ端。そこに署名がある。

「あの方の筆跡。……そんなわたしたちのために……」

 動揺するアマンダ。

 初めてアマンダの顔から、芝居っぽさが抜け落ちて、素顔を見た気分だ。


「いや、駄目だ。アイツを倒さないと……」

 彼女の視線の先には、あの男。

 飄々とした態度はなりを潜め、鋭い眼光を俺に向けている。


「ああ。アイツか」

 アマンダがこれほど警戒するのだ。余程の強者なのだろう。

 やはりこの場に留まり、死ぬ覚悟があったのだ。

「どうする。このままお前らだけで戦うつもりか?

 勝算は低いと思うぜ」

「くっ、分かった力を貸してくれ」


「ああ。元よりそのつもりだ」俺は大きく肯いた。

「アンタたちはガウディーノたちの相手を頼む。

 無理に勝とうとしなくて良い。足止めだけでもしていてくれ」

 銃による横やりが面倒だ。

 それにガウディーノの手札がどれほどあるのか、それの見当も付いていないからな。

 二つ集団を相手に、同時に戦うのは愚の骨頂だ。

 俺は暗殺者の方を向く。

「俺はアイツの相手をしよう」

「ああ。頼む」

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