第15話 横恋慕?

 俺は、堅いパンをコーヒーで流し込み、萎びたサラダと厚いハムを頬張るとさっさと朝食を終えた。


 警護の相方であるバルトロは優雅に紅茶を飲んでいる。

「もう食べ終えたのか。早いな」

「パンはあまり好きじゃないんでね」栄養が摂れればそれで良い。

「ちょっと出かけてくる」

「まだ仕事には早いぜ」

「そんなに真面目に見えるかい?」

「いいや」

「少し親睦を深めるだけさ」


「誰と?」少しバルトロの目つきが鋭くなった。

「なに、大した用事じゃない。昨日の続きをするだけさ」

「くく。昨晩何かあったのかい?」

「想像に任せるよ」

 俺は肩をすくめて見せた。

 もしかしたら、バルトロはあの女とのことを見ていたのかもしれない。


 ……それとも

(やはり、バルトロとあの女とは顔見知りだったんだろうな)

 あの占い師の仲間。案外多いのかも。


「ちょっとした野暮用だよ」と笑ってみせた。

 少しばかり、親密そうな笑みを作って……。



(……あの蔵の扉の奥には何がある?)

 俺は昨晩のことを思い返していた。

 扉から放たれる強烈な邪気。

 何かがあの扉には封印されている。


 恐らく、あまりに邪気が強烈なため、本館には作れなかったのではないだろうか。

 そのために離れの館を作ったのだろう。

(何のために?)

 それは、とっておきのお宝を隠しておくためだろう。


(秘宝スフィアは、あの蔵の中で間違いない)

 あの自称聖女サマが、俺の力を借りたいのは、呪いの扉を開かせたいからじゃないのか。

 あの扉に対して、真面にやっては自分たち被害が出るから、邪気の脅威に無知な赤の他人を使い潰すつもりじゃないのだろうか。

 その恰好の標的が俺なんだろう。


 可能性として、これは大きいと思う。本当に未来が見えるのならば、あの扉対策なんて、既に打っているだろうから。

 そう考えると、あの占い師には仲間がいるはずだ。例え凄い力があったとしても、たった一人では出来ることはあまりないはずだ。


(俺の近くにいて、俺に意見を言える相手。そいつは……)

 バルトロだ。

 そう考えると、今まで何か有るごとにアイツが近くにいたのは、偶然でも何でも無い。

 俺を操るために側に居たのだから……。

(ふむ。この可能性は、大いに有りだな。

 他に怪しいヤツはどうだ?)


 バルトロが以前言っためぼしい連中。盾の男。ドアマン。元マフィア。

 それ以外で、恐らく、わざと言わなかった相手。


(あの女か)

 昨晩出会った謎の美女。アイツも相当怪しい。

 他にも居るのだろうが、思いつくのはこの二人だ。

(あの女。少し探りを入れてみるか……)

 次に奴らがどう動くのか、少しでも手掛かりが欲しいものだ。




(さて、あの女は何処にいるのかな?)

 一際目立つ容貌だ。見つけるのはそれほど難しくないはずだ。

 俺は、昨晩彼女が食事をしていた場所へ向かう。


「おい」

 ドスの利いた声。誰かと思い振り返ると、昨晩派手な女を狙っていた大男であった。

「ああ、あんたか」

 血走った目で俺を睨め付ける大男。右の頬が腫れ上がっている。

「どうした。随分と男前が上がっているじゃねえか」

「テメエ、しらばっくれやがって」

 大男は顔を真っ赤に染めている。こめかみの血管が、クッキリと浮かび上がっている。

「おまえと、あの女に用事があるんだよお、少し面貸せや」

 とチンピラ感丸出しだ。

 ただ、頭に血が上っていても、流石にここで乱闘は避けたいようだ。


「へえそうかい。で、あの女は何処にいる?」

「けっ、向こうであんたをお待ちかねだぜ」

 大男の指さす方角、寂れた小屋がある、崩れそうな軒下に男女がいる。


 大男の連れと、鎧の男、それから気弱そうな男がいる。

 女たちは知らない顔ぶれだが、一人だけ見知った顔がいる。

 あの派手な女である。


 すまし顔で、俺たちの成り行きを見ている。昨晩のことがあったのに、この大男と手打ちを終えたのだろうか。

 それとも何らかの思惑でもあるのだろうか。


(丁度良い。引っかき回して化けの皮を剥いでやるか)

 俺は素直に肯くと、大男の後を付いていくことにした。



「へへ。素直に着いてきた度胸だけは買ってやろう」

 と、寂れた小屋に到着するなり、大男は口を開いた。

 仲間と合流して気が大きくなったようだ。とんだ小物である。


「俺は一人で何処にでも行けるんでね。

 まあ、誰かさんはお仲間さん方とつるまなけりゃ何も出来ないようだけどな」

「このガキ」

 大男が殴りかかろうとするが、

「待てっ!」と誰かが一喝する。


 声の主に、みんなの視線が集まる。

そいつは大きな左手に携えた屈強な男だった。

 頬や額に目立つ傷跡。歴戦の傭兵の雰囲気を漂わせている。


 俺と、盾の男と目が合う。

「あんたが呼んだのかい?」

「ああ」男はゆっくりと肯く。


「ふうん、手短に頼むぜ。俺はあんたにゃ用事は無いからさ」

俺は派手な女に目を向ける。彼女は妖艶に微笑んでいるだけだ。

(まったく。何を考えているのやら)

 場を引っかき回して正体を暴くつもりが、逆にされてしまったようだ。


 

「ククッ。そう邪険にするなよ」

男の無骨な顔。への字だった口元が、ニヤリと上がる。

「仕事だ」そう言うとサーベルを抜き払った。

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