最終話:勇者が童貞じゃダメだろ。

「それで。結局どうなったんだ?」


 騎士が。ジョッキに並々と注がれたエールを飲み干して、僕に尋ねる。

 あの夜から数日後。再び冒険者の店。

 僕は、自分でもわかるくらいに苦々しく顔をしかめて、緑茶などを啜っていた。


 夢魔サキュバスやその他人間に化けていた魔族は、冒険者や騎士団によって拘束された。

 幸いにも市民に死傷者はなく、街の被害は最小限で済んだ。彼女らも大きな抵抗は見せず、しばらくは収容所に入れられて様子を見ることになった。

 魔王が倒されてからは、人間の文明圏で生活しようとする魔族も増えている。彼女らは『まつろわぬもの』であるが、これから始まる平和の時代に向けて、融和のための政治的な動きもあるのかもしれない。


 そして我らが勇者パーティの騎士であるが。

 結論から言うと、彼は完全に勝利していた。

 いいや。そういった行為に勝敗を問うこと自体がナンセンスかもしれないが。数十人の夢魔サキュバスに一斉に襲われた上でも彼は正気を保ち、むしろ相手をした夢魔サキュバス達の方が根を上げていたほどだった。らしい。


 さすがのタフネス。 さすがは百人斬り。

 勇者パーティ最高の防御力を誇る『守護者』の名は、伊達ではない。


「足止めをくらってしまったため、冒険者達による勇者さんの『保護』は間に合いませんでした……」

 

 受付嬢さんが、テーブルに料理を持ってきてくれた。焼き魚とか、豆のスープとか、野菜や果物。そして各種のお酒。

 いつのまにか、彼女が僕を『保護』しようとしていたのだと、話がスリ変わっている。

 あの夜。咄嗟に放火や婦女暴行と言ってしまったのはあくまで『誤解』であったと、しかし魔族に追われる勇者を『保護』する必要があったのだと。後々に冒険者や騎士団には説明したのだろう。


「でも勇者さんが無事で良かったです。本当に……」


 明らかに。嘘である。

 それなのに平然としている、受付嬢さんが怖い。しかも、眼鏡の奥から覗く視線には、未だねっとりとしたモノを感じる。気がする。


「勇者様に『説得』されてしまったわたくし達は、もはや混乱を治める力は残っていませんでした」

「実際向こうも素人じゃなかったしね。糸は切られるし、人形は壊されるし、瓦礫はどかされちゃう」

「あは。でも階段の前で乱戦になっちゃったから、王城まで行けた人は一人もいなかったけどねー」


 神官、魔術師、戦士。彼女らも。王城を護るために奮闘したという形になっている。これに関しては、それほど嘘でもない。

 魔族、冒険者、騎士団は大階段の前で衝突し、乱戦状態に突入。泥沼の戦いは朝まで続ぎ、そして全員が平等に力尽きていた。

 とはいえ、けが人は大勢出たものの、死者だけは出さずに済んだ。これに関しては、勇者パーティの彼女らが尽力してくれたのだろう。


「おかげさまで。アヤメと勇者様は静かな夜を過ごすことができました。ありがとうございます」


 さっきから僕の隣に座り、僕の左腕に巻きつくようにして腕を組んでるアヤメが言った。

 王女としてのドレスではなく。それよりだいぶ薄着の、忍装束の姿で。


「いや、別にそのために戦ったわけじゃないんだけど……って言うかみんな知ってたの? アヤメのこと」


 こうして再び集まった勇者パーティ。アヤメの正体を知っても、僕以外は誰も驚いた様子を見せなかった。


「俺は元より近衛騎士だぜ? 王女については良く知っている。多少変装していても、歩き方のクセがいっしょだったからな。すぐにわかった」


 騎士が、ふんと鼻を鳴らしてみせる。

 かつて。後宮に侵入した12歳の僕を真っ先に見つけたのも、若き日の騎士だった。その時僕はこっぴどく叱られたし、なんなら殴り合いにもなっている。

 これを言うと怒られるが。騎士にとっては、王女はずっと偶像アイドルだったのだ。わからないわけもない。


「わたくしたちも、女の子同士というかなんというかで……」

「真っ先に気付いたのは、戦士だったっけ?」

「みんなで温泉行った時に、一緒に入ってくれたんだよね! 楽しかった!」


 女性陣としても。これである。

 ハクメンの使う体術に、アナトリアの武術が含まれてることは戦士も察していた。らしい。元々彼女の忍装束もアナトリアでは神楽の衣装として扱われていたのだとか。

 というか温泉でそんなことあったのか。女湯の状況なんて僕には伺い知れなかったけど。魔術師はその時点ではまだ魔王軍だったハズなのに、なんで一緒に入っているんだ。


「ごめんなさいあなた様。けれど。あまりに早くアヤメの正体を知ってしまうと、あなた様が死んでしまう可能性が高まってしまうので……結局、今まで正体を明かせなかったのです」

