最終話「玄宗学園高校の楊貴妃」ー6

「どうした? ため息なんかいで」


 妃美子の頭上の遥か上から野太い声が聴こえてきた。


「ひゃっ! 強羅が! 驚かさねえでよっ、もうっ!」


 驚いた妃美子は、子うさぎのようにピョンっと跳ね上がった。ツインテールの髪も一緒にジャンプした。


「驚かせちまったが。そいづはすまねえ。なんだ? 悩みでもあるのが?」


「うん……明日までに進路希望調査を提出しなぎゃならねえんだげど、まだ迷ってで……ご……強羅は、もう、決めだの?」


 妃美子は、このタイミングで強羅に偶然会えたチャンスを無駄にするまいと、勇気を振り絞って尋ねてみた。


(この話の流れで訊ぐのは自然だよね?)


 心臓がバクバクしているのを、強羅に気付かれないように、妃美子は平静を装った。


「ああ! 俺は、“東都農大” が第1志望だ!」


 妃美子は耳を疑った。


「へっ? 強羅は、柔道が強い大学へ行ぐんじゃねえの? 柔道部の仲間だぢが、強羅と藪塚には、スポーツ推薦ぎでるって噂してだよ」


「ああ、知ってだのが? その話は、残念だが断った。うぢは農家だがらな。兄貴が継ぐんだっぺけど、俺も農作業は好ぎだがら。農業のごどを大学でしっかり勉強しておいで損はねえがらな!」


 そう言って、強羅は、豪快に笑った。


「……も……私も、“東都農大” に行ぎだいど思って……」


「なんだ。それなら悩む必要ねえじゃねえか? 如月の成績なら余裕で合格できっぺ? いったい何を迷ってるんだ?」


 さすがに、強羅と同じ大学に行きたいのに強羅の第1志望を訊く勇気がなくて、と言うわけにもいかず、


「ほら……うぢは、兄ぢゃんが後継ぐ気ねえがら、私が継ぐ予定なんだげど、うぢみだいな小せえ農家に婿養子にぎでぐれる人いるかなあって思ったら悩んじゃって……」

 と言った。

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