未来を創るのは……

 あれから俺と真希は再び付き合うことになった。


 向こうのお母さんはとてもビックリしていたが、いい年した大人が2人で決めたのならと交際を了承してくれて、折角ならと生活費を抑えるために一緒に暮らさないかと提案を受けた。


 俺としても少しでも支出が抑えられるのは助かるし、なにより彼女と長く一緒にいられるというのはありがたい話だった。


 そしてお互いに学校を卒業した後、俺はとある商社に就職。彼女は派遣社員としてとてもホワイトな会社に務めて3年後、正社員として採用された。


 こうしてお互いに生活基盤が整った中での同居生活。お母さんも一緒に暮らしているので、同棲と言うよりはマスオさん的な感覚だけど、とても充実した毎日を送っている。


 実家では感じることのなかった家族の温かみが、こんなに心地よいものなのかと実感しているんだ。


 そんなわけで真希との関係も事実婚みたいな状態。ご近所さんも既に夫婦だと思っている人が多いので、あとは法的に正式な夫婦となるだけだと30になるのを目処に婚姻届を出そうと話をしているくらい、平穏な毎日だった。


 久しぶりに聡太郎から連絡がくるまでは……




「だたいま」

「お帰りなさい。どうだったの?」

「ちょっと理想が先行しがちだったけど、悪い人じゃない。なにより、あれだけの熱量は俺には持てないよ」

「聡太郎君が紹介してきただけのことはあるね」

「元々俺に義理立てする筋合いも無いのにわざわざ声をかけてくれたんだ。加害者の家族としては、何か1つでも償いの姿勢を見せないとね」


 聡太郎から来た連絡。それは我が血縁上の兄と呼ばれる者が15年の時を経て、また凶行に至ったというものだった。


 被害者は同業他社の社長の血縁で、相手の社長は大層ご立腹。刑事事件も辞さない覚悟だそうで、次の選挙での議員引退が示談の最低条件。


「肝心の長男様は犯罪者だし、次男は絶縁状態のまま嫁さんの実家に婿に入ったから跡取りの望みはない。だからお前を跡継ぎにして、引退しても権力を維持しようと仕組んでいるらしいぜ」


 そのために聡太郎に圧力をかけて、成人式以来の同窓会を企画させ、それにかこつけて俺を実家に呼び戻そうとしているのだとか。もっとも、成人式の時は呼ばれなかったから、どうして今回俺が行くと思ったのかは不思議で仕方ないけど。


「それで連絡してくるなんてお前らしくないな。俺が行くと思うか?」

「分かってるよ。普通に行っても来ないだろうけど、もし良かったら力を貸して欲しいんだ」

「力?」

「お前に会って欲しい人がいる」


 その人は近々東京に来るらしく、俺さえ良ければ面会の時間を設けるから話をして欲しいと頼まれ、今日会ってきだのだ。




「それで、どうするの?」

「一度緑山に帰る。まさか実家の敷居を再び跨ぐことになるとは思わなかったけど、どうやら俺が引導を渡すことになりそうだ」

「なら、私も一緒に行く」

「いや、君は……」


 真希にとって、あそこはいい思い出のある場所ではない。


 たしかに中3の途中まで同じ学校に通っていたから、同窓会に顔を出せば歓迎する者もいるだろう。だが、それ以上に過去を蒸し返されるリスクもある。


 あの一件を話題にするのは表向きタブーとされているが、思いがけない訪問客の登場に酒の力も加われば、口さがない者が言わなくていいことを漏らす可能性は大いにあり得る。


 かと言ってその間、彼女1人を街の中でブラブラさせるわけにもいかない。あの街には都会とは違って、コーヒーチェーン店や満喫どころか、ファミレスすらなく、あるのは個人経営の飲食店だけで閉店時間も早い。