「そういうことなら、仕方ないけど……」


 アヤメの言っている理屈は全く理解できないが、そういうことなら納得するしかない。

 未来視の力。本当に恐ろしい力だ。アヤメはそれを、ただこの僕のためにしか使わなかったけれども。


「しかし。まあ。どうなんだい感想は?」

 

 そして改めて、騎士が僕に切り出した。


「何が?」

「童貞じゃ無くなった感想だよ。ああ、王女殿下の感想じゃねえぞ? それ言ったら殺すからな。お前は今、どんな感じのテンションなんだよ? 童貞じゃなくなった景色はどうだい?」

「あー……」

「いいえ。未だ童貞ですよ。勇者さまは」


 アヤメが。あっさりと白状する。

 ここはきっと面倒になるから、曖昧にしておきたかったのに……!


「あの晩の勇者さまは、大変お辛い様子でしたので……このアヤメが丁寧に、お手伝いさせていただきました。腫れが引くまで、そう。何度も。熱く。ねっとり……」


 そう。あの夜は。

 僕とアヤメは。いろいろしたけれど。要するに「本番」はしていない。していないのだ。


「だって。婚前交渉などしてしまったら、アヤメはともかく、勇者さまが国王陛下に殺されてしまいます。それは未来を視るまでもなく、明らかなことです」


 にっこり。アヤメが笑う。

 そして同時に、不穏な気配。


「では! 勇者はまだ使えるということだな!」


 突如テーブルの下から、僕の膝をよじ登ろうとする何者かがいた。

 いいや。女の子だ。小さい女の子。

 頭に大きな角を生やしている。魔族の少女だ。


「え!? 何、キミ、誰!?」

「余の顔、見忘れたか! ……いや、顔は見てないかもしれないな。兜をかぶっていたものな。余は」


 僕の膝に乗っかってくる幼女。

 いいや、でも確かに声とかに若干聞き覚えがある、ような……


「危機の増大を確認。マスター。離れてください」


 混乱していると、さらに僕の背後から女の子が現れた。

 銀色の髪と、青い目をした少女。頭の上に、金色の光の輪が浮かんでいる。

 

「え、解答者アンサラー!? ダメだよ勝手に抜剣しちゃ!」

 

 この女の子については覚えている。

 彼女は僕の使う聖剣解答者アンサラーの精神体。要するに剣の魂だ。普段は人には見えないが、抜剣するとこうして実体化し、その力を完全に引き出すことができる。

 その彼女がひとりでに起動するような脅威と言えば、この世に一つしかない。


「ぬはははは! 魔王の心臓が一つだけだと思ったか? そこな女の忍者には不死の力を断たれたが、余の心臓はまだ残っていた! 体は小さくなったし理力も失われたが、勇者の童貞ちからを奪えば余も再び――」

「ダメ。マスターの童貞ちからは当機が管理する。人間にも魔族にも渡さない……」


 ばちばちと。僕の膝の上で二人の女の子が火花を散らしている。

 いいや違う。二人だけじゃない。


「それは認められませんねえ……んふふ……」

 

 僕の隣でアヤメが立ち上がり、袖から刀を取り出し、抜き放つ。


「やはりそう言うことでしたら、まずわたくしに管を繋いでくださらないと。勇者様!」

「ほら勇者クン。魔王まで出てきちゃったよ? やっぱ早く棄てた方がいいって」

「あは! 勇者っちは強い子がいいよね? 誰が強いかここで決めちゃおうか?」


「勇者さんは私が保護します! ええ! サポートこそが私のお仕事ですから!」


 針と糸を。人形のぶら下がった杖を。石槌を。ペンと呪文書を。

 他の女性陣も、そして受付嬢すらも、それぞれに武器を構える。


 場が一瞬で、緊張に包まれた。

 そのど真ん中で僕は頭を抱えて、座ったままの騎士に再び問う。


「ダメ……かなあ?」


 騎士は両手を上げて、ため息をついた。


「ダメだろう。明らかに」

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勇者が童貞じゃダメだろ。 七国山 @sichikoku

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