第14話 ここが分岐点です

「占い師。侍と派手な女が接触しました」と、渋い顔をした伊達男さんが、わたしに会うなりそう切り出してきました。


「はい。観ていました。そして、「彼ら」との接触が早まったことも……」

「異教徒どもですな」

 伊達男さんは忌々しげに言いました。

 かの国の使徒も動き出したようです。

 彼らもこの舞台の大事な役者です。

 よって役割は暗殺者としておきましょう。

 暗殺者、という不吉な名前の通り、彼らは忍び寄る死の影そのものですから。


「ええ。そうですね」

 わたしはため息を一つ吐きました。

「ですが、そのお陰でお侍は蔵の仕掛けに気づいたようですよ」

「……侍は、『秘密』にまでたどり着いたのでしょうか?」

「いいえ。そこまでは観られませんでした」

 わたしはゆっくりと首を振る。

「そうですか。残念ですな」


 蔵の秘密にまで、お侍がたどり着くことが出来たのでしょうか。

 もどかしいさでいたたまれなくなります。

 わたしの水晶玉でも見ることが出来ない謎があるのです。


 その謎がとてつもなく複雑なのか、簡単過ぎてわたしたちの誰もが見過ごしているのかが判断できません。


 わたしも「現場」に出向きたいのですが、それが出来ない理由があるのです。


 ひとつは至極単純な話で、わたしに戦う力はありません。

 治癒魔法は得意だと自負していますが、攻撃魔法はてんで駄目なのです。

 目眩ましやかく乱は出来ますが、それも下準備が必要となります。


 この拠点を確保するにも、事前の下準備が必要でした。

 これからはわたしの予知でも不確実な要素が増えて行くでしょう。

 それだけ人手が必要となるのです。


 詰まるところ、わたしは誰かに守って貰わなければ前線で行動出来ないのです。

 わたしを守るだけでも余計な労力が増えてしまいます。

 そして遠からずのうちに必ずや、彼ら「暗殺者」と死闘を演じなければならなくなるでしょう。


 その覚悟はわたしとてあります。

 が、それは秘宝スフィアの入手に失敗しても、取り戻せる可能性が有る時だけですから。

 無茶な作戦で、親愛なる同士である伊達男さんに派手な女さん、わたしを慕う方々を死地に向かわせるのは、わたしの本心ではありません。


 二つ目の理由、それも単純な話ですね。

 わたしはその現場に向かうのは、明明後日だからです。

 そのことは事前に予知しています。


 ただでさえ下がってきている秘宝スフィアを入手する可能性、すなわち予知の精度。

 それをわたし自らを引き下げることは出来ませんからね。

 予知の精度を引き下げる一番大きい要因。

 それはわたしの「視点」ではなくて、他者の「視点」を借りているからです。


 他者の視点。それはお侍の視点を借りて得た情報を元にして、逆算して「演出」しているのです。

 その「演出」をわたし自らが改変することは得策ではありません。

 水晶玉で見通せる可能性を更に下げるだけになるでしょう。


 今、お侍が観ている事は、わたしには分かりません。

 秘宝スフィアを手に入れる可能性の分岐、未知の領域なのです。



 わたしは予言者なんて偉そうなことを演じていますが、要所要所の結果を逆算して、お侍を誘導しているに過ぎませんからね。

 今も、心が挫けそうな所を、伊達男さんや派手な女さんにも見せまいと、平然なフリをしているだけなのです。


 わたしは水晶玉の色を見やります。

 赤紫色。当初の予定からの逸脱よりも、早いペースです。

 誰かの意思が変わったのでしょう。

 それがお侍なのか、暗殺者なのか、それとも両方なのか。


「……赤紫色ですな。

 占い師、浮かない顔をしておられる。不足の事態が起きたのでしょうか?」

「今のところは何も起きていませんが……。良くない兆候ですね」

 わたしは二人に顔を向けます。

「火事が起きるでしょうね」

「ですが、これはもう少し先のことではないでしょうか」と派手な女さん。そう。「火事が起こる」のは、明後日のはずなのですが……。


「お主が侍と接触したことで、未来が変わったのかもしれぬ」と伊達男さんは厳しい視線を派手な女さんに向けました。

「うう」見る見るうちに派手な女さんの顔色が悪くなっていきます。


「占い師。済みませんでした」と派手な女さんが深々と頭を下げる。

「派手な女さん。お気になさらずに」

「暗殺者もかの国の使徒。大まかな流れを知っていても不思議ではありませんから」

「ですが、我らの行動が代わってしまいますぞ?」

「ええ。それは致し方ありません」


 まだ未来はわたしの手の届く範囲にあります。

「裏方さんに少し手を回して貰わなくてはいけなくなりそうですね」

 裏方さん。

 彼らはこの館に出入りする方たちと顔見知りになった教会関係者の方たちです。

 もちろん教会関係者だということは、おくびにも出さないで、ただの商家の使用人という丁を取っています。


「彼らの正体をばらさないように気をつけなくてはなりません。どうやって渡りを付けようか……」

「では、その役目は自分に」

「……中々に難しい事ぞ。悪目立ちをすれば暗殺者に始末される恐れがある」

 伊達男さんは険しい顔になります。

 裏方さんとの連絡の厳しさ。それは仕方ないことでしょう。

 暗殺者たちも情報収集は特に気を遣っているはずですから、新規の雇用者である派手な女は、特に目を付けられていても不思議ではありません。


「そこまで派手に動くでしょうか? 彼らも未だ正体がバレるのは拙いと思っているのでは?」

「慎重にして大胆。彼奴らを侮ってはいかぬ。お主の腕前は知っておるが、それでも安心は出来ぬよ」

「ふふ。ご心配無用です。私は逃げ足には自信がありますから」

 それに伊達男はまだ動けないのでしょう」

「ああ。まだ我は勝手に動けまい。無理をさせて済まぬ」頭を下げる。

「ふふ。貴方が謝るなんて、明日は雨が降りそうです」と、派手な女さんは戯けて見せました。


「派手な女さん」

「はい。占い師」

「無理は禁物ですよ。秘宝スフィアの入手はわたしたち教会の悲願ではありますが、貴女を失ってまで手に入れたいとは思いませんから」

「貴女まで。ご心配には及びませんよ」


「予定を繰り上げる必要があるでしょうね」

「ならば『道具』の使用許可を願います」と伊達男さん。

「はい。なるべく穏便に済ましたいのですが、可能ですか?」

「はい。既に準備は終わっております」

「では、正午過ぎにお願いします。そこはまだ変化していないはずですからね」

「はっ」「了解しました」伊達男さんと派手な女さんは騎士の礼をしました。

「はい。わたしも『扉』の対処を進めて起きましょう」

「女神様の祝福を」わたしは二人に祝福を授けました。


 二人が出て行くと、わたしは椅子に身体を預けました。大きな深呼吸を二つ履きました。

 もうこれからは、穏便に済ませられる可能性は減る一方となるでしょう。

 ですが、それでも、わたしは秘宝スフィアを手に入れなくてはならないのです。

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