第12話 月夜の密会

日が沈む前に食堂に着いた。

既に食堂は混み始めている。

(あの占い師は何をどうしているのやら)

まだ普通に料理を作っているようだ。


俺は話しかけようかと思ったが、未だ「犬」とは何も起きていない。

 占い師の予知の結果は分からないままだ。

(今話しかけても煙に巻かれるのがオチだろう)

 俺は話しかけるのを思いとどまった。



「まだメニューを決めていないのか?」とバルトロ。

「ああ。この地方は何が旨いか分からなくてな」

「じゃあ、オレと同じのにするか? 旨いワインも教えるぜ」

「そうだな。そうしようか」

 俺はバルトロのお勧め料理を頼んだ。

(まあ、今は食事を楽しもう)



 食事は案外豪華だ。

 もちろん雇われの身だから、レストランに出てくるような高級品が並べられているわけではない。

 だが品数は多いし酒も出てくる。

 館の外には、出ることは出来ないので、食事だけが楽しみなのだ。

 羽目を外して飲み食いするヤツもそれなりにいる。


「ガウディーノの旦那は気前がいいぜ」

「そこが親父の良いところさ」

「なあバルトロ」

「ん?」

「蔵には、ガウディーノの旦那のお宝があるって聞いたんだ。

 何が入っているんだ?」

「ああ、あの蔵の中身か……。お

 前さんも気になるのかい?」

「まあね。

 あれだけデカい蔵だ、さぞかし立派なお宝が眠っているのだろう?」

「そうだな。

 オレも実際には見たことはないが、色々なお宝があるそうだ」

「幹部でもか」

「ああ、オレは新参者だからな」と戯けて肩をすくめて見せた。

「蔵の中には、相当ないわく付きの道具があるらしぜ」

「ほう」噂は本当のようだ。


「なら、他の連中が警護しているのはその蔵だな」

 門よりも警備する人数は多かった。

 やはり蔵にはかなりの値打ちものの、お宝が入っているのだろう。

「だが、本館の大金庫に入れて置かないんだ?」

「さあな。

 価値は有っても大した値段ではないんだろうよ」


「ふうん」

 バルトロも中身は知らないようだ。

 まあ知っていても俺みたいな雇われた下っ端に教える義理はないからな。



 警備を早く終えた男たちの中には、既に酔い潰れる連中も出てきている。

 男たちの色々と熱い視線の先には、数少ない女性陣たちに向けられている。

 その視線を独り占めしているのは、あの赤髪の美女だ。


 美女を口説こうと絡む大男、はやし立てる大男の相方。

 美女は誰も居ないかのように相手の女と話し続けている。


「おーお、諦めないねえ」

 俺は旨い飯を楽しみながらも、周囲の気配を探る。

(そろそろ現れる頃合いだと思うのだが……)


 くじ引きで見た顔ぶれ。バルトロと知己の幹部たちだ。

 警備当番を終えたのだろう。


(一組外れたか……)

 これで犬の数も減る。これは良い機会だ。

 俺は、食事に来た幹部に氣を当てて、俺たちの方に振り向かせた。


「ん? おおバルトロじゃないか。お前も夕飯か」

 幹部はバルトロに気づいた。

「ああ。オレも今来た所さ」

 バルトロは会釈した。

「俺はお邪魔かな?」と俺はバルトロを見やる。

「悪いな」と少し困り顔のバルトロ。

「まあ、同僚同士で親睦を深めてくれ」

 俺は料理をかっ込むとソソクサと立ち去る。



 ドッと歓声が沸き上がる。

 俺は何事かと思い振り返る。

 見ると妖艶な美女が大男を投げ飛ばしたようだ。

 大男の知り合いも口をあんぐりと開けて棒立ちだ。


 大男を投げ飛ばしたのは、長い赤髪の端麗な女だ。

 すっと立ち上がると、その容姿が一際目立つ。

 服装の色合いは目立たないのだけど、この女の場合は風貌が凄い。

  出てるところはしっかり出ていて、くびれる所はくびれている。

 要するに派手なのだ。


「こ、この女」我に返った男が、派手な女に飛びかかる。

 彼女はヒラリと躱すと手首を掴み、綺麗に投げ飛ばした。派手な女は柔術の心得があるようだ。

 あっという間に残りの一人も締め上げると、小馬鹿にしたような微笑みを浮かべ、食堂を去って行った。


(へえ、やるもんだな)

 俺は感心しながら彼女を見送った。



「ううっ」投げ飛ばされた男の意識が戻った。

 介抱される大男を、あざ笑う用心棒たちの声。

 大男とその仲間は顔を真っ赤に染めて、派手な女を追いかけて行った。

 彼らが向かった先は、あの蔵のある方角だ。


(これは、好機到来ってヤツだな)

 どうやら一悶着が起こりそうだ。

俺は、大男たちの後を付いていくことにした。


そろそろ蔵が見え来る場所だ。

 大男は派手な女に追いついたようだ。

(あの女も待っていたのか?)


