エイプリルフールの怪談

如月姫蝶

エイプリルフールの怪談

 何度目かの電話で、「もしもし、私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」なんて言われて……ついつい振り向いたが最後、スプラッタなオチが待ち受けてるってわけだ。

 春休みのある日、俺んに集まった怪談好きのやつらを見渡せば、皆、菓子を片手に、そいつが定番の展開だよなと頷いていた。


 俺は、今まで生きてきた中で、手術ってもんを一度だけ受けたことがある。

 幼稚園で走り回ってたら突然、体を引き裂かれるかと思うほどの激痛に襲われたんだ。

 すぐに救急車を呼んでもらえたよ。五歳児がそんくらい泣いてのたうち回って苦しんだってわけさ。

 原因は、背中のこぶだった。生まれつきの瘤だったけど、どうせ脂肪の塊で無害だろうからって、ほったらかしにしてあったんだ。けれど結局、脂肪の塊でも無害でもなかったわけだな。

 

 手術の後、ひいばあちゃんが見舞いに来てくれた。ひいばあちゃんが持って来たブツのおかげで、またもやひいひい泣くことになったんだよ、俺は!

 人形というものは、持ち主の身代わりとなって災難を引き受けてくれるからとかなんとか言って、手作りのフランス人形なんて持って来やがったんだよ、ひいばあちゃんは……

 実は、ひいばあちゃんは、ちょっとは名の知られた人形作家でさ、昭和の昔からフランス人形一筋なんだよ。フランス人形ってのは、豪華なドレスを着た女の子の姿で、遊びに使うんじゃなくて、飾って眺めるタイプの人形のことな。

 夜、病室で、青いドレスの人形と二人っきりにされた俺の気持ちにもなってくれよ。

 夜中にふっと目を覚ますと、なんか見られてる気がして、何かが光ってる。それがフランス人形の目ん玉なんだぜ!……ってまあ、上等のガラス玉でできてたせいなんだけどな。

 五歳の俺はびびりまくって、結局、ひいばあちゃんにごめんなさいして、その人形は持って帰ってもらったんだ。

 ああ、手術で瘤を切り取ったおかげで、痛みはすっかり消えちまったよ。ぶり返すようなこともないぜ。傷跡は残ったけどな。


 あれは、去年の三月だった。学生向けのお得なキャンペーンをやってるからって、オカンが俺にスマホを持たせてくれたんだ。

 初めてのスマホ! もう嬉しくてさ、俺、片時も離れられずに添い寝までしちまったよ。まあ……単に、スマホを枕元に置いて寝てただけとも言う。

 そしたら、真夜中に着信があったんだ。日付はもう、四月一日に変わってた。

 非通知の着信だったけど、俺は、寝ぼけ眼で深く考えもせずに、その電話に出た。そしたら、小さい女の子みたいな、舌っ足らずな声が聞こえてきたんだ。

「もしもし、あたしよ。昔、あなたの後ろにいたの」——ってな!

 え、ちょっと変わったメリーさんみたいだって? そうだな。過ぎ行く春休みを惜しみつつ怪談を語り合う今日の面子めんつに、メリーさんを連想するなってほうが無理だよな。


 都市伝説のメリーさんにもあれこれバラエティーがあるけど、大筋は共通してるよな。

 ある時、ある人が、やむを得ない事情で、メリーさんと名付けて大事にしていた人形を捨てる。ところがなぜか、メリーさんを名乗る電話が、元の持ち主のところへ架かってくるようになる。

 何度目かの電話で、「もしもし、私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」なんて言われて……ついつい振り向いたが最後、スプラッタなオチが待ち受けてるってわけだ。

 そいつが定番だよな。


 実は俺も、その真夜中の電話に出た時、メリーさんをフィーチャーした悪戯かと思ったんだよ。日付的にもエイプリルフールだったしな。で、言ってやった。

「どこのメリーさんだよ……」

「あたしはそんな名前じゃないわ。今、ひいおばあちゃんのアトリエにいるの」

 俺は、その返事で目が冴えたね。ひいばあちゃんは、人形作りのアトリエを構えてる。けど、歳も歳だし、持病もあるしで、あと一体だけ新作を仕上げたら、老人ホームに入居することになってたんだ。

「もしもし、あたし、今、バラバラにされてるの。あたしの代わりに、ひいおばあちゃんを助けてあげて!」

 そこで電話は切れたけど、俺はもう、悪戯だとは思えなくなってた。


 救急車は間に合った。オカンが俺の話を信じてくれて助かったよ。

 ひいばあちゃんは、そんな夜中までアトリエで作業してて、持病の発作を起こしちまったらしい。

 アトリエでは、俺が五歳の時の、あのガラスの目ん玉と青いドレスのフランス人形が、ちょうどバラバラに分解されてるところだったよ。オカンによると、人形が生みの親の危機を知らせてくれるのは、時々あることなんだと。

 そう。犯人は……いや、俺に電話を架けて、ひいばあちゃんのことを知らせてくれた恩人は、その人形に違いないって、我が家ではそういう結論に落ち着いたよ。


 そうだ、グロい写真を見せてやろうか? 俺がスマホを持ったからって、こんな閲覧注意なもんを送りつけてくるオカンもオカンだと思うけど、俺の話を聞いちまったからには、この写真も見といて損はないぜ。

 おい! その図体で、絹を裂くような悲鳴をあげるな!

 ただ単に、脂肪の中に、歯やら髪の毛やらがギッチギチに詰まってるだけだろうが!……って、確かにグロいけどな。

 これは、俺が五歳の時に手術で切り取られた瘤の写真だよ。

 実は俺、双子として生まれる予定だったらしい。けど、オカンが妊娠してすぐ、腹ん中でなんかあったらしくて、双子の片割れは死んじまった。その死体のごく一部だけが死に損なって、背中の瘤として俺に取り憑いてやがったんだよ。医者も、手術するまでそのことに気づかなかったんだと。

 ひいばあちゃんが俺の見舞いに作ってくれたフランス人形には、実は、この瘤の中身だった髪の毛が何本か埋め込んであったらしい。ひいばあちゃんにしてみれば、もう一人生まれて来るはずだった曾孫の遺髪みたいなもんだからな。

 ひいばあちゃんは、どうしても俺に人形を受け取ってほしかったらしい。フランス人形だったから馴染めなかったと思ったらしくて、持病の発作を起こしちまったあの夜は、男の子の姿をした人形を拵えて、その体に遺髪を移し替えてたんだ。

 え? その人形は、闘牛士の格好をしているかだって?

 よくわかったな。そりゃまあ、棚の上に飾ってあるもんな。

 おいこら、おまえら、腰を浮かせて狼狽えてんじゃねえ! そもそも、怪談を語り合う目的で、俺んに上がり込んで、菓子まで貪り食っといて、なんだその態度は!

 え? ひいばあちゃんは、今も元気にしてんのかって?……


 そりゃあもう、奇跡の復活を遂げて、ピンピンビンビンして、コンクールに出品するって人形を作ってるんだぜ!

 俺は、天井越しに青空を見上げた。

 今日もエイプリルフールなんだから、このくらいは言わせてくれよな……

 

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