第18話 混乱

 俺は火災の現場を尻目に蔵へと向かう。

 既に食堂全体にまで火の手は回っている。食堂が焼け落ちるのも時間の問題だろう。


 消火活動そっちのけで、何処かへ向かうガウディーノの部下たち。だが、

 火事を鎮火させることよりも、大切な何かがあるようだ。

連中の向かう先。そこは……。

(やっぱりあの蔵か)

 俺は得心した。

 あの蔵に、秘宝スフィアがあること。それは間違いないようだ。


雇われた連中は、火災の大きさに驚き、館の外へ逃げようとしている。

(幾ら何でも騒ぎすぎだな)

 俺はそこに違和感を感じた。

 この館で雇われた男たちは、腕自慢が多い。

 なのに、戦場での新兵みたいに動揺している。


 俺みたいに、炎の物の怪が見えるのなら未だしも、魔力や氣の流れの見えるヤツがそれ程多いとも思えない。

 恐らく何者かが扇動しているのだろう。


(もう誰も正体を隠さなくなってきたな)

 あの占い師の手のものか、それとも冴えない男の手のものなのか……。

 誰が描いた筋書きなのか分からない。だが物語はもう終局に入ったみたいである。



 現場の混乱は更に広がる。

 雇われた男たちは、我先にと館から逃げだそうとして、門に殺到しだした。


 そこに、本館から出てきたガウディーノの配下とかち合う。

 蔵へと続く道を塞がれて憤るガウディーノの配下たち。

 今すぐにでも蔵へと向かいたいようだ。


 配下の誰かが、空へ向かって威嚇射撃。

 だが、それは逆効果であった。更に現場は混乱を増してしまう。


「テメエら、何をモタモタしてやがる」

 ガウディーノの幹部が怒鳴り声を上げる。

「し、しかし火事が収まるまで混乱は治まりそうにありません」と、弁明する部下。

「はん。じゃあ退かせば良いだけの話だ」

と、幹部は銃を取り出して雇われた連中に向けて放つ。

 銃弾をくらい、何人かが倒れ込んだ。


「おいおい、見境なしかよ」

 俺は目を丸くして驚いた。

 確かにあのゴロつきの中に、火事を引き起こした犯人がいるだろう。

 まあ、メンツを潰されたヤクザ者なんて、質の悪い犯罪者と変わらないか。

「良いように利用して、用済みとなれば殺す、か……」

 正に死人に口なしである。


 幹部たちは、死体を踏み越えて蔵へと向かっていった。

 この館には悪党しかいないようだ。

(まあ、そう言う俺も悪党の一人なのだろうな)

 俺は自虐的な笑みを浮かべると、幹部たちの後を尾って蔵へと向かう。



 それぞれの思惑を胸に、誰もが蔵へと向かっている。

 と、近くで銃声がした。

 俺は銃を放った主を見やる。

 バルトロだ。

 それにもう一人見知った顔の少女もいる。


「へえ、黒幕のお出ましか」

 俺は大きく肯いた。

 これで今までの茶番劇の粗筋が見えてきた。

 バルトロと占い師はグルだったのだ。


 これで、今まで俺の先々に起こる出来事を当てていたことが分かった。

 手品の種はバルトロが仕込み、それをあのイカサマ占い師が、さも当然のような顔をして喋っていたのである。


(と、なるとあの女もイカサマ占い師の仲間だな)

