第19話 異形の扉

「へえ。流石だな」俺はバルトロの鮮やかな銃さばきを賞賛した。

「あんたが幹部を倒してくれたからな」と、不敵な笑みを浮かべるバルトロ。


「う、ぐぐ。この裏切り者め。ガウディーノ様が引き立ててくださったのに……」

 利き腕を射貫かれた幹部が、恨みがましそうに言う。

「悪いな。この館に潜入するのがオレの仕事だったのさ」と、ふてぶてしく言うバルトロ。


(潜入。内部から手引きする任務か。こいついつから館にいたんだろう?)

 俺は二人のやり取りを見て、疑問に思う。

 ガウディーノから信頼を得て、幹部に取り立てられるほどなのだ。

 一月や二月ではない。恐らく年単位だろう。

 秘宝スフィアを手に入れるために、それだけ慎重に事を進めていたのだろう。


「えらく気長な仕事だったんだな」

「それだけスフィアが欲しかったのさ」

 と、臆面も無く答えた。もう隠すつもりはサラサラ無いということか。

「あんたの組織が? それともそちらのお嬢さんが?」

「フフ。さてな」

 バルトロは不敵に笑う。だが、彼の姿を見ると、それは強がりなのだと分かる。

バルトロも怪我を負っていた。深手ではないが、服には三ヶ所ほど裂傷が見られる。急所は避けてあるようで、致命傷には至っていないようだ。


「アンタもやられたな」

「ふん。こんなものかすり傷だ」

「そのお嬢さんが得意とする魔法は使えないのかい?」

 確かこの少女は他者から認知されなくなる魔法が使えたはずだ。

 誰の目にも映らない魔法が使えたのなら、こんな苦労はしないで、とっとと蔵にまでたどり着いていただろうに。

 なのに護衛のバルトロは負傷している。魔法が効かなくなったのだろうか。


「……結界が破られたのです。気配を散らす魔法は効果を失いました」

 占い師は、そう絞り出すように言った。

「占い師を責めないでもらおうか。彼女の魔法とて万能ではないのさ」

 と、バルトロは俺と占い師の間に割って入る。


「そう怖い顔するな。俺もあんたらの内情に興味は無いさ」

「あるのは、俺の望みを叶えること。その報酬についてだけさ」

「ふん。心得ているじゃないか。そうだ。貴様とオレたちの間にはそれだけしか無いのだよ」

 バルトロは早口に、俺を突き放すように一息に喋ったのだった。


(何か痛いところを突いたみたいだな)

 バルトロの後ろにいる占い師。顔色は真っ青で、病人みたいだ。

 以前見せた不思議な雰囲気はどこにも残されていなかった。


(恐らく予知が外れたんだな)

 イカサマが出来なくなって、化けの皮が剥がされたのか。

 それとも予知能力は本物だったが、現状は想定外なのかもしれない。


(まあ、俺にとって重要なのは、俺の望みを叶える力が有るのかどうか、だ)

 占い師たちの現状はどうでも良い。

 自滅したのならしたで、それだけの実力しか無かったのだから。


(コイツらに味方するのは、金庫のある場所へたどり着くまでだな)

 あの異形の扉を開くやり方。

 それを俺は知らない。

 だが、占い師が知っているのは間違いないだろう。

 それを実行するには、占い師のチカラが必要なのか、俺のチカラが必要なのか、それが知りたいのだ。


(その問題を解決したのなら、俺が一人ででも金庫を開けるさ)

 秘宝スフィアの真のチカラを引き出すことが出来なければ、俺の望みは叶うことは出来ないかもしれない。

 その為にはこの占い師のチカラが必要だと、理解はしている。

 だが、こんな胡散臭い占い師の言葉を鵜呑みにするのは無謀だ。

 そんなものを信じるよりも、当初の予定通り、俺が術式を使ってみる方が、遙かに成功するのではないだろうか。


(何にせよ、扉を開くまでは、コイツらのお仲間でいるとしよう)

「そうだな。俺とあんたらとはそういう約束だったな」

 俺がそう言うと、バルトロの後ろに居た占い師は、怖い顔をしてバルトロを睨むのだ。


「バルトロさん」

「は、はい。占い師」

「言葉が過ぎますよ」

「……これは軽率でした」と素直に占い師に頭を下げた。

「タダヒサよ。少し言い過ぎた。済まぬ」

「あ、ああ」

 俺は少し戸惑いながらも、バルトロの謝罪を受け入れた。


(へえ、この少女には頭が上がらないのか)

 二人の力関係は、少女の方が相当上みたいだ。

 まあ、何にせよ目的は変わらない。

「さっさと扉を開こうぜ」

 俺たちは蔵に入るのだった。


 蔵に入る。蔵の中はヒンヤリしていて、少しかび臭かった。

 錠前は開けられていたため、スンナリと入れた。

 ここまでは問題ない。


(そうだ。問題なのは……)

