第17話 火事


  俺は声がした方に振り向いた。

 見ると、食堂の向かいにある宿舎が燃えている。


「……凄い勢いだな」

 猛烈な火勢だ。

 見る間に屋根まで火が回っていく。



「……ここまでだな」と、呟く男の声。

 小柄な男はあっさりとレイピアを鞘に収めた。

突然の出来事に興が削がれた、と言うよりは、双方戦いを止める口実が欲しかったみたいであった。


小柄な男が仲間を連れて立ち去る。

 小柄な男は、本気でアマンダと戦わなかった。鋭い突きは見せず、終止彼女に対するけん制をしていただけだ。

 だけど、ただの腰抜けと違うのは、アマンダの鞭を全て躱したのだ。音より早く動く鞭を見切ったのだ。


(こいつ、自分の力量を隠したな)俺はそう推察した。

 あの小柄な男は、自分の力を隠している。

 恐らくかなりの力量があると見た。


 だが、アマンダも本気ではなかったようだ。

 彼女も相手の動きに合わせていた節があるのだ。


 つまりは八百長試合である。

(まったく。ここに来て、気になる連中が増えたもんだ)

 スフィア入手のため、けん制が目的なのだろうか。

 小柄な男といい、アマンダといい、一癖も二癖もある連中の多いことだ。



俺は二人の戦いを見届けると、再び燃え盛る宿舎を眺める。

誰かの寝たばこなのか、ただの失火なのか。

「それにしても火の周りが早すぎる。これはただの火災ではないな」

 あらかじめ油でも撒いていたのか、はたまた火薬でも仕込んでいたのか。

 明らかに人為的に引き起こされた火災だ。


 突風が吹いた。

 更に火災は広がる。既に宿舎は焼け落ちて、隣の食堂にまで火は広がっている。

 現場は混乱している。

 ガウディーノの直属の部下たちは、場の混乱を抑えようと立ち回っているが、彼らをあざ笑うかのように、火の勢いは衰えない。


(ん?) 

 俺は、人影を見た。そいつは屋根の上まで届く上背で、明らかに人ではない。

 ボンヤリと見える人影は、炎を纏っている。

 炎の怪人が火災を大きくしているのだ。


「なんだあれは……」異国の物の怪。俺は初めて目にした。

 あの物の怪も気になるが、それよりも気になるものがある。

 この館に流れていた氣の流れが途切れたのだ。

(何処かへ漏れている?)


 それと同時に、邪な気配が強くなってきた。

 何かが抜け出ているような……。それと入れ替わり浸食してくる負の力。

 瘴気の類いだ。


「こりゃ碌でもないことが起こる前触れだ」

 見知らぬチンピラ共に加え、炎の物の怪と来たものだ。


 結末を確かめておきたい所ではある。

 それはガウディーノの館に生じた大きな綻びでもあるのだ。

 用意周到なガウディーノの思惑から外れた出来事、それはつまり……。


「好機到来ということか」

 この騒動だ。もしかしたら蔵への侵入がやりやすくなるかもしれない。

「まあ、更に警備が厳しくなるかもしれないけどな」

 その時はその時だ。俺の切り札を使う時でもある。



「おい、アマンダ」

 俺は、戦いが終わり、俺の隣にいるアマンダに話しかけた。


「あ、ああ」

 アマンダは酷く同様している。

「あれは炎の精霊よ。その名の通り火を自由自在に操れるわ。誰かが精霊を召喚して火事を引き起こしたのよ」

 アマンダの口調が変わる。と同時に余裕タップリの仕草が抜け落ちている。

 妖艶さは消え去り、少し生真面目な女性に見える。

 もしかしたら、これが本来の彼女なのかもしれない。


「あの物の怪の登場も、占い師サマの予知通りなのか?」

「まさか、違うわね。

 もうアレが出てくるとはね……占い師の予知よりも、五日早いわ」

 先ほどまでの勝ち気そうな顔をしていなかった。

「もう猶予は無いみたいね」

「貴方占い師の所に行ってちょうだい」

「……もう隠さないでいいのか?」

「ええ。もうその段階は過ぎ去ったわ」

「予定変更か……」

 まあ、これだけ立て続けに奇妙な出来事が続いたのだ。

 あの占い師の予知とは齟齬が生じ始めたのだろう。


 あの占い師ともう一度会う必要があるのかもしれない。

「分かったよ。アンタの親分に会いに行くとしよう」

「ええ。お願いね」


「おい、居たぞ」とダミ声。さっきの連中とは違うゴロつきたちだ。

「やれやれ。むさ苦しい野郎にモテても嬉しくないんだがね。

 それともアンタが目当てなのかもな」

「さあ。わたしもあの手の連中じゃ、勘弁して欲しいわ」と笑う。

「けど、そうも言っていられないみたいだわ」

 アマンダは鞭を構えると、前に歩み出る。

「ん? あんたは来ないのか?」


「少し用事が出来たみたい」

 アマンダは誰かを見つけたようだ。


 俺は彼女の視線の先を見やる。ひょろりと背が高く、ボサボサ髪の男。第一印象は冴えない黒子という感じだ。

 冴えない男。


 確か小柄な男と一緒に行動していたのでは……。

「あいつか」初めて見た顔。記憶に残らない影の薄さ。

(逆に気になるな)

 確かに我の強い連中ばかりだが、それでも三日いて記憶に残らないほど影が薄いことが気になった。

(一癖も二癖もある連中なのに、何故アイツだけ存在感が無いのか)

 それは意図的に気配を殺していたことになる。

 まさかアイツらを当て馬にしたのは、あの男なのではないのだろうか、

 不意にそんなことを考えてしまう。



「おい。待てよ」

 俺はアマンダを呼び止める。このまま戦いになるのは拙いと感じたのだ。


「ええ。野暮用を終えてからね」

 と、アマンダは再び妖艶な微笑みを見せた。


「一人で大丈夫なのか?」

「なんだい。あたしともう少し一緒にいて欲しいのかい?」

 と、口調が元に戻っていた。

 先ほどと同じように、自信タップリの美女として。

 口調は戯けているが、目は笑っていない。


(これ以上此処にいるな、ということか)

 今来た連中とアマンダとは、占い師絡みの同業者でもあるのだろう。

(まあ、この女もかなりの技量がある。負けることはないだろう)

「そうか。じゃあ俺はあんたの主のところへ行くとしよう」

 と、俺も戯けて肩をすくめて見せた。

 その場を去ることに決めたのだ。

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