 派手な女は、女性たちの宿舎へは向かわなかったようだ。

 どうやら鬱陶しい酔っ払いたちと、決着を付けるつもりなのかもしれない。


(アイツらの他には……)

 警備の男たちは姿を見せない。何があったのだろう。

(ふうむ)

 ここは考えどころだ。

 あの女なら、酔っ払いたちを倒すのは造作も無いだろう。手助けするほどの相手ではない。

 上手いこと行けば、警備の連中と鉢合わせになる。

 少し様子を見ることにしよう。


「よくも恥をかかせてくれたなあ」

「へへ、身体で払ってもらうぜえ」

 とチンピラそのものだ。

 先ほどの二の舞かと思ったが、今度は刃物を取り出す。

 コイツらは、頭の中身が軽そうな雰囲気そのままで、何も考えていないようだ。


「へへ。顔は傷つけるなよ」

「まあ、手足が無くても楽しめるしなあ」

 とゲスな考え。


 刃物を持った三人が相手だ。

(仕方ない、助けに行くか)

 俺はさっさと背後から氣を当てる。

 後ろからの不意打ちだ。

 延髄に手刀を当てると、大男はあっけなく崩れ落ちた。


「え」間抜けな声を出す相方も、容易く後ろを取ると、同じように手刀で眠らせた。

 残りの男が身構える前には、既に派手な女は動いていて、残りも地面に叩き付けた。

 喧嘩と呼べるものでなない。あっけなく決着がついたのだった。


「別に助けてくれなんて頼んでないよ」と派手な女は、強気な台詞を吐く。

 まあこの女ならば酔っぱらいの二三人は軽く捻り飛ばすだろうが。

「ああ。別にあんたに恩を着せるつもりはないんだが……」


(ん)

 俺は殺気を感じる取る。

「危ない」

 声と同時に、小手で何かを弾く。甲高い金属音。


 更に二つ目、よろける派手な女。

「頭っ、伏せろ」三つ目。それは刀で弾き落とした。

「くっ」

 月が雲で隠される闇夜だ。

 二間先に誰かいる。

(アイツか)暗器を投げつける寸前まで殺気を感じさせなかった。

 その殺気でも大した強さでも無かった。


「やるなあ」

 雇われた男たちの中に、これほどの手練れがいるとは思わなかった。

 どこかの上忍か、いや異国なら暗殺者(アサシン)か。

(まだやる気か)

 不意打ちを防がれ、二対一となった。暗殺者は明らかに不利である。


 俺が刀を構えると、相手は殺気を消して、暗闇の中に溶けるように消え去った。

 暗殺者と入れ替わるように動物の鳴き声が聞こえてきた。


(犬か)

 警備の連中が戻ってきたようだ。

 地面に寝転がる男たちのことを、どう言い訳しようかと考えていると、

「早くコイツらを隠すんだよ」

「あ、ああ」


(素直に警備の連中に話せば良いのに……)

 襲われたのに、それを隠そうとする。

 この女もばれるのは都合が悪いようだ。


俺も、伸びた男たちを木の裏側に隠すのを手伝った。

「さて、次はあたしたちだ」と派手な女はニッと笑い、ぐいっと俺を引き寄せた。

「お、おい」

「黙ってて」

 俺は派手な女に抱きつかれてしまった。


(あんた、これでも飲んでな)

(む、ぐぐ)喉が灼けるように強い酒を飲ませてきた。

(ウイスキーか)

(いいや、グラッパだよ)

 馬鹿みたいに強い酒を薄めずにガブ飲みさせてきた。

(俺はウワバミじゃねえぞ)

(しっ、静かにしな)と唇で俺の口を塞いできた。


「誰だ? 誰かいるのか」と男の険しい声。

「こっちじゃねえ。向こうだ」

 男たちが近づいてきた。

 それに対して派手な女は、

「あ、んん」と、艶っぽい声で答える。


「お楽しみの真っ最中だ」と男の呆れ声。

「ああ、兄さんたち。邪魔しないでくれるかい?」色っぽい仕草。頬に接吻の跡。

「お楽しみかよ」「け、羨ましいことだ」

 呆れかえった警備の男たちは、さっさとこの場を立ち去っていった。


「……行ったよ」と言うなり、派手な女は俺をさっさと退かす。

「おい、あんた」俺はジロリと女を睨む。

「あんたの出番はもう少し先だよ。

 まだあんたが動くには早いのさ。色々とね」

 派手な女は、軽く片目をつむると悠々と立ち去っていった。

「はあ、何だよ」

 あの女も何か企んでいるのだろう。それに、新しい同業者も増えたようだ。

 頭の中を、少し整理しよう。俺は大きな深呼吸をした。


 あの暗殺者は、ガウディーノの部下じゃない。

 部下ならば、警備のヤツと一緒になって、俺たちを襲ってきたはずだ。

 そして、派手な女の味方でもない。


 暗殺者が狙ったのはあの女の方だろう。

 俺は巻き添えを喰らった形だろうな。


 そうなると、派手な女は占い師の味方と言うことか。

 それなら、俺を匿う(巻き込まれた)のも納得は出来る。

(まあ、何時まで味方とは限らないけどな)

 俺と占い師の利害が成立する間は味方、そんな関係だろう。


 ――そして

 俺は暗殺者が居た場所を見やる。

(あそこならば、都合が良いはずなんだ)


 俺は、暗殺者が居た場所、高い木々の上に登った。

(間違いなく見えるはずなんだ……)

 俺は慎重に木の枝をかき分ける。

 巧みに枯れ枝を重ねている。


(ほら見えた)

 木々の隙間。握りこぶしほどしか見えない先に、蔵の扉が見えた。

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