第16話 呼び出し

「それはあんたの都合だがね」俺は、やれやれと大げさに肩をすくめて見せた。


「おおっと、逃がさないぜ」と、大男と彼の部下が、俺の後ろに回り込む。

「逃げるとは言っていないぜ」

 俺は自分の立ち位置を確認する。

 目の前の盾の男。

 後ろの大男とその相棒が二人。

 彼らから一歩下がった位置に派手な女。


 一対五。人数的には大いに不利である。

「一人相手に五人もか……。朝から暇な連中だな」

「へっ、その強がりが何時まで保つかな?

 へへ。昨日の礼をタップリ返してやるぜ」

「ふうん。どうなっても文句は言うなよ」

 今にも大男が飛びかかってきそうな雰囲気。挟み撃ちか、と身構える。


 緊迫した雰囲気を破る明るい笑い声。

「アハハ。

 兄さん、見え見えの罠だと知ってて来たんだろう?

 やるねえ」

 笑い声の主は派手な女である。


「面白い話を聞けそうだからな」

「一人か……。なら、アタシはこの兄さんを手伝おうかな」


「ああん? お前裏切るのか」と大男。

「別にあんたの味方になったとは言っていないよ?」

「アタシもこの兄さんに用事があるって言っただけじゃないか」

 舌を出して挑発する派手な女。

「どんな下心があったんだい?」

「て、テメエ」


「なんともまあ……忙しいことで」

 俺はあきれ顔で、この三文芝居を見ていた。

 絶対にあの女が大男を唆したのだろうに、彼女は素知らぬ顔で大男を裏切ったのだ。

(俺を潰すのが目的ではないのか?)

 まあ、味方のフリして足を引っ張ることも考えられるが、それなら最初から俺を袋だたきにすれば良いだけなのだが……。

「あんたの名前は?」

「アマンダさ」

 アマンダは妖艶に微笑んだ。何を考えているのか分からない。

「まあ、味方が増えるのならいいさ」


「この野郎、ぶちのめしてやる」

 手のひらの上で転がされた大男は怒り心頭だ。顔を更に赤く染めた。


 俺は、後ろで控えている盾の男を横目で見やる。

 あの男が間違いなく一番の使い手だろう。

(コイツも動くつもりは無い、か……)

 全く何を企んでいるのか、何故一気に襲いかからないのだろうか。

 俺を舐めているのなら好都合だ。さっさと雑魚を潰してしまおう。


「来いよ三下」

 大男たちの得物を確認。

 それぞれジャックナイフを手にしている。


 俺は刀を鞘に収める。

 一呼吸。少しだけ瞑目。

 周囲の氣を読む。


 俺の後ろに大男。そいつから少し離れて手下が一人。残る手下は小柄な男。

「こ、コイツ。オレを舐めやがって!」

 大男の怒声に弾かれたかの様に、二人が身構える

「目をつむるだと。余裕こきやがって!」

 大男が、飛びかかってきた。


 俺は、大男の繰り出す拳の気配を読む。

 突き進むナイフを感じ取った。

 刀の間合いに入った。音より早く刀が鞘を走る。

 一度刀を鞘に収める剣術。いわゆる抜刀術だ。

 俺はジャックナイフの刀身を斬る。鋼の刀身が二つに別れた。

「え」

 大男が何事だと一瞬動きを止めた隙に、そいつの腹を目がけて刀を振り下ろす。

 刀の刃ではなくて、背を向けている。

 それでも鉄の塊を高速で振り下ろすのだ。

 大男の肋骨は鈍い音を立てて砕けた。

「ぐあ、ああ」

 大男は腹部を両手で押さえながら、地面に倒れ込んだ。


「先ずは一人だ。それから……」

 大男の近くにいる手下を標的を定める。

 手下は驚き動きを止めた。

 何が起きたのか理解できていないようだ。

 俺はその隙を逃さずに刀を振り下ろす。狙うは小男の大腿部だ。

 骨の砕ける鈍い音。手下はたまらずその場に倒れ込んだ。


「ひゅーっ、やるねえ」

 アマンダも負けじとばかりに鞭で相手の利き腕を封じる。

 引き寄せると体勢を崩し、みぞおちに膝を叩き付けた。

 手下はたまらず地面に伏した。

「あんたもな」

 派手な女、もといアマンダもかなり戦えるようだ。

 簡単に小男をあしらって見せた。


「まあ、殺しは拙いだろうから。急所は外しておいたぜ」

 お互い雇われの身だ。

 流石に殺してしまっては、ガウディーノの部下へ弁明できないだろうから。

「さて、残るは二人か……」

 戦いにおいて、勝てる相手から勝つのは基本である。


「ち」舌打ちする盾の男。

「形だけか。使えねえな。

 ここまで使えない連中とはな」

 盾の男は盛大にため息を吐いた。

 大男を使って、俺の実力を知りたかったのだろう。


「全くだ。今度はもっとマシな奴を探すんだな」

残るは盾の男。と小柄な男の二人である。

「兄さんには強そうなのを頼むとして……。アタシはこちらを相手にするよ」

とアマンダは飄々と話しかけてきた。

「へいへい」



 アマンダは小柄な男の方へ行き、俺は盾の男と対峙する。


「さっきのが、あんたのとっておきだったんだろう? 

 もう種はバレているぜ」と不敵な笑みを浮かべる盾の男。

「そうかい? ならさっさとかかってくれば良いだろうに」

 俺としては、重装備の相手に刀で斬り合うのは避けたい所だ。

 刀は横からの衝撃に弱いからな。

 身体の半分を守る大盾。分厚い刃を持つサーベルとで斬り合うのは拙い。

 まともに斬り合えば負ける相手である。


「抜刀術とかいう技術、後の先か。

 だが、俺の盾の前には、そんなちんけな技は無意味だ」と強気な盾の男。


「さあて、どうかな?」

 闘氣を練り、静かに待つ。


お互い先には動かない。盾の男も迎え撃つ戦い方のようだ。

「先に動かないのか? なら仕掛けさせてもらおう」

 俺の言葉に、盾の男は大盾を前に構える。

 盾の男の動きが完全に止まった。

 

 今だ!

 流れるような動きで抜刀。

 走る刃、切っ先が赤紫色の光を放つ。

 キンッと甲高い金属音。

 大盾に一筋の線。それを境にして、上半分がゆっくりとズレ落ちていった。

 男が、動いたと思う前に、盾は半分に切断されていた。

「な」驚愕の顔を浮かべる盾の男。男は本能的に、半分となった大盾を放り投げて、慌てて後ろに下がった。


「さあ、次は首とお別れする番だぜ」

「ふ、ククッ。噂通り、いや噂以上だな」

 盾の男は苦笑いを浮かべながら、顔を横に振った。

「参った。降参だ」

 そう言うと、サーベルを手放した。

「へえ、もう降参かい?」

「ああ。赤い悪魔とやり合うにゃ、貰った額が少なすぎたようだ。

 命に対して割に合わねえよ」

「それは賢明だ」


 アマンダを見やる。

 小柄な男と拮抗している。小柄な男はレイピアを使い、巧みにアマンダの鞭をさばいている。

 お互い決め手に欠けるようだ。


「さて、俺も加勢しようか」

 俺はアマンダの元に行こうとするが、

「火事だっ」と男の怒鳴り声が聞こえてきた。


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