最終話「玄宗学園高校の楊貴妃」ー5

「あっ! そういえば、平野Kaiserくんはどうするんだろ?」


 すっかり、平野Kaiserのことを忘れていた妃美子が、慌てて楊華に尋ねた。


「もうっ! 2人とも、平野くんMy kaiserのこと忘れてたでしょ?」


 楊華が、ギロリと貴衣と妃美子を睨んだ。


「そ……そんなこと……ないよ……ね?」


 貴衣と妃美子がハムスターのようにオドオドしながら答えると、


「もうっ! 冗談だってば! My Kaiserの第1志望はね、東大よっ!」


「ええっーーー! 東大―――?」


 貴衣と妃美子は、驚きのあまり、椅子からずり落ちた。


 教室のいちばん後ろの席に鎮座している平野Kaiserが、楊華がプレゼントした特注のもふネコメガネの真ん中のブリッジの部分を人差し指でクイっと上げて、楊華の方に一瞬視線を飛ばしたが、すぐに、何事もなかったかのように『もふネコエカチェリーナ大辞典』の続きを読み始めた。


「もうっ! 大声出さないでよー! これ極秘情報なんだからぁ」


 貴衣と妃美子の唇に、楊華の白く長い人差し指が当てられた。


「だって、平野kaiser様、学内の試験ではいつも真ん中くらいの順位だよね? それに、もふネコの本とかお読みになってらして、随分とのんびりなさっているなあって思って」


 妃美子は、正直に思っていることを言った。すると、楊華は、ウフフと嬉しそうに笑った。


「そう思うでしょ? 2人とも、この前の全国模試のトップって誰だか知ってる?」


「えー。自分の成績しか見てないからわかんなーい」


 2人が声を揃えて答えると、楊華はしたり顔で言った。


「なんと! 私のダーリンMy Kaiserなのよね! 貴衣、私のダーリンMy Kaiserがごめんねっ」

 

「えええええーーーーーーーーーーーーー!」


 貴衣と妃美子は、驚きのあまり、再び、椅子からずり落ちた。


 実を言うと、妃美子の中で、第1志望はとっくに決まっていたし、両親も大賛成しているので、出そうと思えば進路希望調査はすぐに提出できるのだが、強羅の第1志望がわからない、もやもやした気持ちで提出することが躊躇われたのだ。柔道のインターハイの個人戦に出場し好成績を収めた強羅には柔道強豪大学からのスポーツ推薦の話がたくさんきているようだったから、強羅は、きっと、その中から進学先を決めるのだろうと、妃美子は思っていた。


(彼女でもねえのに、同じ大学に行ぎだいどが言ったら、うざがられるよね……)


“玄宗学園高校前駅” のプラットフォームで電車を待ちながら、妃美子は重いため息を吐いた。

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