最終話「玄宗学園高校の楊貴妃」ー7

「そーた、先のごどまで考えでるのが。如月は偉えなあ」


 強羅が、本気で感心したような表情をしたので、妃美子の心がチクリと痛んだ。


(まだ、ちぐ吐いぢゃった……でも、この場合は仕方ねえよね)


「強羅、前に、屋上で私のごど助げでぐれだべ? そのごど、父ぢゃんと母ぢゃんに話してがら、うぢの父ぢゃんが『ぜひ、剛くんを、妃美子ひみごの旦那に!』って騒いじゃって大変なんだよね。そーだごど言われだって、強羅、迷惑だよね?」


 妃美子は冗談に聞こえるように、必死に笑顔を拵えて言った。ドクドクと心臓が早鐘を打つ音がした。


「まあ……俺は、後継ぎって言っても次男坊だしな……かぶ農家も、悪ぐねえがもな……」


 強羅が発した言葉に驚いた妃美子は、思わず、強羅を見上げて、強羅の目をじっとみつめながら、


「えっ? 今、何て言ったの? 聞ごえながったから、もう1回言って!」

 と言った。


「な……何でもね……」


「やだ! もう1回言ってよー!」


「何でもねって……」


 茨城方面へと向かう電車が、徐々にスピードを落としながら、どっしりと腰を下ろすように指定の位置に停車した。車体が吐き出す生温い吐息と残暑の熱気に晒されて、思わず、妃美子は、


「もうっ! めっちゃ暑いっ!」

 と言った。


「ほらっ! もだもだしてるど、置いでいがれるぞっ!」


 そう言いながら、強羅は、妃美子の手を引いた。


「強羅の手、大きいね」


 妃美子は、頬をポッと赤らめた。


「そうが?」


 なぜか、強羅の顔も赤くなっていた。


「あー、暑い、暑い!」


 2人は、照れ隠しをするように言いながら、冷房が効いた車内へと乗り込んだ。


 強羅と妃美子が、夫婦になって、ピンクの軽トラを乗り回し「如月農園」を切り盛りするのは、まだ少し、先のお話。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玄宗学園高校の楊貴妃 喜島 塔 @sadaharu1031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