R5.3.5(日)曇り

 大学の春休みは長すぎる。娘が毎日家にいるのだけど、あまりにもやることがなさそうなので、そんなに暇なら家の手伝いをしてもらおうと思って買い物に行かせた。家から自転車で五分ほどのスーパーで数品買うだけなのに、なぜか三十分以上も戻ってこなかった。財布と買うもののメモしか持っていかなかったから、寄り道をすることもないはずだ。帰宅した娘にどうしたのか訊いたところ、野菜類の九十円均一セールをやっていて、その影響か客が多く会計に手間取ったのだそうだ。確かにあのスーパーは普段ガラ空きのくせにセールのときばかり混んでいる。この狭い町のどこにこんなにも人が住んでいたのか不思議になるほどだ。とりあえず必要なものは全部買えていたのでよかったけれど、どさくさに紛れて高めのアイスも買ってきていたので笑ってしまった。ちゃんと家族全員の分があったので、みんなでおやつに食べた。

 さて、年度末ということでここ最近ゆっくりやっている部屋の片づけもかなり進んできて、今日は本棚の整理に手をつけた。数年前に電子書籍用のタブレットを買ってからそちらばかり使っているため、放置していた棚はびっしり埃をかぶっていて払うのに苦労した。持っているはずなのに見当たらず買い直そうかと思っていた本が見つかったのも収穫だったけれど、何より一番上の段の奥から十数冊も昔の日記帳が出てきたのには驚いた。日付を見るに高校入学から大学卒業あたりの時期に書いていたもので、その頃気に入っていた深緑色の表紙がそれほど色も褪せないで残っていたのが嬉しかった。懐かしくてつい読みふけっていると、そのうちの一冊にわたしの趣味ではないデザインをした小さなノートが挟まっているのを見つけた。中を見るとそれも日記だったのだけど、どうも違和感があった。わたしの字ではないようなのだ。しばらく読むうちに、当時友人だった松本さんという人の日記だとわかった。なぜそんなものがここにあるのか、その理由を、はっきり覚えているような気もするし、すっかり忘れてしまったような気もする。あの頃のわたしにとって松本さんがどんな人だったのか、それはたぶん今すぐにでも思い出せることなのだけれど、ここには書かないことにしておく。松本さんは今頃どこで何をしているだろうか。連絡先なんて知らないから、きっともう会えない。いつかもっと思い出せないことが増えた頃にまたあれを読もうと思う。そのときには松本さんの日記を自分が持っていることさえ疑問に思わなくなっているだろうし、そうやってあの日記をほんとうに松本さんの書いたものとして読めたなら、それはとても、とても幸せなことのはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古い日記 クニシマ @yt66

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説