 異形の扉。怨念が染み出したように、周囲には濃い瘴気が漏れ出している。

 扉の表面を蠢くナニか。まあ真面なモノでは無いのは確かだ。


「そろそろか……」バルトロは、入って来た方、ひしゃげたドアの外を見やる。

キーンと甲高い金属音が聞こえような気がした。


「良し」バルトロは満足そうに肯いた。

「……占い師」バルトロは、少女の手を取ると、恭しくかしずく。

「お頼みしますぞ」


「ええ」

 少女は微笑むと、バルトロの手をそっと離した。

 静かに、力強い足取りで異形の扉の前に進む。

 扉の前に立ち止まると、呪文を詠唱し始めるのだった。


 俺は主従を観ていて驚いた。

(へえ、この子が破るのか)てっきり俺を使い潰すのかと思っていた。

 実際の所、扉の現状を確認してみると、俺も取っておきを使っても破れるかどうか自信は無かったのだ。これは有り難いことである。

 少しだけ、心に刺さった棘が抜けるような気がした。

 少し余裕も生まれたのだ。


 占い師が呪文を詠唱する声だけしか聞こえない。

 重い沈黙。不気味だ。せめぎ合う違和感。

 ナニかがぶつかり合っている。


(俺の知らない領域。魔法か)

 先ほどの不調をどうにか克服したのだろうか。

 少しずつだが、扉から放たれる圧迫感、怨念が薄まっていくような気がする。


と、ドンという地響き。

「いかん」顔を強ばらせるバルトロ。

 ガバッと顔を上げて、蔵の外を睨みつけた。


 俺も同様に外を見る。

(外から、騒ぎ声聞こえてくる)

 どうやら此処へ来るまでに、占い師たちは何か仕掛けを施していたみたいだ。

 それが破壊されたのだろう。苦虫をかみつぶしたようようなバルトロの顔が物語っている。


入り口から漏れ聞く騒ぎ声。誰かが派手に戦っているようだ。

 銃声が木霊する。

 うめき声、喚き声が入り交じる。


「騒ぎが近くなってきた」何者かがこの場所を目指しているのだろう。

 そこでガウディーノの部下たちと戦っているようだ。


 思いつくのは、アマンダと、あの冴えない男だ。

 彼女たちは、敵対しているのか、もしくは共通の敵を前にして、手を組んだのだろうか。


 そう考えたのは、俺だけでは無かったようだ。

 占い師の顔は渋い。先ほどよりも更に顔色は悪い。

 真っ青で、今にも倒れそうだ。

(そう言えば、アマンダも占い師の仲間だったよな)

 束の間の静寂。

 今の現状は、アマンダや冴えない男が戦っているから出来ているようなものだ。

 

 今の現状アマンダたちが囮となったおかげである。

 スフィアが納められた場所へ向かうには、扉を開けるしかない。

 警備が手薄な今が、またとない好機である。

 願ったり叶ったりだが……。


 だが、外のアマンダはどうなるのだろうか

 多勢に無勢、アマンダたちが敗北するのは時間の問題だろう。


(さて、どうするのかな?)

 「正しい判断」を降すのならば、アマンダを切り捨ててでも秘宝スフィアの入手を優先するべきだろう。

 先ほど話していた、バルトロの長期にわたる潜入を聞いた通り、スフィア入手の計画は緻密に立てられたと見て間違いない。

 スフィアを巡っての暗躍も激しいものであっただろう。

 アマンダ一人を犠牲にしても、スフィアを入手出来さえすれば、十分に元は取れるのだ。


 ただ、それは「優秀な当主」としての判断だ。

 目の前の少女がその決断を下せるのならば、大したものだ。

(この子が、そんな損得勘定が出来るのかねえ)

アマンダを切り捨てるという選択が取れるのならば、別にそれでも良い。


(ただ、その場合は俺の約束もどうなるものやら……)

仕掛けを解いたのならば、「口封じ」をされる可能性もあるだろう。

 貴重なスフィアのチカラを使ってまで、口約束を守ることもないからだ。


(まあ、そんな素振りを少しでも見せるのならば、とっととコイツらの首を、はね飛ばすだけだがな)

 別に戦場で、元服前の侍と斬り結んだのが無かった訳では無い。

 気が進まないだけで、理由があれば斬り捨てる。

(やむにやまれぬ理由なんて、人それぞれだしな)

 戦場とはそう言うものだと心得ているからだ。

 迷いなく斬り捨てられるのは、かえって良いのかもしれない。

 俺とてそこまでお人好しではない。

 俺の望みはそんな安いものじゃないのだ。


(だけど……)

 今考えた可能性は相当低いと思われる。

 占い師が率先して扉の前に向かったからだ。

 もし思惑があれば、俺を捨て石にして、扉の現状を把握したはずだ。

 あの扉の危険性なんて、他ならぬ占い師が知っているだろうから。


 先ほど、ガウディーノの部下たちとの戦いで見せた躊躇い。

 それは、仮面の下の素顔を覗かせたのではないだろうか。

(本当に、誰も死なせない未来。その通りにしたかったのだとしたのなら……)

 俺も危険な橋を、一緒に渡るのも、やぶさかではないのだ。


(どうする?)

 アマンダを助けるのか否か。

 俺はじっと少女の顔を見つめるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る