 アマンダも、占い師の一味で間違いないだろう。

 そして、彼女たちと敵対関係にあるのが、あの冴えない男たちだと思われる。


 ならば、アイツらの目的は……。

「当然秘宝スフィアか」

 俺がこの館に来た目的と一致した。

 手強い競争相手が判明したのだ。



「後は、どうやって出し抜くか……」

 俺とて、さっさとスフィアを奪いたいところなのだ。連中の戦力が整う前に仕掛ける方が良いだろう。

 だが、まだ一つ謎が残っている。


 何故誰も、今までスフィアを奪わなかったのか。

 その理由が分からない。

 蔵にスフィアがあることは、連中の誰もが知っているはずなのだ。

 なのに、何故律儀にオークション当日の日まで待っていたのか、それが分からないのだ。


「俺が知らないカラクリが未だ有るのか……」

 それが判明するまで、明確にあの占い師と敵対するのは、避けた方が良いのかも知れない。


 俺は思索を止めて、再びバルトロを注視した。

 どうやら占い師を庇っているようだ。

(確か、あの子は誰にも見つからないと思っていたのだが……)

 ガウディーノの館にある食堂で、堂々と給仕をしていたくらいだ。

 誰からも見つからない自信があったと思う。

 なのに、バルトロに庇われながら、蔵へと向かっている。

(やはり、あの子は魔女で、魔法の効果が切れたんだな)


 誰もが、占い師の少女の姿を認識している。

 魔法使えず、満足に戦えない少女が相方では、幾らバルトロが強者だったとしても、容易く先には進めないようだ。

 崩れ落ちた小屋の影に隠れ、防戦一方である。


 更に、先ほどならず者たちを蹴散らしたガウディーノの部下たちも加わっている。このままでは蜂の巣にされるのは目に見えている。


(このまま同士討ちをしてもらうのは、俺にとっても都合が良いのだが……)

 スフィア入手が俺の目的だ。

 目的を遂行するためには、邪魔者は少ない方が都合が良い。

(都合が良いのだが……)

 流石に少女を見殺しにするのも目覚めが悪い。


(それと気になることもあるしな)

 俺の知らないスフィア入手の為に、必要な秘密。

 それを彼女は知っているはずだ。


(仕方ねえ。貸しを一つ作っておくか)

 俺は、銃撃戦に夢中になっているガウディーノの部下たちの、後方へ回り込むのであった。



 俺は気配を殺して、ガウディーノの部下たちの裏を取った。

 敵の数は九名だ。


バルトロの正面に六名。右斜めに三名。

 それぞれ銃で武装している。

 単発式の銃は大して恐ろしくはないが、一人だけ連装式の新型銃を持っている。


「あいつが幹部か」

 どっしりと構えていて、場の状況に流されていない。冷静に指揮している。

 あの男を倒せば残りの連中は崩せるはずだ。

 残りの連中は年若く、こういった荒事に慣れているようには見えなかった。


「さあて。一戦交えるとしようか」

 俺は懐から丸薬を取りだした。

 それは煙玉である。

 忍びが場をかく乱させる時に使う煙幕が出る丸薬だ。

 導火線に火を付ける。


(三、二、一!)

 俺は丸薬を、幹部の足下目がけて投げつけた。

 丸薬は、幹部の足下で破裂した。

 濃い煙が周囲を覆う。


「な、何だこれはっ」

 突然の出来事に狼狽する幹部。


 俺はその隙を逃さずに、一息で間合いを詰めた。

「ご苦労さん。少し寝ていてくれよな」

 俺は幹部のみぞおちに、正拳を思い切りたたき込んでやった。


「ぐ、うえ……」幹部は堪らずその場に崩れ落ちた。

「さて、お次は」

 俺は刀を逆向きに構え、動揺する三名の幹部を襲う。


 戸惑う男たちに構わず刀を振り下ろす。

 刃を向けていないが、高速で鉄の塊を叩き付けられるのだ。

 幾本か骨はへし折れているだろう。

 瞬く間に三名の幹部たちも、倒れ込んだ。


 斬り捨てても良かったのだが、若い幹部たちの顔は、あどなさが残っている。

「まあ、コイツは理性が残っていたからな」

 若い幹部は、雇われた連中に対して、空に向けて威嚇射撃をしていた。

 人間相手に銃を向けたく無かったのだろう。


「残りは……」

 俺が倒すまでも無かった。

 バルトロが連中の銃を弾き飛ばし、降伏させている所であった。



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