第20話 覚悟はありますか

 わたしは、額から流れ落ちる汗をそっと拭いました。

「これで」

 扉に宿る悪魔。我らの宿敵を消滅させるには、呪いの除去が必要となります。

 扉に施された封印の解除。段階にして三割というところでしょうか。


 模様から読み取れる魔力の流れ。中枢へ注がれる負の力。これをどうにかして除去しなくてはなりません。


 今、蔵の外では戦いが行われています。アマンダさんと、手助けしてくれる裏方さんたち。

 秘宝スフィアを奪われまいと必死に抗うガウディーノ氏と部下の方たち。

 そして、我ら教会と因縁の相手である異教徒の者たち。


 外は三つ巴の争いとなっています。


 戦いによって引き起こされる様々な思念。

 負の側面だけを、この扉は吸い取っているのです。


 わたしの周囲に流れる、名も知らぬ方々の悲痛な想い。

 恐怖。苦痛。失望。絶望。

 様々な負の力を吸い取ることで、扉に宿る悪魔は歓喜の笑みを浮かべています。


 わたしの身体を、思念の欠片が通り抜けます。

 亡くなった方の走馬灯、その片鱗が見えてしまいました。

 銃で撃たれ、焼け付くような痛み。


「うっ」

 わたしは撃たれた場所を思わず触ります。

 何も変化はありません。で

 すがジンジンと痛みを放っているのです。


 わたしの仕草が興味深いようで、扉に宿る悪魔の微笑みが見えます。

 このモノには、わたしの悩みもまた馳走なのでしょう。


(なんておぞましい……)

聖女の名にかけて、この不浄の者を滅しなければなりません。

でも……。

(それはわたしも同じなのでは?)

 そうなのです。こうなることは知っていました。

 この惨劇は、水晶玉の予知で見ていたのです。


 ですが、言い訳がましいと分かってはいるのですが、こうなることを避けるため、わたしたちは行動してきました。


 最善の未来は、事前に仕込んでいた催眠魔法を使い、オークション当日に実行する手はずでした。

 その場合は死者はほぼ出さずに蔵へ向かい、わたしは扉を開く予定でした。


(最大の難関、それは彼の助力を得られるかどうか……。

 そのことに注意を払い過ぎたのでしょうか)

 お侍の助力が得られれば、金庫はさほど苦労せずに開くはずでした。


ですが、「彼の者」たちの介入により、歯車は狂いました。

 彼らの秘術により、想定以下の魔力しか蓄えられませんでした。

 そのため催眠魔法を使っては、扉を開く魔力が足りなくなる恐れが生じたのです。


(……言い訳がましいですね)わたしは首を振ります。

 霊力の不足のため、館を覆うはずの催眠魔法は効果が薄くなることを。

 ガウディーノ氏は、突然の事態に激怒して、非道な行いをするのも。

「……知っていました」


(そう。こなる未来があることを、わたしは知っていました)

館全体にかけるはずの結界は、局所的にしかかけられず、催眠魔法は不十分となってしまいました。

 それは、扉を開く霊力が不足する恐れがあったためです。


「全ては、蔵の警護を緩めるため」バルトロさんはそう言ってくれました。

「これが最も被害が少ないのだ」と。

 その言葉を免罪符にし、何度も自分に言い聞かせました。

 その都度納得もしました。


 館にいる百名と、将来救える十万名。

 比べるまでも無いと自分に言い聞かせました。


 秘宝スフィアを守るため、封印となる扉に人々を生け贄に捧げるガウディーノ氏と、

 秘宝スフィアを入手するためには、名も知れない人が犠牲になっても見殺しにする、わたし。

(……どちらが罪深いのでしょうね)

 昏い笑みがこぼれそうになるのを、必死に堪えました。


 そう。この惨劇を引き起こした張本人はわたしなのです。

 わたしが、扉の警護が緩まる瞬間を望み、その様に仕向けたのです。

秘宝スフィア入手は教団の悲願。

 その為には……。

(この両の手が血に染まる覚悟。そのことは決めたはずなのに……)

 外の惨状を知るにつれ、わたしの決意は大きく揺らいでいきます。

 わたしの覚悟はそれほど小さいものだったのでしょうか?


 だけど……。

 実際に銃撃戦が行われ、名も知れない人が倒れていくのを見て、果たしてわたしが行った行為は正しかったのでしょうか……。

 扉の呪いの解除に全力を注がないといけない。

 そのことは分かっているのに、頭の中は、その決断に対する困惑で満たされているのです。


 入り口から漏れ聞く騒ぎ声。誰かが戦っています。

 スコールのような銃声が、この部屋まで入って来ます。

 本物の、うめき声、喚き声、怒声が入り交じります。


「騒ぎが近くなってきた」と、バルトロさんはつぶやきました。

彼の横顔は険しくなっていきます。

 その顔は、味方の状況の悪さを物語っています。


(このままでは……)

 わたしが、ここまでこられたのは多くの方々の手助けがあったからです。

 わたしたちの舞台を支えてくれた騎士団の皆さん、言うなれば裏方さんたち。


 ここに敵、ガウディーノ氏が来ることを抗っているのは、間違いなくアマンダさんや裏方さんのお陰でしょう。

(みなさん、無事でしょうか)


 アマンダさんたちは、命の危険を顧みず戦い、扉を開く時間を紡ぎ出しているのですから……。

(わたしが彼女たちの安否を気遣うのは偽善なのでしょうか?)

 ですが、外の様子が気になり、呪いの解除に集中できません。

 そんなわたしを見て、


「占い師、外を見てきます」とバルトロさんは、外に出て行きました。

「ええ」わたしは肯きます。


「予定通りなのかい?」と、無言で壁に背を預けていた、お侍がボソリとつぶやきました。

「ええ。概ねの所は」

「なら、何故そんな浮かない顔をしているんだ?」

「……それは」

 言葉に詰まってしまいました。

 お侍は、まるでわたしの心の中を読んでいるみたいです。


 わたしとお侍。二人だけとなりました。

 凄く気まずい空気が流れています。


長い沈黙。

 それを破る足音。バルトロさんが戻ってきました。


「どうでしたか?」

「……まだ暫し保つでしょう」


「アマンダさんたちは、どうなっていましたか?」

「大丈夫です。彼女たちは、使命を全うしてくれることでしょう」

 胸に手を当てる。動悸が速い。

 時間さえあれば、今のわたしでも呪いは解除出来るでしょう。

 貴重な時間。

 それを生み出すのは、彼女たちの命が対価。


(スフィア入手は、悲願ですが)

 わたしの精神が耐えられなくなってきました。

 顔に出ていたのでしょう。


 バルトロさんは、わたしの隣に歩み寄ると、

「アマンダたちは、己の使命を全うしています。

 貴女は貴女自身の使命を全うしてくださいますように」

「……ですが、それは」

「スフィア入手の悲願の前には、我らの命は大したものではありません」


「……そうだとは、思えません」

「わたしは、わたしを許せなくなります」

 わたしは、お侍……いいえ、ミヤケ様の方を向きます。


「ミヤケ様、お願いがあります」

「へえ。何だい?」とミヤケ様は少し愉快げにわたしを見ました。


「アマンダさんたちを、助けに向かって欲しいのです」

「蔵の外は敵だらけ。アンタたちもかなり苦戦しているんだろう?

 そんな中、助けに出ろと言うのは、

 俺に死ねと言っているようなものだぜ?」

 と、至極全うなことを言います。確かに、アマンダさんたちは、十名もいません。敵は五十名以上いるでしょう。


「貴方ならば、可能です。貴方のチカラならば、彼女たちの窮地を救える。

 貴方しかいないのです」頭を下げる。

 聖女の面子なんて、気にしてなんていられません。アマンダさんたちを助けられる可能性を持っているのは、この方しかいないのですから。


「な、ソフィア様。顔を上げてくださいっ」狼狽するバルトロさん。

「良いのです!」


「はは。こいつは大ばくちだな」ミヤケ様は、クツクツと愉快そうに笑います。

 ひとしきり笑うと、真面目な顔となり、

「報酬は上乗せしておいてくれよ」

 そういって、軽くウインクしてきました。

「はい。勿論です」

 わたしは顔を綻ばせながら同意しました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る