H6.3.19(土)晴れ
新幹線が動き出した。これから先、東京に来ることはそう何度もないだろう。なんならもう二度とないのかもしれない。そのこと自体に特別さびしさはない。東京にいた四年間、楽しいことはたくさんあったけれど、それは決して東京という場所のおかげではなくて、イオが一緒にいたからだった。そして、彼女が見送りなんかに来るような人間でないことは、きっと私が一番よくわかっている。だからちっともさびしいとは思わない。
イオと最後に会った日も、彼女はいつもと同じように気だるげな顔をしていた。そうやっていつも通りに二人でカラオケに行って、お決まりの歌ばかりを歌った。彼女の好きなあの歌を歌い終え、後奏を聴いているところで、ふと彼女は私の顔を見て「松本さんの地元にも、カラオケってあるの」と尋ねてきた。山形のどこだとも言っていないのに、カラオケもないほどの田舎だと思われているのだ。そりゃあるよ、と答えると、じゃあ地元帰ってもカラオケ行くんだ、と言われた。何を言いたいのかがよくわからなくて、まあ行くんじゃないかなと返したら、ふーんとつぶやいて黙られてしまった。何、と訊くのもはばかられ、そのまま曲が終わりそうになったとき、ほとんど聞こえないほど小さな声で彼女は言った。これだけは、歌わないでね。
イオのような友達はもうできないだろう。私は、彼女が大好きなのだ。こんなことを書いていたら年甲斐もなく泣きそうになってしまった。今、足元にはイオのくれたボストンバッグがある。結婚式にはきっと彼女を呼ぼうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます