第13話 蔵の扉は……

 大男が扉の奥から担がれて出てきた。あれはドアマンだ。

 屈強な男がだらしなく男たちに抱えられながら出てきた。

 その顔は土色で、まるで何日の間、飲まず食わずに過ごしたようなやつれ具合だった。


(おかしいぞ。

 確かにあの扉の奥からは、相当な邪気が出ているが、あそこまで疲弊するはずはないのだが……)

 警備の男たち。交代の時間だ。

 男たちの声は、ここまで届かない。

 唇の動きを読む。読唇術だ。


『コイツ蔵に近づきすぎたな』

『全く、見た目よりも律儀なヤツだな』

『まだ死なれては困るぞ』

『薬を飲ませておくか。……そちらを持ってくれ』

『ああ』

『クッ、野郎重いな』

『全くだ。デブは始末に負えねえぜ』

『ほれ、しっかり持てよ』


 ガウディーノの直属の部下たちは、ドアマンを抱えながら立ち去る。

 犬も主に付いていった。

 これで見張りは誰も居なくなった。

 俺は忍び足で、扉へと向かった。



 扉の前にたどり着くと、扉は静かに、独りでに閉まり始めだした。

 中に入って詳細に調べてみたかったが、時間は少ない。

 これでは、中にはいれない。中から外に出る手段が判明していないからだ。

(クソッ、何か手掛かりは無いのか?)

 俺は力を使う。

 瞳に宿る氣は、見えないはずのモノさえ浮かび上がらせて見えるのだ。


(床に六芒星か? それと……)

 薄暗がりの中、正面の扉の奥に、もう一つ扉があるのが分かる。

 その扉は奇怪な色をしている。

 それは薄い桃色で、静かに、確かに脈打っている。


 その扉は生きている。

 ナニかの皮膚で覆われているが、脈動が聞こえてくる。


 俺は瞳の力を込める。浮かび上がるモノ。

(コイツはっ)

 伝え聞く禁呪の類い。

 人の世に有らざるモノの力を使ったものだ。


(ったく。ろくでもないモノ使いやがって)

 思わず舌打ちする。

 異国の歴史故、俺もそれほど詳しくない。

 が、この国に伝わる歴史の暗部を知っている。聖女の対となる存在。悪魔が居ることを。


 悪魔と契約をすれば、絶大な力を得るという。

 悪魔の力を借りてでも、中に隠して納めておきたい品が存在する。

 あの呪われた扉の奥には、それほど重要な物があるということだ。


(すると、館の中にある大金庫に納めてあるのは秘宝スフィアではない。

 蔵の奥に隠されている品物が、秘宝スフィアではないのだろうか)


悪魔。この世に介入してくる、質の悪い物の怪だ。

 扉に宿るモノ。そいつは人の世に存在してはいけない。

 そいつをこの世に引き留まらせる為には、人が保つ強い生命力、言い換えれば魂が欲しいはずだ。


 よって悪魔と契約して、己の魂か、他者の魂が必要だ。

 手っ取り早いのは、誰かを殺して生け贄にすることが有名だという。


 ガウディーノは、自分の命は惜しいはずだ。

 だから、自分の身代わりとして俺たちを雇ったのだ。この蔵の前を警備させることで、担当者の魂を吸わせていたのだろう。

 これで納得した。

 ガウディーノが、腕自慢のゴロつきたちを雇ったのは、あの扉のエサにするためだ。


 ただ、不幸中の幸いとでも言うべきだろうか、ガウディーノでも使役出来るのだから、上級悪魔とは思えない。

(扉から発せられる邪気は、下級悪魔ではない。

 ならば中級か。

 俺とてコイツを相手にするのは相当厳しいぞ)


 相打ち覚悟で戦えば、勝利するかもしれないが、その後を考えればそんな無茶は出来やしない。

(あの占い師は、この蔵の中を知っていたのか?

 ならば、俺の力が必要だというのは、扉の悪魔を相手にして欲しいと言うことか……)


 悪魔の相手なんて、並の人間では不可能だ。

 それこそ教会の本領発揮というところだ。


(待てよ。あの占い師が本当に聖女サマならば、大司祭を複数連れてくればどうにかなるはずろうに)

 それをしないのはおかしい……。

 そんなことを許せる状況ではないのか。やはりガウディーノと同様に俺を使い潰すつもりなのだろうか。


(……このまま馬鹿正直に、アイツの言うことを聞くのは危険だな)

 俺も対抗する手札が欲しい。

 もう少し蔵の周囲を調べてみるとしよう。



扉の強烈な邪気で感じなかったが、この蔵の周囲にも複数の邪気を感じる。

(邪気というよりも怨念に近いな)

 未だ生きている。

 いや、生かされていると言うべきか……。


(この感覚は?)

 不思議な感覚。以前これと似た仕掛けを見たような気がする。

 どうもあの扉とは系統が違うようだ。


 か細い生命力を頼りに仕掛けを見つけ出した。

 巧みに偽装されているが、俺の瞳は誤魔化せない。


「これか」

 俺は仕掛けの一つ、ミカン箱ほどの小箱を見つけた。

「この仕掛けは確か……」

故郷で見たものに似ている。これなら俺でもどうにか出来そうだ。

 俺は慎重に蓋を開けた。


「酷いな」

 傷だらけの子犬。

 急所は外されているが、このままでは長くは保たないだろう。


「悪いな。手持ちがこれだけしかないんだ」

 軟膏を塗る。水筒から水を注いだ。

「お互い運があったら生きてあえるさ。あまり期待しないで待っていてくれよ」


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