 飲み屋を兼ねたようなところなら開いているかもしれないが、彼女の素性を知る者に会ってしまえば面倒なことになりかねないしな。


「1人で背負ったらダメ」

「でも……」

「たしかに昔は誰にも頼らず1人で生きてきたんだろうけど、今は私がいる。それに、私だってある意味当事者だよ」


 俺が連れて行くのを躊躇っているのを見て、真希が絶対に付いていくと言って譲らないものだから、どうしたものかと考えた結果、俺は午後便の飛行機に乗って空港からバスで現地へ向かい、彼女は夜の最終便に乗り、レンタカーを借りて俺を迎えに来るという折衷案を採ることにしたのだ。



 ◆



 実家を後にした俺は、迎えに来た真希と共に県庁のある街で一泊し、翌日、とある会社を訪れていた。


「お疲れ様でした。そのご様子だと上手くいったようですね」


 応接に通されてややすると、2人の男性が入ってきた。そのうちの1人、俺の親父よりやや若い、60前後と思われる男性が俺の顔を確認すると、穏やかな表情でそう話しかけてきた。


「ええ、お2人のお望み通り、親父には跡を継がないことを宣告してきました」

「先生は何と?」

「勝手にしろと。議員を引退するかは分かりませんが、かなり気落ちしていましたし、今のあの人では支持者も付いてこないんじゃないですかね」

「そうかい。ま、引退しないなら示談に応じないだけだがね」


 鷹揚にそう語るこの人こそ、今回の示談相手。跡取り様が修行と称して世話になった挙句、姪御さんを傷物にされた会社の社長である。


「晩節を汚すくらいならさっさと身を引けとは言っておきましたので、それでも聞かぬならもう私の出る幕はありませんし、刑事事件にされてもいいのではないでしょうか」

「ハッハッハ、実の親に対して辛辣だね」

「ウチの内情、今回の件で社長も少なからずお聞きになったはずでは?」

「もちろんだ。だからこそ君に……東京だとこういうときは、アッポイントメントを取ったと言うのかな?」


 いかにも田舎の社長といった感じのおじさんで温和な雰囲気を見せているが、この地域の権力者という意味では彼に敵うものはそうそういない、地元に住むのなら敵に回してはいけない人物。


 そんな人がなんで俺に連絡をしてきたのかといえば、親父に穏便に退いてもらいたかったから。




 社長は地元選出の神谷衆議院議員の後援会長。親父は無所属だったけど、この議員さんとも懇意にしており、国政選挙で地元票を取りまとめる役割の一翼を担っており、社長とは古い付き合いだった。


 時が経ち、神谷議員も代替わりして今は息子の時代なのだが、この息子さんが若いながらに中々のやり手で、SNSなどを用いたメディア発信が上手く、国会では若手のホープ、将来の大臣候補なんて呼ばれていた。


 ところが親子ほど離れた年齢のウチの親父はこれが面白くない。世間一般では30代40代は働き盛り、会社の中心にいる人間だが、政治の世界ではまだまだひよっ子であり、親父も彼を若造扱い。


 もっと泥臭く地元周りをしろと言っているのに、テレビやメディアに出て知名度ばかりが先行して、何も地元のために役に立っていないじゃないかと批判的だったようだ。


 社長はそんな親父に対して、国会議員になってまだ数年、そんな中で彼は自分が党のために欠かせぬ人物であることを示し、少しでも発言力を得ようと将来のために種まきをしている時期なのだから。今はもう時代が違うんだよと宥めたようだが、そのあたりから親父と社長、神谷議員の関係が冷え始めていたらしい。


 そこへきて跡取り様の不祥事だ。センテンススプリングはもとより、郵便箱とか金曜日とか、大衆紙によって最近は地方議員のコンプライアンス問題もネット記事ですぐに話題に取り上げられて全国的な話題となることも多い。


 しかも神谷議員が若手登用の象徴として、次の内閣改造で副大臣だか特命大臣に抜擢されるともっぱらの噂で、支持者に醜聞があったせいでその話が流れては困るとなって切り捨てることになったのだ。


「嫌な役回りを頼んでしまい申し訳ない」

「いいんです。俺にはもうこれくらいしか役に立てることはありませんから」


 俺は親と縁切りして地元に帰ってくるつもりも無かったので、社長の申し出を突っぱねたって痛くも痒くも無いのだが、それでも話を受けたのは目の前のこの人に頼まれたから。


 社長の横に座る男性は根岸さんと言い、年は30代後半。前回の選挙で親父に僅差で敗れた候補者その人であり、先日聡太郎に会って欲しいといわれたその人だ。


 前回の選挙で、根岸さんは確たる組織票を持たずに大善戦した。それを見た社長が、見所のある若者だと目を付け、親父との関係が冷えてきたこともあって、内々に彼を神谷議員に引き合わせたところ、年の近い2人は話が合ったようで、水面下で次回選挙の後援を約束していたのだ。


 俺も彼に会って政策や理念を聞き、この人なら大丈夫だろうと感じたので話を受けたのだ。


 なにより聡太郎を含めた、平津の未来を担う若者たちがこぞって彼を支援しているのだし、神谷議員にとっても将来的な地盤固めのため、年の近い彼が地元にいることは大きなメリットだろう。


 そこまでお膳立てされていれば、親父が勝つ見込みはほとんど無かっただろうが、社長が選挙に惨敗して退かせるのは忍びないと、昔の誼で穏便に退く配慮だけはしてくれたというところ。


 元々姪御さんのために示談で済ませる腹積もりだったらしいが、本人の承諾を得て、今回の大芝居のための脅し材料に使ったのだ。




「本当はね、君が立候補するんじゃないかってちょっと心配だったんだ」

「俺がですか?」


 それなのに何故俺にこんなことを頼んだのかと思えば、聡太郎が『アイツが立候補することは絶対にない』と断言していたからだとか。ただ、根岸さん的にはいざ地元に戻れば思うところもあるのかもと思っていたらしい。


「ありませんね」


 俺はもう緑山の人間ではないし、地元のことは地元に住む者たちが考え動くべき。今さら俺の出る幕はない。


「そうか。それで君はこれからどうするんだい」

「新しい街で新しい家族と暮らす決意を固めているので、私事でこちらに来ることはもう無いでしょう。……根岸さん、もう離れてしまった人間ですが、緑山のこと、よろしくお願いします。聡太郎のこと、こき使ってやってください」


 協力しろと言ってきたんだからこれくらいは言っても構わないよな、聡太郎。


「ハハハ、言われなくても色々動いてもらうさ」

「そうでしたか。では帰りの飛行機の時間もありますので、これで失礼します。社長もこの度は愚兄がご迷惑お掛けしました」

「ご苦労様でした。しかし、君が長男だったら良かったのにねえ」

「いや、これで良かったんですよ。俺も東京に出て色々と見たから今があるわけで、あの街にずっといたら親父と何も変わらなかったかもしれません」

「元気でやれよ。アイツも長年の縁だ、最後くらいは看取ってやるから」

「よろしくお願いします」


 こうして俺は再び訪れるか分からない地元を後にして、真希と共に空港へと向かった。






――ピンポンパンポン……15時35分発、羽田行きご搭乗のお客様にご案内いたします……


「もう……ここに来ることも無いのかな?」


 空港ターミナルの館内に、羽田行きの案内をするアナウンスが響くたびに、もうすぐ故郷とは完全にお別れだなと感じていたら、真希も同じことを考えていたようだ。


「分からない。ただ、自分から来ようとは思わないだろうな」


 ……果たしてこれが正解だったのか分からない。もしかしたら違う道もあったのかもしれない。


 でも今は新しい人生を送ると決めたんだ。




――ピンポンパンポン……15時35分発、羽田行きの搭乗を開始します。ご搭乗のお客様は1番ゲートまで……


「時間だ。そろそろ行こうか」

「うん」


 真希と、そして将来増えるであろう新しい家族と……




 時計の針をもう二度と止めることがないように、未来を創るのは俺たち自身なのだから……

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止まったままの針 公社 @kousya-2007

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